明鏡止水
「【怒りの咆哮】! っく、効きが悪いな」
私は今、1人でオオカミの群れに囲まれている。
【バーサーク】のバフでかなりの数を既に斃したが、復活した魔王の影響か、攻撃性が増した魔物は、戦いが多少不利になっても逃げようとしない。
怒りに身を任せ、聖都を出発して3日。
この辺りは、活性化しているはずの魔物であっても、弱々しい相手しかいなかったため、つい先を急いで無理をしてしまった。
「アォオオーーン!」
仲間を呼ぶ魔物の遠吠えに応えて現れたのは、グレートウルフ。灰色の毛並みに、小さめの象ほどの体格をしている。雑魚のオオカミから2ランクは上位の魔物だ。
流石にヤバい。
魔王の影響はこんなにも強かったのか。
間断なく襲って来る手近なオオカミを切りつけながら、少しずつ焦りが膨らんでいく。
そうでなくとも、狼型の魔物は連携が上手い。私を取り囲み、ヒット&アウェイで徐々に削ってくる。
ここまでどうにかなっていたのは、魔王城近くの故郷で作られた付与付き装備のおかげと言っていい。
グレートウルフは余裕があるのか、雑魚のオオカミが攻撃を続けている後ろから、こちらの様子を伺っている様だ。
恐らく、隙を見て一気に仕掛けるつもりなんだろう。
ヤバい。どうする?
焦り、不安、徐々に心を占めてくる恐怖。
《ピンポーン!
強い感情を確認しました。
【エモーションストック】に、現在の感情をストックしますか?
YES or NO?》
▶YES
《【エモーションストック】に感情がストックされました。
スキル取得条件を満たしました。
『エモーションマネジメント』の【明鏡止水】を取得しました。
【エモーションストック】にストックされた感情を消費し、【明鏡止水】を使用しますか?
YES or NO?》
▶NO
僅かに迷った後、発動を否定する。
タイミングが良く、内容も有用だったが、このスキルは一筋縄ではいかない。
私は今まで、発動に時間のかからない『アンガーマネジメント』スキルを使ってきた。
ある意味、怒りのままに行動してきた、と言ってもいい部分がある。
しかし、進化した『エモーションマネジメント』の新スキルは、衝動のままに発動して効果を発揮できるほど甘くはない。
「【怒涛の攻撃】!」
ひとまず使い慣れたスキルで、魔物に取り囲まれた状況を脱する。
「グルルルルッ!」
魔物の包囲からどうにか抜け出し構え直すと、グレートウルフが毛を逆立てていた。楽勝と見ていたのが、一気に旗色が悪くなって怒っているのだろう。
……あの怒りを、どうにか利用できないだろうか?
《ピンポーン!
スキル改変条件を満たしました。
『エモーションマネジメント』の【エモーションストック】と【バーサク】が改変されました。
【エモーションストック】に対象の怒りをストックしますか?
YES or NO?》
▶NO
《【バーサク】を対象に使いますか?
YES or NO?》
▶YES
場所を移動しつつ、先ずはオオカミだけに【バーサク】を使った。
これは、賭けだ。
【バーサク】の効果によって、脅威となる連携が阻める一方で、個々の攻撃力は上がってしまう。
「グルアァアッ!」「ガアッ!」「グルルッ!」
オオカミが一斉に襲って来たが、連携が取れていないので、ぶつかり合う個体が出てきた。
隙をついて、各個撃破していく。
「ウォオーン!」
グレートウルフが命令っぽい遠吠えをしているが、オオカミは応えない。
そうこうしているうちに、オオカミは大体、片づけた。
トドメを刺してないのもいるが、動けないなら後回しだ。
「グルルルルッ!」
【バーサク】など使うまでもなく、激怒って感じのグレートウルフ。
「グアァーッ!」
飛びかかってきたが、動きが単調になっているので、十分に躱せる。茂みに突っ込んで、方向転換に手間取っている。
《【エモーションストック】にストックされた感情を消費し、【明鏡止水】を使用しますか?
YES or NO?》
▶YES
焦る気持ちを抑え、意識して深く呼吸する。心の中では、前世で落ち着くために使っていた言葉を繰り返している。理性的に行動する、理性的に行動する、理性的に……。
《発動必要時間経過しました。【明鏡止水】を発動しますか?》
▶YES
「【明鏡止水】!」
スキルに急所を刺し貫かれたグレートウルフの巨体がゆっくりと倒れていく。
【明鏡止水】:
MPまたは【エモーションストック】でストックされた感情を消費し、必殺判定の攻撃が出来る。
攻撃力と1日の使用可能回数は、スキル保持者のレベルによる。
読んで下さってありがとうございます。




