251.本格的な社交活動
「ケンプフェルト公爵閣下は、奥様をとても大切にしておられるのね」
リースフェルト公爵夫人が扇を広げ、口元を隠して微笑む。優雅な所作はすごく勉強になるわ。ヘンリック様は無言で私を引き寄せるだけ。少し表情が曇っているかしら。手を伸ばして頬に触れれば、強張った表情が和らいだ。
「あらぁ、いいものを見ましたわ」
おほほとユーリア様が笑う。ころころと鈴が鳴るような声は、夜会用かしら。姿形を飾るのはもちろん、表情や仕草、声まで社交の道具になるのね。感心しながら微笑みを返した。
公爵夫人が三人集えば、自然とその夫も集まる。すでにヘンリック様がいるけれど、リースフェルト公爵が近づいた。レオンはきょろきょろして、バルシュミューデ公爵夫人であるユーリア様に声をかける。
「らん、どーふ、ちゃま。どこ?」
頑張って名前を口にしたレオンに、ユーリア様は屈んで視線を合わせた。こういうところ、素敵だわ。子供も一人の人間として扱っている感じがする。貴族社会では珍しい行為に分類されると思うの。
「あちらにいるわ。呼びましょうね」
斜め後ろで控える侍女が呼びに行き、すぐにランドルフ様が現れた。レオンは嬉しそうに手を伸ばし、彼も握り返す。近くにいるからと約束し、二人は壁際へ向かった。バルシュミューデ公爵家の侍女に続き、ヘンリック様の指示でベルントも同行する。これなら安心だった。
「お姉様、僕達も一緒にいるね」
ユリアンが声をかけ、答えを待たずにレオン達の元へ走る。途中で人にぶつからないといいけれど。ユリアーナはお父様から離れ、私達の斜め後ろに近づいた。お父様とエルヴィンは、またもや貴族達の群れに囲まれている。
襲われていると表現してもいいくらい、大量に群がっているけれど平気かしら。心配な私の耳に、ヘンリック様が口を寄せた。ひそひそと告げられたのは、エルヴィンに英才教育を施すフランクの話。そんなの知らない。
「そう、フランクが……」
それなら大丈夫かも。私の中で家令フランクの信頼度は高いの。おたおたするお父様をサポートする形で、エルヴィンが一歩前に出た。次期当主としての立場で、貴族を撃退しているみたい。またお人好しのお父様が騙されたら大変だもの。あとでフランクにお礼をしましょう。
「子供達も仲良くなれそうで、安心しました」
「ええ。ランドルフ様の正義感と幼子への優しさは、得難い資質ですわ」
ユーリア様のほっとした様子に、私もお世辞ではなく褒め言葉が口をつく。次男であるランドルフ様は家を継がない。だからこそ、正義感は必要だわ。騎士や文官を目指す立場なら、間違ったことを放置しない性格は向いている。
見送った先で、ユリアンは会釈して声がけしていた。やればできる子なのよ。ただやらないだけで……。何度言ってもやらないのに、こういう場でそつなく披露する。あの子は放っておいても、勝手に居場所を見つけるタイプね。
「お姉様、ご一緒していいですか」
可愛らしく尋ねる妹の全身に、大量の猫が見えるわ。幻覚なのは承知だけれど、見事に猫を被ってきたわね。社交界で生き抜くのに、必要な才能かも。
「あら、愛らしいお嬢様ですこと。ケンプフェルト家のご親戚ですか?」
「シュミット伯爵家のユリアーナ、私の妹ですわ」
きらんとユーリア様の目が光った気がして、そっとスカートの陰に妹を隠してしまったわ。




