それもある種のテンプレ
「ところで、あんたは何で旅してるんだ?」
そろそろ店を開けるという事で、フローラさんは仕事に戻って行った。
今は、食事になる物を注文して、アレックスさんとテーブルで待っている。
「件の司祭に幼馴染を連れ去られたんで、追ってるんですよ」
定番になりつつある説明をする。
「……もしかして、司祭が連れてたって噂の小さな娘か?」
アレックスさんが、気遣わしげに声を潜める。
「多分、そうです」
間違われ過ぎて面倒くさくて、私も幼馴染が男だと言わなくなってる。
言ったところで誤解が解けた事も無い。
ステイトは、男としては小柄だという程度なのだが、ブタ司祭が上背もあるので、小ささが際立つ様だ。
「そうか……。
何か、力になれる事があればいいんだが……」
「であれば、お願いした事があります」
「♪~~♪~~~」
フローラさんの歌声が、店内に響いている。
店が賑わい始めた頃、羽振りの良い客がフローラさんに注文したのだ。
誰かが金を出さないと歌われないが、買われた歌は皆が楽しめる。そういうシステムだ。
フローラさんの「歌い手」は、通常希少性としては珍しめのBスタートのジョブだ。
コモンレアリティのジョブは、大半がCから始まって、Bの上級、Aの達人級を経て、Sの伝説級まで進化が可能だ。
フローラさんの場合、次の「歌姫」への進化を目指しているところだ。
ステイトの姉トゥーラの「付与士」もBスタートのジョブだ。
Bスタートジョブ持ちは、経験値的に少し有利に生まれ付いた人達、というイメージである。
尤も、BスタートにしろCスタートにしろ、Sまで進化出来る人は、ほんの一握りだ。
対してSS以上のレアリティは、進化しようがしまいが、基本は変わらない。
SSとSSSの違いは、過去に同じジョブの人間が居たかどうかだけなので、過去の同ジョブ持ちが進化していなかったSSがSSSになる事が唯一の変化だ。
どちらも、珍しいからと言って有用とは限らないし、進化が可能かどうかも良く分からないという点で同じである。
「どうだった? わたしの歌は?」
歌い終わって消耗した分、店からしばしの休憩をもらったフローラさんが、私達の席に着いた。
「素晴らしかったです。
私の出身村には、『歌い手』が居なかったので、貴重な体験でした」
流石Bスタートのジョブだけあって、前世の経験があっても、なお聞きほれてしまうプロの歌唱だった。
私の村は何故か「歌い手」の様な、人口が少ないとあまり輝けないジョブ持ちが、生まれる事はあまり無い。一方、「付与士」の様な村に必須のジョブ持ちは、常に存在する様に誕生してくる。有難いが、不思議な村だ。
「で、頼みって何だ?」
フローラさんに一緒に聞いてもらいたかったために、待ってもらっていたアレックスさんに切り出される。
「旅の司祭の横暴を出来るだけ広めておいてもらいたいです」
「……どっちにしろ我慢出来ないから、言っちゃうと思うけど、そんな事が助けになるの?」
フローラさんに腑に落ちない顔をされた。
最初は、ステイトが大切にされていたら、自分だけ村に戻るつもりだった。
でも、あの司祭の噂を聞く度に、連れ戻さなくてはならない、という思いが強くなるばかりだ。
男だから体は無事かもしれないが、どちらかと言うと気の弱い方だから、心労でどうにかなってるかもしれない。
その時に、司祭サイドが横暴であるという噂が広まっていた方が、逃亡に有利だ。
正義感とは厄介なもので、一度正しいと思ったものの否定的な側面を、基本的に人は受け入れないものだ。
信仰が強いこの世界で、司祭という教会の権力者に逆らおうとするなら、「自分達vs.教会全体」ではなく、「自分達vs.一人の不埒な司祭」にしておくべきだ。
「そう言う事か。
分かった。冒険者仲間に出来るだけ広めよう」
「遠慮なく話せる理由が出来て、嬉しい位だわ」
快く引き受けてもらって何よりだ。
これまでの拠点でも、同様のお願いをしてきている。
アンガーマネジメントは、怒りを抑えるだけじゃない。
怒りの原因に適切に対応する事も、アンガーマネジメントである。
尤も今回は、相手が持っている権力が圧倒的であるが故の手段なので、アンガーマネジメントとは言えないが。
翌朝、出発前に冒険者ギルドに寄っている。
「街道出現モンスターの討伐」クエストを引き受けるためと、昨日問い合わせて、一晩待つように言われた物を手に入れるためだ。
「お待たせしました。クエストを受け付けました。
カードをお返しします。
ご注文の国全体の街道地図はこちらです」
「ありがとうございます」
司祭達に追いつくために必要な、街道の地図をようやくゲット! ……ん?
地図によると、この国は全体がずんぐりした形をしている。
真ん中辺りに王都があり、聖都と呼ばれる教会の総本山的な都市が南東にある。
ラストタウンは、北西の端だ。
エイド村まではちゃんとした街道が通っていないので、地図には描かれていない。
規模が小さすぎて地図に載っていない村は、他にもあるので、ここまではいい。
問題は、地図の左上端、国境のさらに北西に変な絵が描いてあることだ。
「あの、すみません。
地図の、この絵なんですが……」
「この? ああ、魔王城ですね。
今はまだ魔王が復活していないので魔王城も顕現してないですけど、場所が決まってますし、重要な情報ですから、地図には書かれているのが普通ですね。
魔王城が顕現していなくても、この辺りまでは影響があって、人の住める地域じゃありませんし」
「あっ! そ、そうなんですね。
ありがとうございました」
受付の人が、人の住める地域の限界として指でなぞったラインは、ラストタウンを通っていた。
村は、そこから、魔王城方面に真っすぐ馬車で3日進んだ所にある。
ちょっとヨロヨロと冒険者ギルドを出る。
「おう! 見送りに来てやったぜ」
「これ、ご主人に焼いてもらったの。まだ焼き立てよ。
良かったら持って行って」
アレックスさんとフローラさんが、ギルドの建物の外で見送りのために待っていてくれた。
フローラさんが起きるには早い時間なのに、宿の主人に焼いてもらったという、パンや焼き菓子を餞別に持って来てくれた。
アレックスさんには、ポーションを貰った
「ありがとうございます」
「本当は、もうちょい良い物やりたかったんだが、あんたの装備、どれも一級品だしな。
無難な消耗品にしといたぜ。
多少、嵩張っても平気だろ。
あんたみたいに気楽にマジックバッグ使ってるヤツ、初めて見たぜ」
「行ってらっしゃい。気を付けて。
頑張って、幼馴染を取り返してね」
「アハハ……。頑張ってきます」
二人と別れて、炭鉱の町を出発する。
……これ、アレだわ。
『自分を只の田舎者だと思っているけど、その田舎は魔王城の近くに在って、その影響で自分も世界的にはかなり強い事に無自覚系主人公』だったわ、私が。
そりゃあ、村の近辺のモンスターや野生動物だけが、他の地域の上位種だったりする訳だわ。
村の魔道具士が作った装備やマジックバッグも、伝説級一歩手前みたいだし。
「はぁ」
「ピィ」
「ああ、フェニー。
別に落ち込んでるわけじゃないから大丈夫だよ」
いや、落ち込んではいるかな、己のアホさにな。
……あれ、フェニー、もしかしてお前?
「……ちょっと、太った?」
「ピィッ!?」
我が愛鳥は、驚きの声を上げているが、体のフォルムが丸くなってるし、飛ぶ姿もちょっと重そうである。
「なるべく懐に入れてたから、運動不足気味になってる上に、昨日、一昨日と石炭かなり食べたからなぁ」
炭鉱の町なら、新鮮な石炭に事欠かないだろうと言ったら、町の直前で備蓄を食べ尽くされた。
その上で、無事大量入手できた石炭を、たらふく食べていた。
おかげで、石炭を大量購入する羽目になって、アレックスさんにマジックバッグの存在がバレてしまったのだ。
「ピィッ!」
フェニーは不満そうだが、拠点の外に出ている時くらいは、ダイエットさせた方がいいかもしれない。
読んで下さってありがとうございます。