452.擦れ違う運命の行方 ***SIDE公爵
バルシュミューデ公爵家が処罰に猶予を設けたのは、相手が子供だったこと。加えてアマーリアへの気遣いもあった。優しい友人が心を痛めないよう、立ち直る時間を与える。だからヘルダー伯爵家を含む三つの家は、相応の反省を見せるように、と。
公爵家がここまで譲歩した対応を見せた事例は少ない。それをヘルダー伯爵は間違った方向へ解釈した。当家は特別で許されたのだと。ティール侯爵家も許され、問題を起こした次男がケンプフェルト公爵家に滞在している。
シラー男爵家は賠償を申し出たらしいが、バルツァー子爵家は何もしていない。ならば、特に動く必要はない。その愚かな判断は、王家を始めとする貴族の監視の目に留まった。もちろん、悪い意味で。
「当家はバルシュミューデ公爵夫人の判断を支持する。そう伝えろ」
観戦を楽しんだ夜、執務室の灯りは煌々と灯されていた。報告書を差し出すベルントは、僅かに表情を動かした。同情に近い色だろうか。逆にフランクは一切感情を見せなかった。
「かしこまりました、旦那様。奥様へのご報告は……」
「不要だ」
これは公爵家当主として、俺が下す判断だ。アマーリアは一切知らなくていい。気に病むような要素は、彼女に似合わない。
「承知いたしました。お任せいたします」
短い承諾の言葉が変更される。それは「承知したが後は知らないぞ」と匂わせるフランクのやり方だ。二つの公爵家とほぼ付き合いのなかった先代ならともかく、当代は夫人同士の距離が近い。彼女らの口から洩れて耳に入った際、アマーリアへの対応は俺に丸投げ……そういう意味だった。
「構わん」
ヘルダー伯爵家が貴族名鑑から消える日が近かった。今日顔を合わせた二つの家も、現状を正しく理解したなら口を噤む。伯爵夫人には気の毒だが、確か実家が子爵家だったな。戻れるよう、口利きくらいはするか。
さらさらと書面に認めた内容を確認し、フランクが封をした。その上から封蝋を押して、宛先をヘルダー伯爵夫人とする。親展と同じで、夫人以外が開封すれば罰を受ける。確実に夫人へ手渡しするよう命じ、椅子に寄り掛かった。
「留守の間に届いた手紙でございます」
家令が並べた三通のうち、一通が目を引く。鮮やかな緑の封蝋に施された、バルシュミューデ公爵家の紋章……まるで知っていたように手紙を寄越す夫人に、苦笑いが浮かぶ。ナイフで上部を切り、便せんに目を通した。
公式通知にも使われる、透かしの入った上質な紙の縁を指でなぞる。どんなに柔らかく上品に記載しても、ヘルダー伯爵家が没落する未来は変わらない。入れ替わりに発送された封書が、その運命を後押しするだろう。
ヘルダー伯爵夫人が二人の息子を連れて離縁するのが先か、バルシュミューデ公爵夫人が手を打つ方が早いか。結果の見えたゲームに興味はなかった。執務室を出て、足早に寝室へ向かう。後ろでフランクが灯りを落とす気配を感じた。