来ない電車を待って
最終電車が行ってしまった後のホームで、電車をずっと待ち続けてた。
朝になるまで電車が来ないと理解していた。
それでも、電車が来るかもしれないと希望をかけて、電車を待っていた。
きっとその電車は、僕を素敵なところに連れて行ってくれるはずだから。
僕はその素敵な景色が見たかった。幸せの景色を見たかったんだ。
電車が来るはずの、線路の先を何度も見つめた。
まだか、まだかと、何度も顔を上げた。
――来るはずのない電車を、ひとり待ち続けていたんだ。
冷静に考えたら、待ち続けるなんて、無駄なことだと分かったはずだ。
いくら待ったところで、朝まで電車はやってこないと、諦めることだってできたはず。
だけど、僕はそんなことも分からないくらい、どうかしていたんだ。
電車を待って、待って、待ち続けて、僕はいつの間にか疲弊していた。
期待してはがっかりして。また希望を持っては、打ちひしがれて。
終わりのない感情の波にただ翻弄されていた。
ホームの椅子に根を生やしたまま、朝日が出るまでひたすらに待っていた。
僕にはそれしかできないんだと思っていたから。
朝日が昇らなければ、僕は動けない。
だから、だれか太陽を昇らせてくれ。
朝日が昇って、電車がやってきたら、僕はそれに乗ってどこまででも行けるから。
待って、疲れて、太陽を呪った。
こんなに期待しているのに、こんなに求めているのに、ちっとも太陽は顔を見せない。
僕がこんなに長い間待っているのに。
疲れ切って、落ち込んで、前を向いた視線を足下に落とした。
――そうして、気づいた。
僕の足は、いつの間にか床に縫い留められていた。
足だけじゃない。
僕の腰も背中も座っていた椅子から全く動かなくなっていた。
慌てた。
足を動かそうとする。体を椅子から離そうと試みる。
――だけど、全ては無駄なことだった。
どうしよう、これでは、電車が来たところで、それに乗ることが出来ない。
素敵なところに行きたいのに、それが叶わなくなってしまう。
それは、困る。
あぁ、一体、これはどうしたらいいんだ。
『チチチチッ』
ふと鳥の声が聞こえた。
僕の傍にある木に止まって、楽しそうにくちばしを動かす。
『チチッ』
鳥は小さく鳴いて、すっと遠くを見つめた。
行き先が決まったのか、バサリと翼を開いて、羽ばたく。
鳥の体が宙に浮き、彼方の空へ向かって飛び立つ。
『チチチッ』
鳥が愉快そうに鳴く。
その声が僕には『おいでよ』と聞こえた。
――あぁ、いいな。君みたいに僕も空を飛びたい。
そう思った途端、ふわっと体が軽くなった。
足元を見る。
体を見下ろす。
――あれ?
さっきまで地面と椅子に括りつけられていたはずだった。
なのに、一瞬にして、体の重さが消えた。
おそるおそる、足を動かす。
足が、地面から浮く。
――えっ?
さっきまで、うんともすんとも言わなかったはずなのに。
足をそっとおろす。
試しに、足踏みをしてみる。
――う、動く。
『チチチチッ』
鳥の鳴き声がして、顔を上げる。
視線の先、羽ばたきながら宙に浮く鳥の姿がそこにあった。
『チチッ』
どことなく嬉しそうな声をあげる。
――なんだ、僕、動けたのか。
――電車を待ち続けていた。それはとても幸福な時間で。それはとても長い長い時間で。
――いつの間にか「待つ」ことが僕の当たり前になっていたけれど。
――僕が本当にしたいのは、ただ「待つ」ことじゃなかった。
――僕は、朝日を自ら迎えに行くことにしたんだ。
――気づかせてくれた、鳥と一緒に。