118.香りは記憶を呼び覚ます
失言を取り繕おうとした私は、立ち上がった。敷いていたストールが落ちかけ、摘んでくるりと巻く。自分で行った作業で思いついた。
「マルレーネ様、流行を作ってはいかがでしょう」
「流行を、作る?」
頷いて、ストールを一度解く。それを巻いて左の腰で摘んだ。ストールは大きめなので、ドレープができる。
「このようにスカートの上に綺麗な柄の布を巻くのです。これなら汚しても簡単に洗えますし、ドレスとは別に何種類も用意したらお洒落ですわ」
「……エプロンの代わりね?」
はっとした顔で、マルレーネ様が確認する。その単語は忘れていただきたい。私の中の名称は、巻きスカートなのよ。エプロンから離れてくださいね。
「巻きスカートとして流行させれば、注目されます。幼い女の子にもつければ、スカートの上に食べ物を溢しても洗えます」
外出先で汚れても、交換が可能だ。持っていくのも嵩張らない。旅行の際に、着替えの代わりに巻きスカートだけ交換する。そんな使い方も提案してみた。長さや布の大きさを調整すれば、ドレープや雰囲気も変えられるわ。
「素敵だわ、せっかくだから試してみましょう」
次の夜会でマルレーネ様と一緒に、巻きスカート付きドレスを試すことにした。どうせなら、と他の二つの公爵夫人にもお声がけする予定よ。
「平民にも流行りそうだわ」
服をたくさん持っている貴族と違い、簡単に着飾る方法は広がると思うの。嬉しそうに語る王妃殿下には申し訳ないのだけれど……エプロンになってしまいますわ。エプロンと縁がないお洒落なご婦人が、色とりどりの生地をふんだんに使うから巻きスカートなんです。
口にせず、曖昧に微笑んでおいた。愛想笑いというやつね。早速布を手配するマルレーネ様と、あれこれ試していたら日が傾いていた。
お菓子を食べ終えたルイーゼ王女殿下とレオンは、元気に温室を走り回って泥だらけ。転んだルイーゼ王女殿下を起こそうとして、手を差し伸べたレオンも転んだのだとか。
マルレーネ様のご厚意でお風呂も借りて、綺麗に洗って乾かす。リリーも合流し、マーサと手早く準備してくれた。いつもと違う石鹸の香りに、レオンは変な顔をしている。
「家に帰ったらいつもの石鹸で洗うから、少しの間だけ我慢してね」
「うん」
素直に頷いたものの、また腕の匂いを嗅いでいるわ。気に入らないのかしら。金木犀に似た甘くてすっきりした香りなのに。我が家ではラベンダーの石鹸だったから、確かに匂いは違うけれど。
沈んだ様子のレオンを膝に乗せ、ゆっくりと聞き出した。その間も、侍女達は私の飾り付けに忙しい。公爵夫人に相応しい装いとお化粧が必要だもの。レオンは迷いながら、ぽつぽつと話した。
「ありがとう、言いづらかったでしょう。私はレオンの味方よ」
ぎゅっと抱きしめた。纏めると義母が、金木犀の香りを好んだらしい。近づくなと叩いた彼女を思い出して泣きたくなる。レオンは途中で何度も謝った。あなたは何も悪くないのよ。悪いのは義母です! 絶対に許さないんだから。




