第十話 それを恋と呼ぶのなら・1
朝食を食べ終わり、光は皿洗いをしていた。それは光の当番だ。
君尋はコーヒーを飲みながら光に声をかける。
「もう年末だなあ」
にこにこした笑顔になって、光は背を向けたまま返事をする。
「年末だあ。あっという間だったなあ」
「いい一年だったか?」
「最高! 会長とも仲良くなれたし、友達いっぱいできたし!」
「そうか、よかったな。ところでちょっと気が早いけど、卒業祝いはなにがいい?」
光はちょっと考える。
「いま、特に欲しいものないんだよねえ」
「じゃ、俺のチョイスで」
「嬉しい〜。なにくれるか楽しみにしてるね!」
と、皿洗いを終え、光は振り返る。
「じゃあそろそろ学校に行かなければならぬ」
「はいはい。俺はちょっと昼には出かけるから。そんで、そのままゼウスに行く」
「おっけ。いつも通りね〜」
いつも通り。
君尋は微笑む。
「そうだな。いつも通りだ」
「それじゃおれそろそろ行かなきゃ」
と、光はリビングに向かいショルダーバッグを肩にかけ、玄関に向かった。君尋も後を追いかける。
靴を履き、そして玄関のドアを開けた。
「じゃ、行ってきま〜す!」
溌剌とした笑顔。
「おう。行ってらっしゃい。気をつけて」
「うん!」
そして、光は出発する。
「……」
ひとり残され、君尋の表情はどこか翳っていた。
「いつも通り、か」
光と出会い、同居し始めてもうすぐ三年目になる。
それからずっと君尋は光の”優しい後見人“であり、“いい友達”であり、“頼り甲斐のある年上”だった。
別にそれ自体に、君尋に不満はない。
だが、ずっと好きだった。
「……」
二十六歳だった自分が当時十六歳の光と付き合うわけにはいかなかった。それに光にはその時点でもう和洋という想い人もいた。自分の出る幕はなかった。
それでもよかった。好きな人と一緒にいられること、ましてや一緒に暮らせるということだけでよかった。
それでも、それだけではやはり不満で––––苦痛だった。
光は自分の気持ちを知らない。
そのはずだと思う。自分の恋心を秘密にすることなど君尋には容易なことだったから。
––––しかし、それをいうなら光だって同じだ。光だって同性愛者として自分の恋心を秘密にするという日々を過ごしてきた。
だから……もしかしたら、自分が光に恋をしていることを、光は気づいているのかもしれない。
それを“そのまま”にして、ずっと一緒に暮らしている。
あるいは、光は自分の気持ちを知っていたとしたら。
ふっ、と、君尋は苦笑した。
大したことではない。ただ利用されているということかもしれない。しかしそれをいうなら自分だって同じだ。後見人という立場を利用して、好きな人と一緒にいたいという欲望のもと未成年の光と同居生活をしている。利用するという汚さでいえば自分も光も大した違いはない。
君尋は思う。光はもう成人した。だから後見人はもう必要ない。それでも光はそのまま自分と二人暮らしを続けている。
結局、君尋自身が、利用されているならされているで構わない、と思っているからだ。それより光と一緒にいたい。その気持ちの方が圧倒的に強い。
……シンプルに考えたとき、光が自分の気持ちを知っているか知らないか、君尋には結局わからないとしか言えない。素ぶりは見せていないし、バレるようなヘマはしない。
それでも光が自分に好意を抱いてくれていることはわかる。自分を信頼して、安心してくれているということはわかる。それならそれで何の問題もない、そう君尋は思っていた。
だが––––光ももう十八歳になった。これまでの悩みの果てのいま。だから、自分の気持ちを伝えようと思う。
ふと君尋は和洋の顔が思い浮かんだ。
和洋と光が恋人同士になることは、ない。
光の恋人になるのは、同じ、同性を愛するという性的指向の男。
それは果たして自分になるだろうか。それは果たして自分だろうか。
いずれにせよ、いま和洋に夢中な光に想いを伝えても、叶う可能性は五分五分といったところだろう。
一方で思うことがある。あるいは告白をして、光が自分の想いに応えてくれなかったら。
そのとき、確実に同居生活は、終わる。
早い方がいいのはわかる。
それでも––––いまはまだ動くべきときではないし、動いてはいけないときだと思う。
君尋はコーヒーを飲み干し、スマホを取り出す。アルバムを開いて、光と撮った写真を見続ける。
どれもこれも笑顔の光。そして自分。
「好きなもんは、しょうがねえよなあ……」
はあ、と、ため息を吐いた。
早く大人になってくれ、君尋は光にずっと、そう願い続けてきた。
「おはよ会長!」
学校に向かう途中の道で和洋を発見し、光は小走りで駆け寄り和洋の肩を叩いた。
一瞬、間が空いたような気がした。
「おはよう北原」
いつも通りの穏やかな表情。
しかし––––。
「あれ、今日もしかして調子悪い?」
そう訊ねた光に、特に困った様子もなく和洋は答えた。
「ううん、別にいつも通りだよ」
いつも通り。
そうは見えない。
いつも通りには、見えない。
「そっか。ならよかった」
そしてその変化がもしも自分の関連することであるのであれば。
「もう年末だねえ」
「そうだな。あっという間だったな」
「感想は?」
「別に、楽しい一年だったよ」
「おれも〜」
ハイテンションな光に、和洋は微かに微笑む。
どこかぎこちない。
それがわからないほど光は鈍くない。
和洋になにかあった。
そして––––もしも、千歳にも変化が生じていたとしたら?
「あ〜、いいお天気」
光は空を見上げる。
考えすぎだと思いたい自分がそこにいる。
考えすぎもなにも––––可能性として、その可能性は常にあった。
光はいつもその可能性を考えていた。




