司祭の横暴
「【怒りの咆哮】!」
遭遇した20匹ほどのゴブリンの群れは2匹を残し、私が放ったスキルの効果で、失神状態になった。
「からの【バーサーク】!」
連携が取れなくなるデメリットのある【バーサーク】だが、現在の旅の仲間は、火魔法による遠隔攻撃を得意とする愛鳥だけなので、特に問題無い。
「はっ!」
【怒りの咆哮】の効果を回避し、果敢にも立ち向かってきたゴブリンリーダーを、こちらからも走って迎え、すれ違いざま切り捨てる。
「ピィーー!」
スタン状態を回避したもう一匹は、最後尾のゴブリンマジシャンだったが、既にフェニーの炎に包まれている。
「うらぁぁぁ!」
動ける2匹を、フェニーと私で1匹ずつ斃せば、後はただの殺戮である。
「ふぅ、よし!
……うーん、討伐証明部位集め、かったるいなぁ」
街を出てから、何度かゴブリンに遭ったのだが、何故か皆小さかった。
子供位のサイズしかない。
力も弱いし、頭も良くないみたいで、今回みたいな群れで出会っても、特に脅威に感じない。
ただ、後処理が多くて困る。
「一応、集めておくか。
まだ『駆け出し』だしな」
冒険者ギルドランクは、『駆け出し』→『半人前』→『一人前』→『中堅』→『達人』→『伝説級』だ。
今朝出発した、ラストタウンの2つ先の町で、道中の討伐部位を提出したら、もう少しで『半人前』になれる、と言われたので、まだ『駆け出し』である。
【怒りの咆哮】は、相手をスタン状態にさせる弱体化スキルだ。
相手とのレベル差に左右されつつランダム要素があるが、今のところ9割位の成功率でかなり有用だ。
【バーサーク】を使ってモンスターを斃したら、ゲット出来た。
やはり【アンガーストック】の怒りを消費するが、今のところストックに事欠かない理由があるので、勿体ながらずに使っている。命の方が大事だし。
討伐部位の右耳をマジックバッグに収め、死体を1か所に集める。
「フェニー、お願い」
「ピィーー!」
フェニーの炎で、ゴブリンの死体を焼いてもらう。
正直、戦闘よりも片づけに活躍してもらっている感じだ。
助かるけど、なんか申し訳ない。
「さ、急ごう。
町に入っちゃった方がいいよね。
フェニーの石炭も手に入れたいし」
「ピィ!」
フェニーの主食は、火のついた石炭である。
あとは嗜好品的に、私が作るビーフシチューに入っている肉が好きだ。
寝床が暖炉の炎である事といい、前世の感覚からすると、非常に不思議な鳥だ。
まぁ、鳥が火魔法が使える時点で、異世界なんだな、と納得している。
「えっと、宿はここだな」
ちょっと立派な民家、といった感じの木造の家屋の前に来ている。
思ったより余裕をもって門限に間に合い、門番に教えてもらった宿にやって来たのだ。
この町は小さい方で、宿は食事処を兼ねたこの1軒しかないそうだ。
「ごめん下さい。
1泊させてもらいたいんですが」
宿を表す看板を確認して、声をかけつつ中に入る。
インターホン無いのは不便だよね。
「い、い、いらっしゃいませ。
おと、おと、お泊り、で、ですか?」
宿の人と思われるエプロン姿の若い女性が迎えてくれたが、様子がおかしい。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
具合が悪いのかと、声をかける。
「だ、大丈夫です……」
女性が、か細い声で無理のある返事をする。
「あんた、もう下がってな。
すみませんね、お客さん。
娘はちょっとショックな事があって、男の人が怖くなってしまってるんですよ」
後ろから、宿の女将と思われる恰幅の良い婦人が出て来た。
「ひょっとして、太った司祭に何かされました?」
夕食には早いのか、食堂になっている宿の1階に人は居なかったが、声を潜めて訊ねる。
「え?」
「な、何故、知ってるんですか!?」
ちょっとポカンとした様子の女将とは逆に、宿の娘さんの反応は劇的だ。
この反応、やっぱりな……。
《ピンポーン!
怒りを確認しました。
【アンガーストック】に、現在の怒りをストックしますか?
YES or NO?》
▶YES
《【アンガーストック】に怒りがストックされました》
「実は……」
道中の話を切り出す。
この町は、ラストタウンを出て3つ目の拠点なのだが、前2つで司祭達の噂を色々聞けた。
評判は散々。サイテーな話が、聴こうと思ってなくても、聞こえてくる感じだ。
2つ前の拠点の町には娼館があって、そこで娼婦さんをかき集めて朝まで遊んだらしいのだが、料金を踏み倒していったらしい。
司祭が連れている教会騎士二人は、女遊びこそしなかったものの、酒場で朝まで飲んだくれて、やはり代金を払っていかなかったそうだ。
ここの直前の村は娼館が無かったので、村で唯一の酒場で働いていた未亡人を、宿に連れ込んだらしい。最悪の事態にはならなかったとは聞いたが、件の女性は寝込んでしまったという。
教会騎士は以下同文。
「最低……」
娘さんは、怒りで顔色が良くなっている。
幸いとまでは言えないが、前の村の未亡人と違い、比較的直ぐに助けられたそうだ。
この世界、平民の貞操観念は割と緩いが、聖職者に求められる分は厳しい。
娘が部屋に連れ込まれたのに気付いた女将達が、この町の司祭に助けを求めて、どうにかなった様だ。
前の村では、連れ込み方が狡猾だったのと、助祭しか居なかったのが災いした。
被害者の未亡人が寝込んでしまったのは、信仰心を踏みにじられたのが大きい。
「……そうだったのかい。
お客さんも災難だったね。
そんな司祭の後を追う様に旅してると、気が滅入るだろう?」
女将さんには、宿の食堂に案内してもらい、お茶を出してもらった。
「実は、その司祭を追っているんです。
幼馴染が連れ去られてしまって」
事情を簡単に話す。
「あ! もしかして、あの大人しい女の子かい? 黒い髪の可愛い子。
嫌がってる様子だったのに、ずっと連れられてて、可哀そうにって思ってたんだよ」
女将さんはどうやらステイトを見た様だ。
「多分そうです。
幼馴染は、女の子ではないですが」
ステイトは、相変わらず女の子に間違われてるんだなと思う。
「だ、大丈夫よ!」
宿の娘さんが、意を決した様子で私の前に身を乗り出してきた。
「あの司祭はエロジジイだけど、男としては機能しないみたいなの。
自分が最後まで楽しめないからって、連れの騎士達にも女遊びは許してないみたい。
だから、あなたの幼馴染はまだ致命的な事にはなってないと思うわ。
でも、辛い目にあってるのも間違いない。
早く助けに行ってあげて」
連れの教会騎士の愚痴から得たらしい情報を教えてくれた。
娘さんの潤んだ瞳に、何故か火が灯っている。
「ア、ハイ、そのつもりです」
司祭がスケベなくせに勃たないのは、代金を踏み倒された娼婦さん達が誰彼構わず吹聴していたので、知っている。
でも、ステイトはそもそも男なので、何れにしても何もないと思う。
あの司祭は女しか好きでは無さそうだったから、言っちゃ悪いが貧弱なステイトの体を見て何かあるとは思えない。
「おーい、お前達。
そろそろ夕食の準備を手伝ってくれ。
……と失礼。お客さんかな?」
宿の奥から、宿の主人と思われる中年男性が出て来た。
「あ、いっけない。
宿泊手続きもまだだったわ。
お客さん、こっちで宿帳に名前をお願いします。
母さんは父さんの手伝いをお願い」
慌てて立ち上がった娘さんに、カウンターへ促される。
「お、お前、男のお客さんでも平気なのか?」
宿の主人らしい男性が、戸惑った様子で娘さんに訊ねる。
「ええ、多分、もう平気よ。
すっごく気持ち悪い目にあったけど、それ以上じゃないんですもの」
娘さんは、男性に向かって声をかけると
「幼馴染のこと、応援するわ。
私に出来る事は言って頂戴ね」
私に向き直って、協力を申し出てくれた。
「あんた……。
お客さん、ありがとう。
娘の恩人だよ。
大した事は出来ないが、何でも言っておくれ」
女将さんは目を潤ませ、娘さんの肩を抱いてから、私にお礼を言ってくれた。
困って奥を見ると、主人と思しき男性も頭を下げていた。
……言いそびれましたが、私アンジー、性別は女です。
読んで下さってありがとうございます。
明日12時に続きを投稿します。
よろしくお願いします。