エピローグ
「見つけた」
「痛いっ!」
翌朝、冒険者ギルドを訪れた途端。
身なりの良い美丈夫がステイトの腕を掴んだ。
「ピィッ!」
「ステイト!? 一体、何を!」
ステイトの腕を自由にしようとステイトに手を伸ばすと、教会騎士に阻まれる。
「お前も、大人しくしてもらおう。
暴れなければ、お前にも連れにも乱暴はしない」
そして、それを皮切りに、ギルドに潜んでいたらしい教会騎士達が大勢出て来て、私達を取り囲む。
「ピィィ……」
「ま、待て!
何かの間違いだろう。
その2人は、その娘は、どう見ても女の子じゃないか!」
逼迫した事態に、ギルド長が「どう見ても女の子」を、私達2人からステイトに限定した事に突っ込む気にもならない。
「それは、直ぐ確認出来るでしょう。
ご協力、感謝します。
では、失礼」
ステイトが両腕を騎士に掴まれて連れ出されていく。
「待て!
話が違う!
その2人は、町の恩人なんだ!」
騎士の中でも階級の高そうな1人が、叫ぶギルド長を留めている。
残りの騎士達の内の1人が私の腕を掴んだが、ステイトの後を追いたくて暴れなかったら、連行される以上の事はされなかった。
町の広場、人々が集会をしたりするための開けた場所まで、連れて来られてきた。
町中の人が集められたかの様な人だかりが出来ている。
人々は、何故集められたのか分からない様子だ。
元々あったかどうか分からないが、中央に一段高くなった舞台の様な広めの壇があって、そこの中央にステイトが引きずり出された。
私も壇上の端の方に立たされる。
壇の反対側には、聖職者の集団が居る。
非戦闘員だけでも10人以上、騎士は50~60ほどだ。
集団の中にあのブタ司祭の姿が確認できた。
しかし、中心で仕切っているのは、司祭よりも華美な祭服を着た人物だ。
この町の司教なのかもしれない。
流石に、下手に動けない。
ブタ司祭が壇に進み出てきた。
「聞きなさい!
皆さんも、最近、教会から指名手配が出ていたのは知っているでしょう。
教会に仕えるべき希少なジョブ持ちの少年と、その少年を連れ去った青年です。
教会は、こちらの高貴な方の協力を得て、遂に指名手配犯を突き止めました。
それがこの2人!
なんと卑怯にも女性の姿をして、我々の目を欺いていたのです!」
拡声の魔道具を使った声が、辺りに響く。
「違いますぅー」
「違います」
「ピィ」
ステイトの必死な声も、私の声も、騒めく人々に届いたか分からない。
「では、ここで、服を脱いでもらいましょう。
無実だというなら、それで証明出来るでしょう。
脱げないなら、それは、性別を偽っていたという証拠!
神を謀り、人々の為に使われるべき、希少なSSレアリティジョブを私物化した罪!
決して小さくはありませんよ!」
「そ、そんなぁ……」
司祭があまりにも堂々と捲し立てるせいか、気弱な幼馴染は、真っ青になっている。
広場の人々の反応は未だ戸惑いが多いが、ステイトと私の裸が見られるという話の流れに、賛成の野次を上げる男達が出始めた。
また、女性を含む信心深い人が、教会の聖職者の話だからと、賛同しつつある雰囲気もある。
「僕はどうなってもいいから、アンジーは許してぇ」
ステイトのすすり泣きが聞こえる。
心に湧きあがってくる、不安、怒り、恐怖、戸惑い。
複雑に絡まった感情で、理性が働かない。
息を深く吸い、落ち着くための前世の習慣を口ずさむ。
「理性的に行動する、理性的に行動する、理性的に行動する、理性的に行動する、理性的に行動する」
混乱が収まった私の頭を占めたのは、冷静な怒りだった。
《ピンポーン!
凄まじい怒りを確認しました。
【アンガーストック】に、現在の怒りをストックしますか?
YES or NO?》
▶YES
【アンガーストック】に怒りがストックされました。
【アンガーストック】のストックが上限に達しました。
『アンガーマネジメント』スキルで消費しますか?
YES or NO?》
▶NO
ジョブを私物化した罪!?
詭弁を!!
そもそも、正式な依頼もなく、本人の了承もなく、ステイトの身柄とジョブを私物化しようとしたのは、司祭の方だ!
もっと事を荒立てる手段もあったのに、穏便に済まそうとして、ステイトに女装してもらってまで、先に村に向かってたんじゃないか!
偽りを暴くにしても、衆人環視の状況を作っておいて「脱げ」は無いだろう!
もし間違っていたら、女の子がこんな所で裸にされるんだぞ!
男だったとしても、十分な辱めじゃないか!
ステイトが一体、何をしたって言うんだ!
この世界の神は、こんな暴挙を許す存在なのか!?
いや! 神が許そうとも、私が許さない!
絶対に、この事態を打開してやる!!
《ピンポーン!
【アンガーストック】のストック上限を大幅に超えた怒りを確認しました。
これまでの怒りに対する、他者を思いやる為の怒りの比率を確認しています。
ジョブ進化条件を満たしました。
『アンガーマネージャー』が『エモーションマネージャー』に進化します。
『エモーションマネジメント』が取得可能になりました。
『エモーションマネジメント』の【エモーションストック】を取得しました。
【エモーションストック】に、現在の感情をストックしますか?
YES or NO?》
▶YES
《【エモーションストック】に感情がストックされました。
スキル取得条件を満たしました。
『エモーションマネジメント』の【聴衆への訴え】を取得しました。
【エモーションストック】にストックされた感情を消費し、【聴衆への訴え】を使用しますか?
YES or NO?》
▶YES
【エモーションストック】:
スキル保持者の高ぶる感情をストックし、理性的な行動を可能にする。
ストックした感情を消費し、『エモーションマネジメント』で使用する事が出来る。
【聴衆への訴え】:
MPまたは【エモーションストック】でストックされた感情を消費し、スキル保持者にとって有利な言動を、周囲に効果的に伝える事が出来る。
壇上、一歩進み出る。
「皆さん!
聞いて下さい!
先ほど、司祭様が仰った内容は、おかしいと思いませんか?
指名手配の少年と青年とは、私達の事だと言われました。
青年に間違われた私は、この通り、女です。
ここに居る私の幼馴染は、確かに、指名手配の少年の特徴を持っています。
そのため、幼馴染は不要に疑われる事を避けるため、このような丈の短い服を纏っています。
誰でも、この幼馴染を女だと思うでしょう。
それを、この衆人環視で、性別が分かる程「脱げ」とは、どういう事でしょう!
身の潔白を証明するために、そこまでの辱めを受けなくてはならないのでしょうか!?
私達の神様は、そのような事を、私達に要求する様な、無慈悲な存在なのでしょうか!?
今の教会のやり方は、本当に神様の御心に適っているのでしょうか!?
どうか、皆さん、考えて下さい!」
すると、集まった人ごみの中から、1人の女性が声を上げた。
「み、みんな、聞いてください!
知ってる人も居るでしょう!
今、そこに居る司祭は、娼館に行っていました!
聖職者は娼館を利用しない、教会でそういう決まりになってるのは、わたしでも知っています!
娼館の方に断られた司祭様は、わたしの所にやって来て、私を買おうとしました!
代金の前払いをお願いしたら、支払いを拒否され『場末の売春婦は黙って足を開けばいい』と言われたんです!」
「歌い手」であるフローラさんの声を、より良く響かせることなど楽勝だ。
「フローラの言う事は本当だ!
俺は近くに居なかったが、あの司祭は、他の町でも女を買おうとしていたって話ばっかりだ!」
体格に恵まれたアレックスさんの大きい声もまた然り。
「その通りだ!
俺は、そこの司祭様がフローラを買おうとしてるところに居たぞ!」
「俺は、太った司祭姿が娼館に入ろうとしたのを見たぞ!」
「私は、2つ向こうの町の親戚から、旅の司祭様が娼館に押し入ろうとして、騒動になったって知らせてもらったわ!」
フローラさんやアレックスさんの言う事に、上がり始めた賛同の声を大きく取り上げる。
「皆、静まれ!
司祭よ。
本当に、この者がお前の言っていた者なのか?」
「司教様だわ」「町の司教様のお話だ」
立ち上がった男性を見た、町の人々から、別のささやきが広がっていく。
司祭より身分の高い、町の司教が静まるように手ぶりをした事で、辺りには静けさが戻った。
司教が司祭の方を向く。
司祭が、太った肉を震わせ、司教に応える。
「ま、間違いありません。
こちらのSSジョブ持ちの方に、スキルで調べていただきました。
公爵家所縁の方ですぞ。
よもや、お疑いなどと仰らないでしょうね」
司教が一つ頷き、民衆の注目を促すため、片手を上げた。
その時、公爵家所縁と紹介された男、ギルドでステイトの腕を最初に掴んだ美丈夫が、口を挟んだ。
「待ってもらおう。
今の内容は、受けた頼みの範疇に無い。
こちらが保証したのは、そこの娘のジョブだけだ。
司祭の頼み事は、SSレアリティジョブ『ステータスオペレーター』の者を探してくれ、というだけだった。
教会とその娘の関係までは、こちらは関与しない」
男の普通の声量も、【聴衆心理操作】で全ての人々の耳に届いた。
司教が、考えあぐねた様子を見せている間に、進み出る。
「その貴族様の仰っている事は、正しいです!
幼馴染のジョブは『ステータスオペレーター』!
戦闘補助を主として、レベルアップすれば戦う事も出来るスキルです。
でも、それだけです!
果たして、その力は、教会の占有となるべきスキルでしょうか!?
戦う事が出来る、戦いの補助が出来る、その様なスキルを持っている人は大勢います。
そういう人々の全てが、教会への奉仕を強制されるなら、町の警備は、国の軍は、冒険者の仕事は、成り立たないでしょう!
先ほどの司祭様のお言葉は、おかしいです!」
自分の声には、スキルの効果が最も良く乗せられる。
「こ、小娘が! 何を詭弁を!」
激昂した司祭が、顔を真っ赤にして、私の方に向かって来る。
その矛盾した行為が、人々にはっきり見えるだろう。
「待ちなさい。
その娘を青年と言った貴方が、彼女を『小娘』と呼ぶなら、それは即ち、貴方が間違ったという事でしょう。
間違った情報を元に、司教たる私と教会を動かしたなら、その罪を償うべきは、貴方です。
身柄を捉えさせてもらいます。
追って沙汰を待つように」
司教は、面倒くさそうな顔をすると、壇を去って行く。
「ま、待って下さい!
お、お前達! 何を!
教会騎士の分際で! ぐっ……」
数名の騎士達が司祭を捕縛し、波が引く様な速さで、聖職者の集団は立ち去って行った。
集められた広場の人達も、徐々に散り始めた。
「た、助かったの?
アンジーは、大丈夫ぅ?」
「ステイト……」
スキルの影響か、頭がぼうっとする。
「ピィ! ピィ?」
フェニーが頬にすり寄って来る。
「2人とも!
大丈夫か!?
何かされなかったか?」
「アレックスさん」
「ちょっと、アレックスったら、そんな事を大声で聞かないで。
でも、大丈夫でしたか?」
「フローラさん。
……大丈夫です。
私、乗り切れたんでしょうか?」
「おう!
もう大丈夫だ!
頑張ったな」
アレックスさんが、肩を叩いて労ってくれた。
「アンジーさんのおかげで、あの司祭が捕まって、わたしもスッキリしちゃいました。
お店に来て下さい。奢ります」
フローラさんが笑いかけてくれた。
「済まなかったな。
まさか、あんた達を巻き込むとは思わなかったんだ。
詫びと言ってはなんだが、これからは、自分らも間に入ろう。
冒険者を守るのも、ギルドの務めだ」
ギルド長だ。
「よ、良かったー」
やっと、体にちゃんと血が巡ってきた様な気がする。
「ピィ!」
「アンジー、良かったぁ。
ごめんねぇ、僕のせいで怖い目に遭わせちゃったぁ」
ステイトが抱き着いてきた。
「ステイトのせいじゃないよ」
抱き返す。
まだ、全てが片付いたのではないかも知れないけど、とりあえず乗り切った。
それから私達は、装備を村から出て来た時の物に戻し、故郷の村に真っすぐに戻った。
フローラさんの好意は断る事になってしまったが、落ち着いたら連絡をすると約束して、町を旅立ったのだ。
町から、1週間ちょっとで辿り着いたエイド村で、父に再会する。
「アンジー、ステイト、遅かったから心配したよ。
母さんの方が帰りが早いかと思った位だ。
もう大丈夫だからな。
アンジーが色々働きかけていたおかげで、話も早いだろう。
後は、母さんに任せておきなさい」
「母さんが? 任せておきなさいって?」
「言ってなかったか?
母さんは、王様と知り合いなんだ。
教会がステイトをちゃんと扱っていれば、どうだったか分からないが、あれだけ散々な事をしていれば、こっちの言い分も通りやすい。
この国の王様には教会に強く出られる事情もあるし、大丈夫だ」
後日、母が帰って来て
「アンジー、もう大丈夫よ。
例の司祭とやらは、もう処刑されたわ。
出身の家柄が良いとかで司祭になってたけど、元々問題のある人物だった様ね。
厄介事の多いラストタウンに左遷にしてあったらしいけど、重要拠点をそんな扱いをしてるって事も問題だからね。
今回の件で、教会の権力も減らせてちょうど良いって陛下も仰ってたわ」
恐ろしく凄みのある笑顔で言った。
母と国王陛下の関係は、聞いたが答えをはぐらかされている。
何か謎な事情で、どうやら元々、母に任せておいた方が解決に早かったらしい。
拍子抜けだ。
旅の道中で出会った人達とは、フェニーが伝書鳩役を買ってくれて、連絡を取り合っている。
皆、元気そうだ。
私とステイトは、というと、
「これから、よろしくねぇ」
「こちらこそ、これからよろしく」
結婚の準備を始めている。
まぁ、ずっと一緒だったから、あまり大きくは変わらないだろう。
時々、冒険者としてラストタウンまで行ったりしている。
魔王の復活が囁かれてるけど、母さんを始めとして皆心配無さそうだし、これからもこの村で、私達は変わらず幸せに生きていく事だろう。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
見守って頂いた皆様に、心からお礼申し上げます。
第一部終了的なところまで来ましたので、
一旦、完結設定に致します。
完結編に当たる第二部は、いつ頃になるかは不透明ですが、
年内位には、ひっそり書いてると思いますので、
宜しければ、またお付き合い下さい。
ID持ちの方からの、★無しの感想は、悩んでしまうので、
ブクマや★を入れてから、送信してもらえると嬉しいです。
面白くない場合の感想は不要です。
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それ用の活動報告を用意してますので、そちらにコメント下さい。
よろしくお願いします。




