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『理性』を発動するための6秒


「ラストタウンの1つ手前の町から連絡があったんだ。

 太った旅の司祭が、娼館で散々好き勝手やってったあげく、代金踏み倒していったってな」

 アレックスさんが説明を続ける。

 

 聖職者は本来、娼館なんて行ってはいけない立場だ。

 旅を始めて直ぐ通った町の娼館も、聖職者だと分かったなら断れたのだが、まぁ、金に目がくらんだと言うか、見て見ぬふりをして受け入れたのだ。


 ところが、散々奉仕させられた後で、支払いを拒否された。

「聖職者たる自分が娼館など来る訳が無い。だから、代金など発生していない」という主張をされたという。

 勿論、詭弁だ。

 最初から、金を払うつもりが無かったのだ。


「泣き寝入りするしかない」「教会の権威は強い」「娼婦なんて日陰者」

 そう項垂れていた娼婦さん達に、提案してきた。


「訴えればいい。

 先ずギルドと為政者に、次に民衆に、十分広めたところで最後は教会に、訴えるべき」


 彼女達の娼館は公営で、領主の許可があり、ギルドもある。

 ちゃんとサービスしているのに、代金を踏み倒されて泣き寝入りはおかしい。

 返答を聞く暇も無く旅を続けてしまったが、私の提案はどうやら受け入れてもらったらしい。

 少なくとも、ギルドを通じて、この町の娼館にも注意喚起があったのだ。


「わたし、余興の歌の方が主ですけど、町で酌婦をしてるんです。

 それが一昨日は、旅の司祭様が来て……。

 仕事ですから、お金を払ってもらえれば、ちゃんとお相手しますけど……」


 フローラさんがしているという酌婦は、酒場の給仕をしながら、非公式に娼婦の仕事もする人だ。

 娼館のギルドには所属していない。

 それでも、注意喚起の情報は回って来ていた。

 司祭が正規の娼館に断られて、フローラさんの店にやって来た時、「前払いなら相手をする」という条件を出した。

 当然の警戒だが、「場末の売春婦風情が、生意気に!」などと罵倒されたそうだ。


「ちょっと言いたくない位の言葉もありましたし、ついカッとなって……」

 フローラさんは、手に持っていた空の盆で、司祭を思い切り殴ってしまったそうだ。

 ブタ司祭の顔面にクリーンヒット。

 既に結構な量の酒を飲んでたせいもあってノックアウトされた司祭を連れて、一行には珍しく慎ましい一夜を過ごして町を出て行ったそうだ。


「ざまあ! ……あ」

 心の声が思わず出てしまった。


「あんたも、そう思うか。

 そん時、酒場に居たヤツらも皆そんなんで、拍手喝采だったそうだ。

 それで向こうも、引き下がったんだ。

 尤も俺がその場に居たら、その前に司祭を止めてたけどな」

 冒険者のアレックスさんは、当時仕事で出かけていたそうだ。


「アレックスの言い分はちょっと大げさですけどね。

 宿の主人からはお咎めなしで済みました。

 でも今日、この町の司教様が態々、酒場まで来られて……」


「夜の仕事をしてるフローラがまだ寝てるような時間にやって来て、『揉め事を起こすな』だとよ。

 揉め事を起こしてるのは旅の司祭だろうが!

 司教なんだから、町の人間を守って、格下の司祭相手にガツンと言ってやるのがスジだろうがよ」

 アレックスさんが、フローラさんの言葉を引き取り、憤っている。


 私は疎くて知らなかったのだが、あんなに偉そうにしていた司祭だが、階級はそこまで高くはない様だ。

 ラストタウンの教会では最高位だったらしいのだが、街が周囲に果たしている役割や規模などを考えると、もう一つ上の司教でないとおかしい。

 恐らく何かあると思われる。


「それでわたしったら、またカッとなってしまって。

 わたしの村の司祭様だったら、きっと話を聞いてくれると思って、そのままの勢いで飛び出てしまったんです」

 フローラさんは、かなり直情径行の人だ。今までよくやってこれたな。


 そうこうしているうちに、町に着いた。


「黙って出て来て、お店に迷惑かけちゃってるかも。戻らないと。

 アンジーさんが良ければ、もう少しお話をしませんか?

 アレックスにもですけど、お礼もしたいですし」

 フローラさんから、そんな申し出を受ける。

 

「それなら、フローラは店に戻ってな。

 俺達は、冒険者ギルドに寄ってからにする。

 ゴーレムの報告をしなきゃならねぇし、店が開く時間にも早いだろ?」


「私も冒険者ギルドに寄ってからの方が、助かります。

 お礼は別にいいですけど、また後で話しましょう」


「分かったわ。絶対、来てね」

 

 冒険者ギルドに着いて、見栄を張って我慢していたアレックスさんは、先ず治療だ。

 私はその間に、二人に会う前の討伐報酬を清算した。

 出会ってからのゴーレム7頭分は、討伐実績の事もあるので二人で受け取り、報酬を半分に分ける事で話がついた。

 ついでにアレックスさんは、ゴーレムが10頭もまとまって出現した件を報告していた。


「最近、モンスターどもの動きが活発になってる気がするんだよな。

 王都方面だったら、そんな危険でもないかもしれねぇが、念のため気をつけた方がいいぞ。

 ……もう、フローラのとこに行くか。

 あそこは結構メシも上手くて、早い時間から混むからな」


 途中でアレックスさんは、凹んだ鎧を修理に出していた。私の方は、お薦めの宿を教えてもらって部屋を取っておいた。


 酒場に着くと、時間は少し早かったらしいのだが、

「聞いてるよ。

 フローラを助けてくれてありがとな。

 店を開けると、フローラも手が離せないだろうから、大して構えないが、それでも良ければ入ってくれ」

 酒場の主人夫婦に迎えてもらった。

 

 フローラさんが、軽くつまめるものと飲み物を持って、テーブルにやって来る。 


「本当にありがとうございました。

 ご主人達にも、危ない事するなって怒られちゃいました。

 わたし、もう少し考えて行動しなきゃいけないですよね。

 どうしても、カッとなって行動してしまう事が多くて、いつも後悔しているんです」

 フローラさんも冷静になって、どんなに危険だったか、やっと分かったみたいだ。


「フローラは、そういうところも可愛いけどな。

 今回は危なかったよな」

 アレックスさんは、揺るがないな。


「後悔する気持ちがあるなら、直せますよ。

 カッしたら、先ずは、ゆっくり6数える位の時間をやり過ごしましょう」

 フローラさんの行動は、ちょっと直した方がいいんじゃないかなと思う。

 

「ゆっくり6数える、ですか?」

 聞きなれない事を聞いた様に、フローラさんが瞬きした。


 アンガーマネジメントで有名だったのが、「6秒ルール」だと思う。

 カッとなった時、どうにか6秒間をやり過ごす、というものだ。


 人間とは不思議なもので、6秒経てば、不思議と怒りがスーッと消えたり……しない。

 むしろ普通に生きていれば、6秒を超えてなお持続する怒りというものを味わった事があるはずだ。


 では何故、6秒をやり過ごす、なのか?


 怒りのピークは長くて6秒とか諸説あるのだが、前世の私が最も納得出来た理由が、「理性が起動するのに、6秒位かかる」からだ。


 これは、アンガーマネジメント関連ではなく、自律神経を整える事をテーマに医師が執筆した書籍で読んだ内容だ。

 理性の働きにも自律神経が関わっており、理性が働き始めるのに6秒位かかる。これは、アンガーマネジメントの6秒ルールとも合致している、とか書いてあったと思う。


 人間が野生動物だった頃は、攻撃を仕掛けられた瞬間、怒りの衝動に身を任せて行動するのが正解だったのだろう。

 怒りにはスピードがあるのだ。


 しかし、社会で生きていく事にした人間には、衝動だけで野生動物の様に動くのではなく、理性を使って行動する事が求められる。


 怒りの感情も、最初の生のまま、衝動のままで取り扱うのではなく、理性で捉えて、どの様に行動していくのが、自分にとって最も望ましいかを考えるべきなのだ。


 そのために必要なのが、理性が働き始めるのに必要な6秒という時間だ。


 その様な説明を、今世に合わせてすると、

「スキルの発動時間と考えると、6秒はむしろ短い方だ」

 アレックスさんが、ちょっと意外な事を言った。


「でも、スキルと違って、理性的になったからって直ぐに何かが出来る訳じゃないわ」

 フローラさんは、結果の伴うスキルと比べると不満がある様だ。

 でも、いいポイントを突いてると思う。


「スキルを発動出来る様になるために、先ず『理性』を起動状態にしておく必要があって、そこから数秒使ってスキルを実動作に持っていく、と考えてみるのはどうでしょうか?」

 スキルがアプリで、理性がOSというイメージでも良い。


「え?」


「なるほどな。

 冒険者やってると、生き残れれば『一人前』までは誰でもなれるんだが、そこで止まっちまうヤツとその次の『中堅』から先に進めるヤツに分かれるんだ。

 俺はその違いは、溜めが必要な大技が使えるかどうかだと思ってた。

 でも、あんたの話を聞いて考えたけど、ピンチに『理性』を発動出来るかどうか、が分岐なんだな。

 確かに、上に行けないヤツは、いざって時に冷静になれないヤツばっかりだ」


 ピンとこなかったフローラさんと違って、アレックスさんには何か腑に落ちるものがあった様だ。


「理性的になれば、良いアイデアを思いついたり、閃いた考えを実行するのに効果的な行動が何か分かりますよ。

 そうしたら、出身村の司祭様に頼るという点では一緒でも、勤め先のご主人に断ってから、アレックスさんに同行してもらって、安全に隣村まで辿り着けたはずです」

 アレックスさんの加勢を受けて、畳み掛ける。


「そ、そうね。そうだわ。

 ゆっくり6数えるのね。

 ……ちょっと難しそうだわ。

 カッなってる時って、6数えるとしても、ゆっくりは無理じゃないかしら?」

 フローラさんの疑問は、前世の私も思った。


「『理性的に行動する』と唱えるのはどうですか?

 早口で5回言うと、同じ位の時間になりますよ」

 前世で私がやってた方法だ。


「理性的に行動する、理性的に行動する、理性的に……。

 うん、これなら出来そうだわ!

 ありがとう!」


「どういたしまして」


 花のように笑ったフローラさんとは裏腹に、アレックスさんが険しい形相で「理性的に行動する」を唱えているのは何故なんですかね。




読んで下さってありがとうございます。


「理性が起動するのに、6秒位かかる」という部分の参考文献ですが、

タイトルなどを忘れてしまったのです。

思い出せ次第、ここに書きます。すみません。


説明が続いちゃってますが、

主人公の目的は、幼馴染を助ける事だし、

作者的には、この話はコメディーなので、

しばらくしたら戻るつもりです。

よろしくお願いします。

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