275.痺れが抜けて涙が溢れ
痺れた足で姿勢を立て直そうとするオイゲン様は、起きあがろうとした状態で固まった。大きく見開いた目が、ほわりと和らぐ。レオンはにこにこと笑顔を振りまきながら、また手を動かした。
「俺……その……」
謝罪の言葉を探すオイゲン様の様子に、レオンは勘違いをしたみたい。何度も頭を撫でた。まるで猫のように、オイゲン様の瞼が落ちる。ごろごろと喉を鳴らす音が聞こえそうよ。
「へぇき?」
もう痛いのは消えたかと問うレオンの声に、目を閉じたオイゲン様は慌てて身じろいだ。途端に足の痺れに襲われ、ぺたんと伏せる。まだ痛いらしいとレオンは頭を撫で始めた。
これって、何かしらね。子猫が猛獣を手懐けるような光景だわ。どうしましょう、止めたほうがいいのか。ある程度好きにさせるべき? 隣のヘンリック様を見上げたら、何かを訴える目をされた。青い瞳が輝いている。
迷ったけれど、私も手を伸ばした。ヘンリック様の黒髪に触れ、左右に動かす。黒髪が近づいて、彼が肩に寄りかかった。重くないよう気遣いながらも、距離を詰めたいのね。撫でていると、レオンが叫んだ。
「あっ! ぼくも、ぼくもぉ!」
撫でてほしいと全力で走ってくる。オイゲン様は放置されてしまい、きょとんとしていた。その足をユリアンが掴む。
「まだ、痺れて……」
「こういうのは揉むと早く治るんだぜ? ほらっ、経験者のありがたい洗礼だ!」
それって洗礼というより、嫌がらせじゃないかしら。勢いよく走ったレオンは、手前で急停止した。ぺたんとお尻を落として座り、私の膝に頭を乗せる。子供の体って柔らかいのね。
ユリアンに足を揉まれ、一気に痺れが抜けたオイゲン様は身を起こして姿勢を正す。しかし、またもや動きを止めて固まった。おそらく私の姿だと思うわ。公爵夫人が絨毯に座り、その脇から夫である公爵が頭を撫でさせている。膝枕状態のレオンが、僕も撫でてと手を髪へ誘導する状況は、彼の人生で初めての光景だと思うわ。
このケンプフェルト公爵家の長い歴史でも、こんな姿の公爵夫人は記録にないはずよ。ユリアーナは後ろでくすくすと笑い出し、エルヴィンは手を伸ばしかけて引っ込める。お父様に至っては、我関せずでベルントと何か話していた。
「ティール侯爵令息、離れでの滞在になりますが……不自由があったらユリアンに伝えてくださいね」
ひとまず、固まった彼を解さないといけない。穏やかに切り出した。肩の夫と膝の義息子が重いが、表情に出さない。
「あ、お礼とご挨拶が遅れ、申し訳ございません。ティール侯爵家次男オイゲンです。ご迷惑をおかけした上、お招きいただき……ありがとう、ご、ざぃ、まじゅ……」
途中から泣き崩れ、鼻を啜りながらの挨拶となった。オイゲン様は張り詰めていた糸が切れたようで、涙が止まらない。この部屋でそれを笑う人は誰もいないのよ。だから安心して泣いていいわ。
さりげなくハンカチを貸すエルヴィンの横で、ユリアーナはやけに大人びた顔をしていた。




