炭鉱の町へ
「きゃあああ!! アレックスー!!」
「フローラ! お前だけでも逃げろ!」
突然の悲鳴が、物置小屋の向こうから聞こえてくる。
「フェニー、行くよ!」
一瞬フェニーを隠そうか迷ったが、戦力になる事を考えてそのまま行く事にした。
回り込む様にして走りつくと、2本の斧を左右に構えた男性が女性を背に庇いながら、ざっと7頭のゴーレムと対峙しているところだった。
女性は無事な様だが、体にぴったりしたワンピースにショールを羽織った姿は、戦えるようには見えない。
一方の男性は、鎧の胴体部分にゴーレムの腕でやられたらしい土に汚れた凹みがある。
「加勢します!」
サイドから女性に近付きつつあったゴーレムに、走って来た勢いのまま跳びかかって蹴りを入れた。
頭部にある核にダメージはないが、態勢を大きく崩す事が出来た。
なお【バーサーク】は、前の戦闘終了時点で効果が切れている。
「フローラ! 今のうちに!
加勢、助かる! 核は壊していい!」
男性は、女性に近かったもう1頭の核を叩き割りながら、女性に逃げる様に促すと、私にも声をかけた。
私もその間に、蹴り倒したゴーレムの核を切り裂いた。
私と男性は、目で合図を交わしつつ、女性を庇いながらゴーレムに相対する立ち位置に移動した。
残ったゴーレムは5頭。
向こうも引かないので、睨み合いの膠着状態になった。
さて、加勢するとは言ったものの、二人とは冒険仲間を組んでいる訳でもないので、道中ずっと使ってきた【怒りの咆哮】も【バーサーク】も使えない。
【怒りの咆哮】で二人が失神状態になってしまったら目も当てられないし、連携を取るために【バーサーク】は邪魔だ。
「あんた、持ち武器は剣か。
スキルはどんな手がある? 直ぐに発動できるヤツか?」
男性が訊ねてくる。
普通は聞かない事だが、今は連携のために必要との判断だろう。
「連続攻撃技と、威力増しの1回攻撃。どちらも即時発動可能です」
私も素直に答える。
ついさっき覚えたばかりだけどな。
「連続の方で時間稼ぎを頼めるか?
大技を使いたいんだが、溜めが必要なんだ」
男性は、剣よりはゴーレムに有利な自身の斧で、決着をつける判断をしたと思われる。
「分かりました。
直ぐでいいですか?」
立ち位置を前にずらしながら、確認する。
「ああ、頼む」
男性は少し下がった位置に移動し、スキルの発動態勢に入った様だ。
私の『アンガーマネジメント』スキルは、今のところ発動に時間がかからない。
レベルの低い技だからなのかもしれないと思う一方で、ストックした怒りを使うからなのかもしれないとも思っている。怒りとは、衝動的なものだからね。
「行きます! 【怒涛の攻撃】!」
さっき覚えたばかりの技を、5頭のゴーレムに出来る限り満遍無く放つ。
時間稼ぎが目的だから、無理に致命傷を目指さなくて良い。
【怒涛の攻撃】:
【アンガーストック】でストックされた怒りを消費し、複数回の攻撃を短時間に連続して行う事が出来る。
対象は、単体と複数のどちらも選択可能。
「はぁあああ!」
スキル発動から、まるで周りだけがスローモーションになった様に感じる。
闇雲に切りつけるのではなく、こちらに襲い掛かろうとしている動きを察知して、攻撃を阻む様に動けた。
ただ、各1撃の攻撃力は低めで、手首の様に少し細くなった所に当てられた時は切り落とせたが、ほとんどは削るだけに留まっている。
全てのゴーレムに1撃ずつは入れた位で、スキルの効果が終わりつつあることを感じる。
チラリと男性の方を見ると、頷かれた。
「やっ!」
追って来そうな1頭に、最後の1撃を入れて退く。
「【双斧旋風】!」
両手に持った斧を構えた男性が叫ぶと、体を大きく捻り、両手の斧を次々と放った。
投げられた2本の斧は、竜巻の様な小さな渦を作り、ゴーレムに次々と襲い掛かっていく。
……この世界のスキルの効果って、なんかいっそもう理不尽だよね。物理法則無視した様な動きするもんな。
「っ! 【憤怒の一撃】!」
斧の竜巻でも斃れなかった最後の1頭がこちらに向かって来たので、覚えたてのスキルを発動し、首を切り落とす。
弱っていたので、核を砕かずに済んだ。
【憤怒の一撃】:
【アンガーストック】でストックされた怒りを消費し、一撃だけ通常の2倍の威力で攻撃出来る。
「よし! 核回収、成功!」
思わず欲望の漏れ出た私に、近寄って来ていた男性が苦笑している。
男性のスキル攻撃は、小さなハリケーンに巻き込まれた様になる一撃が強力だったが、威力を落としながら4頭に当たった所で消えてしまった。
対してゴーレムは5頭。
男性は、理不尽な程ご都合主義な戻り方をした2本の斧を手に、残りの1頭に近付いていたが、私の方が近かった。
「フローラ、もう大丈夫だ。来てくれ。
助かったぜ、あんた。
物陰から突然10頭も出てきちまって、3頭殺ったんだが、1つ喰らっちまってな。
自分1人ならまだしも、フローラは見た通り全然戦えねぇから、腹括るしかねぇかと思ってたとこだったぜ」
男性は女性に声をかけた後、私にお礼を言ってくれた。
「わたしからも、お礼を言わせて下さい。
本当にありがとうございました」
駆け寄って来た女性にも感謝されてしまう。
「無事に済んで何よりです」
核の回収成功に喜んだ手前、ちょっと気恥ずかしい。
ゴーレムの核を回収した後、自己紹介してくれた二人は、男性がアレックスさん、女性がフローラさんだ。
「ところで、お二人は何故こんな所に?」
フローラさんの格好は、戦闘向きでないどころか、汚れ仕事にも向いていない。
辺りはまだまだ明るいが、もう昼過ぎだ。
前世の日本と違って、拠点の外の何処かに出かける様な時間としては少々遅い。
「ま、とりあえず、町に戻ろう。
あんたも町に向かってたとこなんだろ?
一緒に行こうぜ」
私の疑問に、二人は顔を見合わせた後、フローラさんが俯いてしまい、アレックスさんに提案される。
町まではもう少しあるので、3人で歩き出す。
フェニーを普通のペットとして紹介し、少し和んだところで、フローラさんが、ポツリポツリと語りだした。
「……わたしが悪いんです。
後先考えずに、隣村に行こうとしてしまって……。
村はわたしの出身地で、この街道を反対方向に進んだ所にあります。
道中は、日中ならほとんどモンスターが出ないって知ってたんです。
町から少し離れたこの辺りだけはゴーレムが出るって聞いてたんですけど、わたしは運が良いのか、ゴーレムに遭遇した事が今まで無くて、今日も行けるかなって……」
フローラさんが、恐ろしく無鉄砲な事を言っている。
アレックスさんが気がついて追いついてくれなかったら、確実に死んでる。
まぁ、子供の頃、周囲の大人の言う事を前世基準で勘違いしていて、自分達だけで危険地帯に突っ込んでた私の言う事じゃないかもだけどね。
「ゴーレムが出なかったとしても、そんな格好で、町を出て村に向かうのは無理だろう」
アレックスさんが「しょうがないなぁ♡」みたいな感じで、フローラさんの肩を抱き寄せた。
……あんたさっき、その彼女の無茶に付き合って死にかけてたけどな?
恋は盲目ってこんな感じなんだな。
確かに、フローラさんは美人だ。
妖艶系って言うのかな。口元の黒子が色っぽい。
出るとこは思い切り出てて、引っ込むとこは引っ込んでいる。
アレックスさんは、一言でいうとガタイのいいオッサン。
フローラさんより10以上年上らしい。
二人並ぶと、美女と野獣。
「何故そんなに突然、実家に向かおうとしたんですか?」
普通にアレックスさんに付き合ってもらって、準備整えて帰ればいいのに。
「それは……」
「旅の司祭のせいだ」
話しかけたフローラさんを遮って、アレックスさんが吐き捨てた。
……またかよ。
《ピンポーン!
怒りを確認しました。
【アンガーストック】に、現在の怒りをストックしますか?
YES or NO?》
▶YES
《【アンガーストック】に怒りがストックされました》
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