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第八話 祝福のつもり・2

「でも、なんでまたお弁当なんて作ったの?」

 放課後。学級委員の仕事をしている最中にふと思いついて光は訊ねた(読者諸君はお忘れかもしれないがこの三人は学級委員である)。

「なんとなく。自立しようかなと思って」

 弁当を食べられたことをいまはもうなにも思っていない和洋はそう答えた。

「自立?」

「うん。建築家になりたい、って話を親にしたら、うんわかった好きにしなさいとは言ってくれたんだけど、やっぱり、ちょっと残念だったみたいで」

「ほうほう」

「だからというか、俺は俺でちゃんとやれるよ、っていうアピールというか」

「なるほど〜。いろいろ考えてるね。家事男子ってかっこいいと思う! ね、千歳ちゃん」

 急に話を振られたので、千歳はちょっと反応が遅かった。

「え? あ、うん。結婚するならやっぱ仕事と家事は半分ずつがいいねあたしは」

「お父さんの教育の賜物だ」

「え、あ、まあうんそうね。うちは全部お父さんがやってくれたけど。萬屋くんちはどうだった?」

 ちょっと調子が悪かったので、和洋に話を振ってみた。

「うちは母親が専業主婦で」

「さすが医者の家」と光はからかってみる。「薄々思ってはいたけど、会長の家はお金持ちなんだろうね。おうちは普通の家だったけど」

「うーん」

「?」

「まあ、恵まれてるとは思うんだけどな。でもほら、やっぱ金持ちって言われたら答えづらいよ」

「あ、そっか。ちょっとマナー違反でした」

「気にするな」

「気にしなーい」

「お前なあ」

 こうやって目の前で“いちゃついている”二人を目の当たりにするのは千歳にとっては少し辛い。もちろん光はともかく和洋にとっての光は仲のいい友達ということに過ぎない。しかし、光は自分の想い人なのだ。その男が自分より和洋を優先しているいということが、いまさらながら千歳には辛かった。

 だが、それだけではない。

「でもさあ、父親も家事をするっていうのは現代日本じゃちょっと無理ゲーなんじゃないのっていうのはおれはなんとなく思っちゃうんだよね」

 ふとそんなことを言った光を、千歳は光らしくない発言のように思えたので、追及してみる。

「どうして?」

「だって、忙しいじゃない。朝早く家を出て仕事に行って夜遅くに帰ってくる、じゃ、どうしても家事なり子育てなりする体力というか余裕はなくなっちゃうよ。疲れてるわけだから休日にゴロ寝しちゃっても誰に責められよう」

「でもそれは女も同じでしょ? ううん、うちの場合、お父さんがどんなに疲れて帰ってきてもご飯作ったりしてくれてるよ。いまはあたしが家事してるけど」

「だから要するに、現代日本社会はどうしたって“母親が家事育児をする“ように作られて()()()()いるってことだよね」

 話が有意義な方向に進んでいきそうだったので、二人は光に注目する。

「だから、その上で夫婦共働きっていう選択をするってなると、どうしてもお母さんの方に負担がいくことになるわけだよ。そりゃそうだよね、社会の前提がミスってるわけだから結果もミスるっていう」

 やっぱり光は光だった。光の視点は独特だった。それも全ての人を尊重しているように千歳には映っている。

 そこが好きだった。

 気になったので千歳は問い訊ねた。

「じゃ、どうすればいいのかな? 例えばあたしたちにはなにができるんだろう?」

「正直、日本がお金持ちの国になるか、AIが全部やってくれるとかってならないと、解決は難しいような気がする」

「どうして?」

 そこで光は、ちょっとため息をついた。

「みんな忙しいもの。仕事に家事に育児に勉強に。みんな忙しい日々に忙しない毎日で大変な日常で、そうなってくると“ならばどうすればいいか”なんてことを考える余裕なんてなくなっちゃうよ。“現状を打破するためにはどうすればいいのか”なんて」

 更に続けた。

「それを言うなら、同性愛とか差別とかの問題もそうだけどね。あるいは“世界が平和になるためにはどうすればいいんだろう?”とかも。とにかく、難しい話で複雑な話で、面倒臭い話になってくればくるほど、そんなことを考えたり悩んだりする余裕や時間のなくなる現代社会だ。そうなると、目の前のいまやるべきことをやるしかなくなる––––」

「……」

「例えば、会長がいつか結婚して奥さんができても、いくら会長自身が“男女共働きで家事育児も夫婦で分担”っていうポリシーを強く持っていたとしても、それを実現するのは結構難しいと思うよ。くたくたになっておうちに帰って、で、だんだん“だってしょうがないじゃない”ってなるわけ、会長にやる気はあるのに。だから男も女も誰しもがみんな辛くなるようにできて()()()()いるわけよ」

「なるほどね。つまり男対女の話じゃなくて、社会構造そのものの話なわけだ」と、和洋はうなずく。「そうなると社会を変える必要があるな」

「でもその“社会を変える”っていうのも、結局、余裕がない。体力もないし、時間もないし……一人一人にそういう意識が芽生えないとキツいよ。そして重要なのは、日本社会は“男が働き、女が家にいる”という世界を大切にしていたいんだ。そうなると、社会を変えたいって思ってる人たちはその社会の敵になるわけ。“敵”は、やっぱり倒さなきゃ、って風に思うよねゲームなどのように」

「ふんふん」

「そういう社会を作ったのは男、なのかもしれないけど、女性も社会の構成員である以上、社会構造に影響を与えているのだから、男女問わず責任がある問題だ」

「じゃ、どうしようもない? 例えば、日本がお金持ちの国になるか、それともAIが発達したり……そういうことに期待するしかないのかな?」

 千歳の疑問に、ちょっと考え込んで、そして光は答えた。

「それでも、おれはおれの考えのどこかに足りない部分があるんじゃないか、って考える発想を大切にしたいと思う。全然辿り着けてない領域があるはずだって信じたい。まだ高校生の子どもだし、世の中わからないことだらけだし、わかってないことだらけだし」

「だけど高校生の子どもだから、まだ俺たちには余裕があるんじゃないか。時間も体力も」

 二人は和洋に注目する。

「いま、こういう話をしていられるだけの“余裕”を、ずっと大切にしていられたら、そしたら、いつか世の中は変わるかもしれないよ」

 光は、うん、とうなずき、笑顔になった。

「そうだね。ていうかいまちょっとおれたち高校生っぽかったね」

「茶化すな。せっかく有意義に話せてたんだから」

「おれ、有意義な話できた〜? じゃ、頭撫で撫でして〜」

「撫でるか!」

 またしても二人の“いちゃつき”が始まった。

 それに関して千歳はやはり気持ちが沈んでしまうが……しかし、ただそれだけの感情の動きではないことを、自分ではっきりとわかっていた。

 会長がいつか結婚して奥さんが。

 その結婚相手は、自分ではない、と、光ははっきりそう認識している。たとえ同性婚ができるようになったとしても、そこは光の中で動かない。

 光は、完全に諦めている。

 それをいうならそもそも最初から諦めている。

 それを千歳が理解すると……どうしても、光に対して、“和洋と結婚できなくてしめしめ”と思ってしまう。

 それは、自分は女だから、男の光と結婚することは理論的には不自然ではないから、だから和洋とは結ばれない社会なのは自分にとって都合がいいから––––千歳は自分がとんでもなく凶悪な人間になってしまっているように思える。

 光を好きだと思う気持ち。

 光を好きだと思う自分。

 この世界で光のことを好きだと思うこと。

 それら全てが、酷く気持ちの悪いことになってしまったように思えるのだった。

 そんなことを千歳が考えているなどとは露知らず、光と和洋は急速に仲良くなっていた。

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