魔王戦
「今代勇者様、人類による統治を見直しませんか?
教会の腐敗を見てきたでしょう。
この魔王の様な、人外の存在に世界を任せてみた方が良いと思いません?」
ヤギの様な角、鮮やかな程の紫色の肌。
前世二次元の悪魔の様な特徴を持ちながらも、顔立ちは理性的だ。因みに、造作自体は美形とかじゃないく、フツメン顔。前世で仲が良かった同僚に似ている。
使者を名乗っていた者の本体だが、使者は本体の影から出来ており、戻る事なく消え去るので魔王本人とは言わないそうだ。そこそこどうでもいい情報。
「教会がダメでも、国王陛下はまともだったし、いきなり全部を魔王に任せる気にはなれない。教会も王妃陛下が刷新してくれそうだし。そっちに、統治実績はあるのか?」
「魔王は人の影ですからね。実績はあると言えばあります」
「その理屈だとダメな実績も人間と同じだけあるって訳だね」
多分、代々の勇者に同じ誘いかけをしているんだろうが、流石に応えた者は居ないと聞いている。
「では、交渉決裂ということで、【アイシクルランス】!」
魔王は、まるで前世のサラリーマンがデスクワークの途中でプリンターのトナーを変えようとするだけの様な、何事もない表情のまま腕を振るい攻撃魔法を使った。
「ピィィッ……!」
「フェニー!? 【HP操作】! お願い、効いてぇ」
魔王が放った氷柱群は、後ろのフェニーに直撃した様だった。ステイトが、フェニーの体を抱きしめ、回復魔法をかけているが、孔雀の様に美しいはずの姿はボロボロになっており、見る影もない。
「え? 嘘? フェニー? そんな……」
頭が真っ白になった様に、どうしたらいいのか、分からない。
《ピンポーン!
強い感情を確認しました。
【エモーションストック】に、現在の感情をストックしますか?
YES or NO?》
▶YES
《エラー!
感情の混乱が激しすぎて、一部の感情がストック出来ませんでした》
「【アイシクルランス】」
魔王の追撃が降り注ぐ。
「【ステータス操作】! 【ステータス操作】! アンジー、しっかりしてぇ」
フェニーの体をそっと戻したステイトが、バフやデバフを掛けた後、矢で魔王の攻撃を邪魔しつつ、声をかけてきた。
「……ハッ。ごめん、ステイト。【怒涛の攻撃】!」
スキルを発動させて、時間を稼ぐ。気持ちが整わないままに無理に発動させたせいか、一撃の力や精度が明らかに落ちている。
……私が油断していたんだ。
魔王の事を聞いていた。
話が通じる相手じゃない。戦うしかない。
勇者本人からは人間臭く見えても、どこか薄っぺらくて、影でしかない。
そう、聞いていたのに、やっぱりどこかで、話し合いが出来る相手の様に思っていた。
顔立ちと声が、前世の親しかった同僚に似ていたからだ。
争い事を良しとせずで、喧嘩とみれば仲裁に入る様な奴だった。
前世の自分が声を荒げてしまっていた時は、いつも執り成しに来てくれた。
きっと今頃、呆れているに違いない。
「ちょっと見た目や声が僕に似てる位で、騙されないで下さい」って。
ごめん。悪かった。
フェニーも、ごめんじゃ済まないけど、ごめん。
もう、大丈夫。
仇は討つ。
「ステイト、スキルを使いたいから、時間稼ぎをお願い!」
「わ、分かったぁ。【スキル操作】!」
レベルの上がったステイトのスキルは、今では敵にも多少通じる様になっている。
それでも、攻撃手段が弓矢しかないステイトにとって、時間稼ぎがちょっと厳しめのお願いなのは承知している。
普段だったら、フェニーに頼ってた場面だ。
私達は意外とバランスが取れてたけど、最少人数過ぎて、何かあった時のリカバリーが厳しい。
もっと、慎重であるべきだったんだ。
でも、反省は後。
下がった位置で、剣を構え、息を整える。
前世からやっていた落ち着くための習慣を始めようとして、ふと確信めいた閃きが頭を過る。
今のままの私では、【明鏡止水】を使っても魔王は斃せない。
でも、もうフェニーが居ない以上、今のチャンスが最後かもしれない。
そうだ。冷静に行動するだけじゃ足りない。
もう一段階深い集中を【明鏡止水】に掛けなくてはならない。
そうは言っても、普通なら、こんな土壇場で何かが出来たりしない。
でも、この『エモーションマネジメント』なら、あるいは。
《ピンポーン!
スキル改変条件を満たしました。
『エモーションマネジメント』の【明鏡止水】が改変されました。
【エモーションストック】にストックされた感情を、規定以上に使用し、強化した【明鏡止水】を使用しますか?
YES or NO?》
▶YES
「ステイト! 準備出来た」
「分かったぁ。やっちゃってぇ」
「【明鏡止水】!」
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