冒険者生活
「っきゃあ!」
可愛らしい悲鳴が上がる。
「おっとすまねぇ、手が滑っちまった」
中年の男が下卑た笑みを浮かべている。
《ピンポーン!
怒りを確認しました。
【アンガーストック】に、現在の怒りをストックしますか?
YES or NO?》
▶YES
《【アンガーストック】に怒りがストックされました》
「私の連れに不埒な真似をするのは、止めてもらおうか。
滑っただけで、スカートの中に手は入らないだろう」
「だったら、どうすんだ? 剣士のねーちゃん」
「……そうだな。
あそこで、一勝負といこう。
私が勝ったら、有り金全部置いて行け。
負けたら、『手が滑った』でいい事にしよう」
酒場の片隅で行われている「賭け腕相撲」の方を視線で示す。
「……俺に、旨味のねぇ話だなあ」
「オイオイ、おっさん。
女相手に負ける気かよ」
近くに居た酔っ払いが声を上げたのを皮切りに、あちこちから、同様の野次が飛ぶ。
「ちっ! 行くぞ」
諦めた男が、腕相撲が行われるテーブルに向かうので、合わせて移動する。
盛り上がった酔っ払い達が、レフェリーを買ってくれて、酒場の主人が賭けの胴元として、それぞれが勝った場合の予想の儲けなどを知らせてくれる。
この世界、少額の賭けは特に規制対象ではない。
「用意、始め!」
「おらっ!
……くっ、何だと?」
「それだけか?」
思わずニヤリとしてしまう。
そのまま、腕に力を込めると、大した抵抗も感じられずに、男の手の甲はテーブルに着いた。
わっと歓声の上がる酒場で、男の手を離し、立ち上がる。
男は、酔っ払い達に財布を取られて、店を出て行った。
「やったな。あんたの取り分だ」
酒場の主人が、金の入った袋を眼前のテーブルに置いた。「賭け腕相撲」の勝者に支払われる分らしい。然程の大きさではないが、結構膨らんでいる。
「ありがとう。騒がせた詫びだ。これはそちらに」
酔っ払い達が渡してくれた男の財布を、そのまま主人の手に乗せた。
「いいのか?
だったら、あんた達の分は、店から奢ろう」
店の主人の言葉を、都合良く勘違いした酔っ払い達が、先程以上の歓声を上げる。
「ち、ちがうぞ!
この2人の分だけだ!」
「その財布から出せばいいだろー!」
「そうだ!」「そうだー!」
「そんないくらも入ってないだろうが……ったく、しょうがねぇな」
主人の諦めを含んだボヤキに、店内にはもう一度、歓声が満ちた。
「アンジー、大丈夫ぅ?」
幼馴染が駆け寄って来る。
先程の勝利における影の功労者だ。
「ステイトこそ、大丈夫だった?」
「気持ち悪かったぁ」
ステイトの目に涙が滲んでいる。
女が痴漢に尻を触られても気持ち悪いが、男だったとしても同じ感想だよね。
頭をよしよしする。
「ご飯、奢ってもらえる事になったから、食べて忘れよう?」
「……うん」
今回の件、宿を取るのが遅れたのが敗因だと思う。
冒険者ギルドでの手続きを最優先にしたのは、しょうがなかったとも思うが、明日の朝の方が良かったかもしれない。
宿は取れたものの、夕食は別の所で摂る事になってしまった。
置いて行かれる事になったフェニーは、宿の暖炉で石炭をやけ食いしているはずだ。部屋を覗かれる事は無いと思うが、いざとなったら炎に紛れて見つからない様に言っておいた。
この世界、ノンアルコールで夕食だけ提供している場所は、基本的に無い。
一番穏やかに食事が出来る宿での夕食を逃して、酒場に来たのだが、早々にステイトが痴漢に遭ってしまった。
まぁ、結果として、ステイトの新スキルを確認しつつ、1食奢ってもらえて、金儲け出来たから良しとしようか。
【ステータス操作】:
自身の任意消費MPの10分の1だけ、対象の各種ステータス値(攻撃力、防御力、敏捷性、魔力、運)を任意で、一定時間操作できる。
対象範囲と時間は、スキル保持者のレベルによって変化する。
ステータス値の「魔力」が、少し分かり難い。
私も良く分かっていないのだが、スキルに影響を与えるという理解でいいと思っている。
単純計算ではないのだろうが、攻撃にスキルを使うと、「攻撃力」+「魔力」の様な感じ。
『魔法』の様なスキルだと、「攻撃力」の部分が小さくなって、かなり「魔力」頼りになるのだろう。
各種のステータス値は、日頃の努力で伸ばせる、と言われている。
「攻撃力」と「防御力」は、装備にも依る値だが、体を鍛えておけば、レベルアップ時の伸びが良い。
「敏捷性」も体を鍛える事で、「魔力」はスキルを多く使う事で、「運」は日頃の善行で、レベルアップ時にプラスの影響があると言われている。
個人的には、「運」だけは眉唾だと思っている。
話を戻すと、先程の腕相撲の間、ステイトが私の「攻撃力」を【ステータス操作】で底上げしてくれていたのだ。
え? ズル? そうですけど、何か?
そもそも、オッサンがステイトのケツ触って、開き直ってるのが悪いんじゃん?
でも、思ったより弱かったから、私の実力だけでも十分勝てた気がする。
因みに、賭けのオッズはオッサンと私で同じだった。
……オッサン、結構ガタイ良かったんだけどね。
翌朝、門が開くと共に、出発してきた。
ギルドの受付を昨日済ませた犠牲が大きかった分、取り戻したかったし。
「ピィ」
肩に乗っているフェニーは、また太った気がする。
「ねぇ、アンジー。
今日の依頼って、僕、大丈夫かなぁ?
ゴブリン3匹位って、フェニーが居てくれてギリギリじゃないのぉ?」
「ああ、ステイトは知らないままなんだ。
村の近くでゴブリンって呼ばれてたヤツは、実はハイゴブリンで、上位種なんだって。
ここら辺の普通のは、子供位の大きさで弱いから、群れで来ても平気だよ。
ステイトのレベル上げにも良いかなと思ってるんだ。
今日は、私は援護に回るから、なるべくステイトが斃したら良いと思うよ」
モンスターを斃した経験値は、冒険仲間メンバー全員に入るけど、止めを刺した者にはボーナスがあるらしい。
微々たるものの様ではっきりとは分かっていないのだけど、攻撃職と支援職でレベルアップに差があるのは、止めボーナスのせいではないかと言われている。
後は、【怒りの咆哮】が、パーティーメンバーに影響しない事を、念の為に確認しておきたい。
群れから少し離れた最初の時点で使えば、ステイトが失神になっても回復出来るだろうし。
「そうなんだぁ。
じゃぁ、頑張ってみるねぇ」
「ピィィ!」
先行して、探ってくれていたフェニーが、ゴブリンを発見した様だ。
「小さいけど、10匹も居るよぅ」
「ギャア!」「ギャギャ!」「ギャー!」
前に見た群れよりも、興奮している様だ。
モンスターが活性化してるみたいで、3匹よりも多いかもとは聞いていたが、それ以上だな。
尤も、やる事は変わらない。
気弱な声を出してはいるが、ステイトもちゃんと弓を構えている。
「【怒りの咆哮】!」
あれ? 5匹しかスタンにならなかったな。
もう1回かけるか? どうしよう?
ステイトは見事な連射で、既に動ける5匹の内2匹を仕留めている。
少し、様子を見よう。
ステイトが、もう1匹斃した。
「やっ、やだあ!」
「! やっ! せい!」
走り寄り、ステイトを襲っているゴブリンの片方の首を落とし、もう一方を袈裟切りにする。
残りが2匹がかりでステイトに取りついたと思ったら、転がしてスカートをめくり、下着をはがそうとしたのだ。
……もしかして、【怒りの咆哮】の効きが悪かったのって、性的興奮のせい?
「アンジー……」
「大丈夫?
出来たら、残り5匹は射ちゃって。
それから、体を洗おうよ」
ステイトを助け起こす。
「……うん」
立ち上がったステイトは、動けなくなっている残ったゴブリン5匹を5本の矢で片付けた。
「ピィ……」
戻って来たフェニーが、ステイトを気遣おうとしている感じがする。
「……ステイト。
ゴブリンの依頼は、村までもう止めておこうか?」
ミニスカート姿のステイトと、ゴブリンの相性は悪い気がする。
「……ううん。
むしろ、積極的に受けて欲しい。
でも、僕だけで斃すのはちょっとしんどいかも」
「分かった。
これからは、私も全力で斃す」
出発が早かったために、全てを片付けても、次の拠点で恙なく泊まる事が出来たのは、幸いだったと思う。
読んで下さってありがとうございます。




