王様に布の服とヒノキの棒をもらう
その後、パーティー会場に引っ張り出された。
勇者の支援をするために、貴族達にお披露目をする必要があるという事で、回避不可能。
教会への牽制の意味合いもあるからと、王妃陛下からも頼まれている。
ただ、私達、なんで、男女逆の衣装のまま、なんでしょうかねえ。
「勇者アンジー様、わたくしのお相手になって欲しいですわ」
王女殿下だ。庇護欲をそそる系の幼めの顔立ちに、体つきはボンキュッボンである。
熱い視線をこちらに向け、懇願する様に前で組んだ手でさり気なく巨乳を強調しておられる。
「えっと、ダンスのお相手は、踊れないので、申し訳ないですが……」
「アンジーは、僕の結婚相手ですぅ」
ステイトが、いつになく強引な様子で割り込んできたかと思うと、私に身体をくっつけてきた。
「わたくしは、アンジー様に聞いているのですわ」
王女殿下は、ステイトの胸の辺りを一瞥すると、勝ち誇った様な笑みを浮かべて言った。
その様子をステイトが悔しそうに睨みつけている。
……ねぇ、二人は何を張り合っているの?
美しいお姫様の胸の豊かさに、キーッてならないといけないのは、女の私じゃないの? 周りで見ている人達は、どうして誰も不思議そうにしないの?
「娘や、止めなさい。
二人は結婚の約束をしておるのだよ」
国王陛下が執り成しに来てくれた。
「お父様。
でも、国の事を想えば、わたくしが勇者様を婿にするのが一番ですわ」
「あなたの国を想う気持ちを嬉しく思います。
けれど、信用とはもっと大事なものですよ」
王妃陛下も援護に回ってくれた。
「……分かりました。今回は引きますわ。
アンジー様、気が変わったら仰って下さい。お待ちしておりますわ」
王女殿下は、美しいカーテシーを披露して去っていった。
「なかなかずb……頼りがいのありそうな王女殿下ですね」
危うく図太いと言いかけたが、上司的な意味合いでは王女殿下の好感度は悪くない。
「儂らには子供は一人しか恵まれなんだからな。苦労をかけておる」
失言は無かったことにしてもらえた。
しかし、何故誰も、私では婿にはなれない事に言及しないのだろうか。
「今回のお詫びも含めて、何かしなくてはならないわね。
何か希望はあるかしら?」
「い、いえ、結構な額の援助を頂きましたし」
王妃陛下の提案は、その前から国王陛下にも聞かれている。
せっかくの好意なので、前回の魔王討伐に使った装備品を見せてもらったりしたが、合うものが無かった。
先代勇者の国王陛下は、かなり体格に恵まれた方でバスタードソードを使用していたのだ。同じ剣と言っても、片手剣を使っている私では使えない。勿論、防具はもっと合わない。
先代聖女の王妃陛下の装備は、杖とローブだったのだが、ステイトの武器は弓矢だし、王女殿下と似たグラマラスな女性の装備がちょうどいい訳が無い。
現在の騎士団長の片手剣ならばどうにかなりそうだったが、国を守るために今も使っている物を取り上げてまで欲しくはない。
結局、お金で解決という事になったが、十分な額面があって、こちらには何の不満も無い。
ただ、向こうの事情として、何か物品を贈った事にしたいらしい。
見栄えとか外聞の問題で、「支援金を贈った」よりも「支援金と○○を贈った」の方が良いのだ。
そんな訳で、今も、王妃陛下が「困ったわねぇ」みたいなリアクションになっている。
「もし良ければ、結婚の準備を援助してもらっても良いですかぁ?」
ステイトが切り出した。
「それはいいわね」
「うむ、良い考えだ」
王妃陛下と国王陛下の賛同を得てしまう。
あれよあれよという間に話がまとまり、私達は両陛下から、婚姻の衣装と改装予定の浴槽の建材を贈られることになった。
今代勇者アンジー、王様に布の服とヒノキの棒をもらう、みたいな。
「……ねぇ、アンジー。
もしかして、ちょっと怒ってる?
やっぱり、王女様の方が良かった?」
パーティー会場を後にして、ステイトが変な事を言い出した。
「何を言っているの? 私と王女様では結婚できないって、分かってるよね?」
「……でも、アンジー、ううん、碇君は、胸の大きい女性が好みのタイプだったじゃない」
「……ステイト、いや、糸、前世の記憶、戻ってたの?」
「聖女の鑑定を受けた時に……」
私の前世は、日本人の安木 碇(♂)で、須藤 糸(♀)との結婚直前で事故死している。
転生して性別が前世と違うと分かった時は、かなり動揺した。
子供のうちはまだしも、成長して男と結婚するなんて考えられないと思った。
でも、ステイトが居た。
多分、糸の生まれ変わりなんだろうな、とずっと思っていた。「どうして同年代に生まれ変わっているのか?」「前世はどうしたのか?」という心配はあったが、正直嬉しかった。
糸の生まれ変わりのステイトだから、一緒に生きていけると思った。性別がひっくり返っていたとしても。
今では、自分は碇ではなく、アンジーだと思っているし、糸ではなくステイトだと思っている。
でも、人生の伴侶がこの相手だというのは、前世も今世も変わらない。
「前世なんか関係ない。私がこれから一緒に居たいのは、ステイトだけだよ」
「アンジー……」
月が照らすバルコニーでしばらく二人で抱き合っていた。
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