575.朝食でここまで汚れるのは才能だわ
レオンがもうすぐ五歳、ローザリンデが一歳半……ディルクはハイハイもまだ。当然、王宮へ行けない末っ子はお留守番よ。
「やぁ!」
全力でいやいやを繰り出すのは、長女ローズだった。弟も一緒に連れていくと騒ぐ。これがお人形だったら許可するけれど、ディはまだ首が据わったばかり。さすがに難しい。
「馬車の揺れで、ディが具合悪くなっちゃうわ。絶対にダメ」
ダメなことはダメ。言い聞かせながら、朝食を口元へ運ぶ。べぇと舌を出して拒否するローズの様子に、レオンがけらけらと笑い出した。
「ろじぃ、赤ちゃんだ」
「ちっ、ちあう!」
否定するも、言動は確かに赤子ね。私が頷いたら、ローズは真剣な顔で考え込んでしまった。その間に口元へスプーンを運び、つんつんと唇をつつく。無意識なのかぱくりと食べて、咀嚼する口がもぐもぐと動いた。こういうところ、レオンによく似ているわ。
「……も、いぃ」
納得していないけれど、我慢できる。ローズの出した結論に、笑顔を引っ込めて真剣な顔で向き合う。
「そう、ありがとう。ローズは偉いのね」
「ん……」
小さく頷くローズは拳を握って、本当は嫌だと訴えていた。それでも我慢する道を選んだのだから、褒めるべきよね。
「ろじぃ、いいこ」
レオンは椅子からずるりと滑り降り、慌てて手を貸そうとしたランドルフをすり抜けて走って来る。手を伸ばして、ローズの頭を撫でた。私によく似たくすんだ金髪に、べったりと卵がつく……オムレツを食べていたのね?
汚れた手で触ったことを叱るより、妹を褒めたことを認めるべきだわ。ローズの乳母リタに目配せしておく。出かける前に髪の汚れを落としてもらわないと。あとは着替えもさせたいわ。先ほどいやいやしたときに、スープを胸元に零したのよ。
「ありがとう、レオン。優しいお兄ちゃんで嬉しいわ。伝言は聞いたかしら? お父様へのお弁当を一緒に作りましょう」
ここで「ヘンリック様」と呼称するより、レオンやローズにとっての「お父様」の呼び方のほうが子供は理解しやすい。でもなんだか恥ずかしい。
「うん!」
「ろじぃ、も」
「そう……ね」
考えてみたら、先に着替えさせたらまた汚すのよ。パンに卵やハムを挟むとき、つまみ食いしたりはみ出した卵がついた手を服で拭いたり……想像できてしまう。レオンも着替えは最後がよさそうね。ランドルフは平気そうだけれど、レオンに付き合ってもらいましょう。
「ではお弁当作りをします! その後でお風呂に入って、綺麗になって会いに行きましょうね」
私の宣言で、食卓の料理が下げられた。続いて運ばれてきたのは、お弁当のサンドウィッチ用の具やパン。それから大量のおしぼりだった。この世界では濡れ布巾と呼ばないと通じなかったの。ケンプフェルト公爵家では「おしぼり」が新しい呼称として定着したわ。だって、つい口をついてしまうんですもの。仕方ないわよね。




