第一話 恋は厄介・1
「ねえ、ほんとに大丈夫かな?」
夕方。ファミレス前で千歳は亜弥に訊ねた。
「なにが」
「あたしあたし。あたしの格好」
「別に制服でしょ」
「そうじゃなくて、こぎれいにしてるかなって」
「別にいつも通りだけど」
「髪とかメイク大丈夫かな?」
「別に普通。っていうか」
と、亜弥はしびれを切らして言った。
「告白直前で緊張するのはわかるけど、さっきからこのやり取り何回目よ?」
「だだだだって、告白なんて、いままで生きてきてしたことないんだもん」
「いやそれ知ってはいるけどさ……」
「告白はされたことあるけど」
「あんたのこといいって言う子いっぱいいるもんね」
「あたしが惚れなきゃ意味がない」
「それはまあそうなんだけど。でも、あんたが北原くん北原くん言ってるのは知ってたけど、私なんでまたあんたが彼に惚れたのかいまだによくわかんないのよね」
「それは説明したでしょ?」
「納得はしたんだけどさ。でも北原くんって割と地味じゃん」
千歳はムッとした。
「かわいい顔してると思うけど。ちっちゃいし。あたしよりは大きいけど」
「だから、私のタイプじゃないもん」
「亜弥は萬屋くんだもんね」
「だから、和洋と付き合ってたのなんて中三のころのちょこっとだけだから。そのネタいい加減やめてくんないかな」
「とにかく、エンジェルポラリスによると今日の牡羊座のラブ運は絶好調なのよ。人生最大のラブ運なんだって」
「エンジェルポラリスの占いなんて当たんないわよ。私、一位の日におばあちゃん死んじゃったんだもん」
「そう言われちゃうと返す言葉がないんだけど、でもでもあたしにとっては当たるの。毎朝ラジオ聴いてるけど当たってるもん。答え合わせもしてるもん」
「とにかく」と、亜弥は千歳と向き合った。「今日、これから、北原くんに告るのね?」
改めて訊かれ、千歳はたじろいだ。
「う、うん」
「で、私は北原くんとあんたが遭遇したら帰っていいのよね?」
「う、うん。できればずっとそばにいてほしいんだけど」
「告白に同伴なんて聞いたことないわよ。ていうかなんで学校で告白しなかったのよ」
「エンジェルポラリスがごはん食べながら告白しなさいって」
「だから……いやいい、それはいい。エンジェルポラリスは受け入れるとして、とにかく私、北原くん来たら帰るから」
「う、うん……」
断言され千歳は不安になった。確かにその約束で無理を言って亜弥に付き合ってもらっているのである。そう言われてしまうと二の句が告げない。
このファミレスの前で二人はもう一時間も粘っている。クラスメイトの北原光を待っているのだ。エンジェルポラリスの占いの件もあったが、どうせすぐに会えるだろうと思ってなにも考えず二人は学校を出た。ところが待てど暮らせど光は一向に来ない。この道が彼の帰路であることはもうリサーチ済みだったので、図書室にでもいるのだろうか、と思っていた。二人はもう一時間もここで雑談を繰り返している。
「ちょっとコーヒー買ってくる」
と、亜弥は千歳から離れようとした。
「待った」
「なによ」
「いま、北原くんが来たらどうするのよ」
「どうするって、そのままファミレス入ればいいでしょ」
「一人で?」
「コーヒー買ってきまーす」
亜弥は少し離れた自動販売機まですたすたと歩いて行ってしまった。
どうしよう……いま、あたしは世界中で一人っきりになってしまった、そう千歳は感じた。
大黒千歳は一年生のころからずっと片想いをしていた光に、いまから告白をする。いつかその日がやってくるとは思っていたし、いつかその日をやってこさせると決めてはいた。だが、いざ“その日”になるとドキドキして落ち着かない。
光と千歳はそれほど密接な付き合いをしているわけではなく、友達とはとても言えなかった。本当にただのクラスメイトだった。だが二年前の春、入学して間もなく光は千歳にとって「ただのクラスメイト」ではなく「恋愛対象」になっていた。
千歳にとって別にこれが初恋なわけではないが、なんといっても十六歳のころに生まれた恋愛感情である。それ以前は小学生のころにちょっと気になる男の子がいた程度で、がっつり恋愛感情を抱く、ということでいえば、北原光が彼女の初恋の相手と言えた。だからいま、千歳は緊張のピークに達している。これから彼はここにやってくるのだ。そしてあたしは彼に思いの丈をぶつける。彼は自分のことをどう思っているだろう。悪い印象を与えないようにと日々そこそこ努力はしてきたつもりだったが、効果は発揮していただろうか。どうだろう。わからない。わからないが、千歳は毎朝学校に行く直前に聴くラジオで、占い師エンジェルポラリスの“予言”を聞き、今日しかない、と、思い詰めていた。
千歳はカバンからスマホを取り出し、鏡アプリを起動させ自分の顔を見る。いつも通りだと思う。いつも何があってもいいように念入りにトリートメントしてるし、そこそこナチュラルメイクもしている。制服。制服もきちんと埃を叩き、こぎれいにしている。少なくとも外見でまずい選択はしていないはずだった。
そうして鏡アプリをじっと見つめている最中に、光が千歳の横を通り過ぎたことに彼女はまるで気がつかなかった。
「千歳! 千歳!」
砂漠の向こうから遠い声が聞こえる。どこか異国の少女が自分の名前を呼んでいるような気がする。だがそんなことより自分の身だしなみだ。自分はちゃんとした女の子、という印象を彼に与えることができるだろうか。
「千歳! ちーとーせ!」
異国の少女はうるさいのだろうか、と、ふと声のする方を見ると、少女が缶コーヒーを片手に不思議な踊りをしていた。何かの儀式だろうか。自分を応援してくれているつもりなのだろうか。それは嬉しいし心強いが、恥ずかしくはないのだろうか。あたしたち女子高生は花も恥じらう乙女ではないのか。そんなことを考えながら前方を見ると、北原光の後ろ姿が視界に入った。
「北原くん‼︎」
だからといってなにも大声で叫ぶことはなかっただろう、と、千歳は後悔した。
光は、自分の名前が呼ばれたので、当然後ろを振り向く。
対決のときが来た。
「大黒さん?」
「き、きたはら、くん」
「なんか用?」
「え、えーと」
あたふたしながら千歳は亜弥の方を見る。亜弥は不思議な踊りを続けているように見える。光も亜弥の方を見る。
「石川さん、どうかしたの? なんか踊ってるけど」
「亜弥、ダンサーになろうかって思ってるんだって」
咄嗟に適当なことを言う。いまは光にとって亜弥がどんな女の子になろうがそんなのはどうでもいいことのはずだ。
光はきょとんとした。
「ダンサー? 大学は?」
「さあ。世界は多様だから」
「世界は多様か」と、光はくすっと笑った。「そうね。そうだね」
笑っている。やっぱり北原くんは笑顔が似合う。別に美少年なわけではないし、殊更にイケメンなわけではないが、光は“かわいい”。千歳はいつもそう思っていた。
だから(なにが“だから”なのかは千歳にもよくわからない)、動かなければならない。
「あの、北原くん。いま、暇?」
「え、おれ?」
「うん。よかったらちょっとお茶しない?」
指を口元に当て、さてどうしようか、と、しばし光は逡巡したようだったが、やがて、いいよ、と答えた。
「別にこのまま家帰るだけだし。まだこんな時間だし」
ほっ、と、千歳は心の中でひと息吐いた。
「じゃ、ここのファミレスなんてどうかしら」
「うん。じゃあ、どうぞよろしく」
そして、二人はそのままファミレスに入っていく。一人残された亜弥は恐ろしい形相でコーヒーを一気飲みし、やがて肩をいからせながら一人帰っていった。