32-2.(マルレーネ)初めてなのに懐かしい
猫は平民が飼う動物で、愛玩用ではない。ネズミ捕りをさせるための実用重視、と聞いていた。お茶を飲む私の足元に擦り寄る何かに気づき、スカートの裾をあげる。にゃーん、と細く愛らしい声で鳴いた白猫が、すりりと足に顔を擦り付けた。
「あっ、申し訳ございません。苦手ではありませんか?」
「大丈夫よ、嫌なら連れてくるように言わないわ……触っても、平気かしら?」
アマーリア夫人へ尋ねると、彼女は微笑んで立ち上がった。さっと屈んで、私の足元にいる白猫を捕まえる。
「シロですわ、赤ちゃんを抱くようにして……お上手です」
ルイーゼを抱いたのが、最後の記憶。それでも体は覚えているものね。左腕を枕に、右手を被せて猫を支える。仰向けになった猫は小さな手を振った。結った髪から垂れたリボンに、ひょいっと手が伸びる。猫の場合は前足と呼ぶのかも。
温かくて、くったりと張り付く重さ。赤ちゃんだったあの子達を抱いた時みたい。頼りなくて、温かいのに怖くて。でも愛おしい気持ちが湧き出る。猫って赤ちゃんみたいだわ。
「あっ!」
脇の隙間から、ぬるりと子猫が出ていく。仰け反った形から、そのまま器用に落ちていった。慌てて押さえようとしたけれど、猫が落ちるほうが早くて。子猫なのにケガをしたのでは? 心配になって椅子の下を確認すれば、けろりとしていた。前足を舐めて、顔を拭くような仕草を繰り返す。
「ふふっ、猫は液体と表現するくらい柔らかいのですよ」
液体? 水やお湯と同じ……あの抜け出る感じは、水みたいだった。押さえようとしても無理で、零れてしまう感じがそっくり。不思議な表現だけれど、納得してしまった。
「確かに柔らかかったわ」
「懐くと膝に乗って、喉を鳴らしますし……」
説明する間に、白い子猫は走り去った。少しすると、別の子猫と追いかけっこしながら戻って来る。三色が混じらずに並んでいる柄は、三毛と呼ぶらしいわ。猫から子育てに話題が移り、また猫へ視線が引き寄せられた。
「不思議な魅力ね」
「ドレスに毛がつきますし、家具や壁で爪を研ぐこともあります。動物なので臭いも気になる方がおられるでしょう。でも……私は好きです。レオンも猫が大好きで」
話す間に、黒っぽい縞のような柄の子猫が向かってくる。後ろから追うのはルイーゼとレオンだ。動物は詳しくないけれど、追い回すと怒らせるのでは? 噛みつかれたらどうするの。注意する前に、ルイーゼが派手に転んだ。駆けつけようと腰を浮かす。
大泣きする我が子に、駆け寄ったレオンが手を貸した。見守ることにして座り直す私は、子猫三匹がルイーゼに近づく様子に目を見開く。ルイーゼの手をぺろりと舐めたのは、ザビーネという縞模様の猫。にっこり笑ったルイーゼが、猫を抱き上げた。
あの子は加減を知らないから……ぎゅっと強く抱くかも。その懸念は、優しく撫でる娘の姿に消された。笑顔でゆっくりと背中を撫でるルイーゼは、転んだ痛みを忘れた様子。猫の飼い方と入手方法を教えてもらいましょう。無理なら、アマーリア夫人はそう言ってくれるはずだもの。




