241.扉が二つなのに一部屋
ヘンリック様は間違いなく、隣の控え室を手配したらしい。不思議に思って確認している後ろで、私達は焼き菓子を味わった。呼び出された文官から説明を受けたヘンリック様は、当たり前の顔で私の隣に腰かける。
「ここ、ぼく……おとちゃま、ここ」
ぺちぺちと長椅子の座面を叩くレオンは、笑顔を振り撒く。お父様は困惑した顔で扉を眺めていた。二つある扉が気になるらしい。この部屋はやや広く、長細い。そのため廊下からの出入り口が二つあった。お父様達は向かって左側から入り、私達は右側から入ったのだ。
中で合流するのだから、本来は間を仕切って使えるのかも。何に使うために作ったのかしら。部屋の作りに首を傾げる私の膝で、レオンは焼き菓子を割ろうとしていた。
「難しそうね、お手伝いしていい?」
「うん……ここ、おかぁしゃま。こっちが、おとちゃま……そんで、ぼく」
三つに割りたいのだと訴える。三等分は難しいわね。でも等分でなければ、三つに割れるかも。レオンから受け取った焼き菓子は平べったくて、お煎餅のような形状をしていた。まず左側を小さめに割る。それから大きい方を半分にした。
「おなし?」
「少し違うけれど、大丈夫よ。一番大きい部分はヘンリック様ね。それから次に大きいのはレオンよ」
「どちて?」
疑問がいっぱいのレオンに、私なりの理由を説明する。
「レオンのお父様であるヘンリック様は、体が大きいでしょう? だから一番大きいのを食べるの」
「うん」
「次に大きいのをレオンにあげるのは、立派に成長してほしいからよ。お母様はいま、お腹がいっぱいなの」
腹部を撫でて微笑む。じっと考えて、手元のお菓子をじっくり眺めたレオンは頷いた。納得してくれたみたい。
「なるほど。説明は重要だな」
ヘンリック様は感心したような声をあげた。私が幼子に説明することを、当初は不思議がっていたわね。理解できるわけないのに、と。子供は自分なりに解釈して納得したり、理解したりする。幼いからと説明を蔑ろにしてはいけないわ。
「ええ。お部屋の理由は分かりましたか?」
今度はヘンリック様が説明なさる番ですよ。そう匂わせたら、にやりと笑って長椅子に寄りかかった。
「義父上殿も驚かれただろう。使用予定の部屋で問題が生じたため、急遽別の部屋が用意された。ところが隣の部屋と指定されたため、伯爵家の控え室も移動となる。他に空いている部屋がなかったそうだ」
中間部分が少し省略されていたので、ベルントが話を付け足した。使う予定の部屋がダメになり、改めて用意した部屋がここ。シュミット伯爵家を隣にしろと指示があったので、迷った末に文官達はこの部屋を選んだ。
通常は間に仕切りがあり、二つの部屋に分かれている。今回は、別の部屋で使用するために仕切りが持ち出された。忙しくて現場確認しないまま、隣同士の部屋として用意してしまったらしい。途中で侍従への指示が曖昧になり、仕切りのない一部屋として提供された。
「……結果的に良かったのではないかしら」
「俺もそう思ったが、一応、注意はしておいた」
今回は良い方向へ働いたけれど、もし別の貴族家だったら喧嘩になった可能性もあるわけだし。注意は必要よね。




