20.(リースフェルト公爵)惚れて口説いた妻
令嬢同士が仲良く贈り物を開けている。二つともガラス細工だったようだ。ガラスは割れやすいので、箱が大きくなる。見分け方がわかってきたぞ。女性が選び終えた箱を開封する間に、促されて手を伸ばした。
「これは……人気店の焼き菓子セットか」
「美味しそうね」
パウリーネが嬉しそうに微笑む。他家に触発されて、妻との関係が深まった。ずっと触れていなかった妻は、昔より温かく柔らかく……子供が一人増えた。ところが、パウリーネはもう一人欲しいと強請る。お菓子を眺める妻の赤い舌が、ちらりと覗いて唇を湿らせる。
どきりとした。惚れて両親を拝み倒して結んだ婚姻だ。パウリーネが騒動を起こすたび、私がすべて処理してきた。それを苦に思うのは失礼だろう。彼女は私のために公爵家で苦労しているのだから。そんな過去の感情が、今の仕草で沸騰して消えていく。
彼女は私の妻なのに、それでも欲しいと思う。反射的な感情に照れて、視線を逸らした。それなのに、ちらちらと見てしまう。パウリーネの胸元に飾られた黄色とオレンジのコサージュは、娘ヴェンデルガルトが作った。私の胸にもオレンジの造花が揺れている。
普通の家族のようで、なぜか擽ったいと感じた。家族なのに、貴族は距離が遠い。我が子に触れることは滅多になく、育児など教わったこともない。社交を頑張る妻も同じだったはずだ。乳母や使用人に任せた娘が「お父様はこれ」と差し出した時は、鼻の奥がツンとした。
いつからか。好きな人を見つけると追い回す、妻の奇行が減った。不安定さが抜けて、落ち着きを纏う。ああ、そうだ。ケンプフェルト公爵家に新しい夫人が現れ、夢中になって追い回したころからか。また騒動を起こす心配をしていたが、上手に付き合ってるようだ。
「我が家にも温室を作りましょう、あなた」
強請る妻に、そうだなと返した。家族で一緒にお茶を飲み、季節を問わず咲き乱れる花を眺め、気持ちを安らげる場所があってもいい。王家ほど広くなくていい。ケンプフェルト公爵家ほど外装に凝るつもりもなかった。
家族が過ごす団欒の場所として、居心地のいい温室を作ろう。そんな話を纏める横で、同年代のバルシュミューデ公爵家も似たような話をしている。これは……貴族の家に温室が必須になるのではないか? 伯爵家辺りまではいいが、その下は大変だろうな。
安価にできる温室があればいいが……そんな呟きを耳にしたケンプフェルト公爵夫人が、透ける布を重ねて作る温室を提案するのは数か月後。社交界を賑わせた提案は、あっという間に取り入れられた。貴族どころか、裕福な平民や商人の間にも広がるのだが……まだ少し先の話だ。