53-2.(ユリアン)嬉しい依頼があった
「ケンプフェルト公爵夫人は、お若いのに人格者だ。早くに母上を亡くされ、弟妹の面倒を見る生活で大人びたのだろう」
夕食のときに聞きだしたが、ちょっと違う気がした。さっきの言い方だと、別の意味だったような? うまく指摘できずにしかめっ面をしていたら、師匠が大笑いした。
「そういうところっ、ほんと……ガキだなぁ」
自分で言ったくせに貴族言葉が崩れてるぜ、ったく。俺は指摘しないで見逃すけどさ。
「正直に言おうか。でも周囲の人には内緒だぞ」
秘密と言わないところが、師匠らしい。なんというか、言葉の選び方が独特だった。育った環境の所為らしいけど、俺は師匠の言葉も好きだぜ。
「ケンプフェルト公爵夫人は年齢に似合わぬ、そうだな……経験豊かな母親のような雰囲気がある。実の子であるご令嬢と、生さぬ仲の子である小公爵様を区別しないだろう? ああいうのは、珍しいんだ。出来た人なんて表現するのは、少しばかり偉そうなんだが」
「それで言葉を選んでたのか?」
「……ユリアン、言葉遣い!」
また指摘されてしまった。確かにリア姉は、レオンとローズを同じように扱っている……いや、違うな。どちらかと言えば、レオンを優先しているぞ。公爵家の跡取りだから優先しているのかと思ったけど、もしかしたら違うのかも。
リア姉のことだから特別な理由がありそうだ。
「自分がされて嫌なことは人にもするな……ですか。覚えておきます」
俺の言い方で覚えちゃったけど、まあいいか。リア姉はもっと柔らかく表現していた気がする。
「話が変わりますが、ユリアンに演奏依頼があります」
「俺、いえ……僕に、ですか?」
まだぎこちないが、覚えた言い回しを使う。師匠の物真似すりゃ、いけるのかも。カトラリーを置いて、差し出された封筒を受け取る。すでに開封されており、中身を取り出して目を通した。見覚えのある文字だ。
「エル兄だ」
署名を見るまでもなく、見慣れた兄の文字だった。丁寧な時候の挨拶から始まり、師匠の評判は田舎にも届いていると褒め言葉が続く。その後に、弟子である俺を派遣してくれと書かれていた。本当に? 領地の祭りでピアノを弾いてほしい、と。
「師匠、これ!」
「受けておいたから、準備しなさい。夏の夜に弾くから服は正装ではないほうがいいね。動きやすい衣装を選ぶように」
「うん……じゃなくて、はい」
普段着で気軽に行ってこい。そういう意味だよな? 弟子の演奏だから、と報酬の請求もしていないんじゃないか? 師匠はそういう人のいいところがあるから。俺がさ、ちゃんと面倒見てやらないと騙されそうだ。
「明後日の演奏会が優先だよ。それと……鼻の下の黒い墨、完全に落ちなかったのかな」
「もう一回洗えば落ちると思う、です」
さっき濡れたタオルで拭いたけど、やっぱり全部落ちてなかったか。風呂でしっかり洗えば大丈夫だろ。……大丈夫、だよな? リア姉はどうしてたっけ……思い浮かべて、石鹸を使おうと決めた。なんだかんだ、俺の知ってる知識の大半はリア姉から得たものだから。
夏の祭りが断然楽しみになった。練習、頑張ろう!




