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カレン・J・オキノ


Side: カレン・J・オキノ


今、私はちゃんと歩けているだろうか。

「ハヤテ様」に変な子だと思われなかっただろうか。

ああ、心臓が痛いほどにうるさい。

なんとか正気を保ったまま「森林地区表層」の出口を出る。

シーカーのための駐車場があって。

そこに併設された「お手洗い」に直行する。


幸いなことにどの個室も空いていて誰もいない。

もういいよね!いいわよね!

私は恐る恐る左手に目を落とす。


ふぁあああああああああああああああああああ!


ハヤテ様に握手してもらった!

ああ、夢みたい!私、もう死んでもいいわ!

いえ、ダメね。明日もハヤテ様の配信を見るもの。

とにかく、握手、素晴らしかった。

まだハヤテ様のぬくもりが残っているわ。

一生、手を洗わない――なんてハヤテ様のために清い体でいなくてはならないから出来ないけど。

今はこのぬくもりをじっくり感じていたい。


「ああっ、最高っ!」


鏡に映る私の顔はとろけていて下品な笑みを浮かべている。

こんな姿をハヤテ様に見られなくて良かったと心底思う。


私、カレン・J・オキノはアメリカ人の父と日本人の母を持つ娘であり、国籍は日本。職業は両親と同じくシーカー。まだ一年目の新人だけど。

そして、私の趣味、いえ、私の生き甲斐はハヤテ様の配信を見ること。

つまりは、私はハヤテ様のガチ恋勢というやつよ。





唐突だが、私の両親は成功者である。

シーカーとして有名なパーティーのメンバーで。

私が生まれて引退したけれど。

今はシーカー時代に稼いだお金を元手に立ち上げた事業が大当たりして、社員数百名の会社の社長をしている。


両親のことは私の誇りよ。

幼い頃から両親の武勇譚を聞かされて育ったわ。

どんな凶悪なモンスターにも両親は負けなかった。

嘘偽りではなく、話を大袈裟にしているわけでもなく。

だって、今も【Dネット】の配信チャンネルのアーカイブに両親の勇姿が残っているもの。

だからだろうか――

私が両親と同じシーカーになることは当然で。

両親のように活躍して有名になるのは当然で。

両親が出会ったように、私も素敵な恋ができるのも当然で。

まあ、早い話が勘違いしていたのよ。


「国際シーカー組合」の規定には、シーカーになれるのは成人した者。かつ、ジョブに覚醒した者とある。

ジョブに覚醒する割合は人種に関係なく、千人に一人。

私はジョブに覚醒するのは当然だと思っていたし、実際「魔術士」に覚醒した。

日本では成人は18才だが、海外にはもっと早くに成人できる国がある。中には少しでも早くシーカーになろうと国籍を移す人もいる。

でも、私は焦る必要はないと思ったわ。活躍するのは当然だもの。

だからシーカーの登録は「ダンジョン協会日本支部」で行った。

新規登録は年に2回で、4月と9月。

晴れて私は今年の4月にシーカーになったのよ。


次に決めることは活動拠点をどこにするか。

「大災害」以降、【ダンジョンクリスタル】は世界各地に出現して人類に発展と厄災の両方をもたらしたわ。

各自治体、企業が富を手にするため、シーカーの勧誘合戦は年々ヒートアップしている。

私は迷うことはなかったけどね。

だって子供の時から決めていたから。

日本領海の太平洋上に「大災害」後に出現したその島は、草原、森、砂漠、火山といった多様な自然環境を持ち、そして何より、【ダンジョンクリスタル】が密集している。

まさにダンジョンのための島。名前も「ダンジョン島」。

そこは両親の活動拠点だった場所であり、両親が素敵な恋に落ちた場所。

ダンジョン島に降り立った私は自信満々で何も怖いものはなく、成功と恋を疑っていなかった。

それが幻想に過ぎないと分かったのはその日のことだったわ。


私はさっそく「森林地区表層」の「若木ダンジョン」を攻略することにした。

初級ダンジョンの踏破なんて楽勝だと思っていたし、スライムやゴブリンなんてザコ中のザコだと侮っていた。

それはひどい勘違いだった。

スライムの体当たり攻撃にみっともなく逃げ惑い、【火の指輪】の「ファイヤーバレット」は狙いが定まらず。

なんとか1匹倒したものの、自分の醜態を許せなかった。

だから無謀にも2階層に挑んだわ。

そして後悔することになったわ。

エンカウントしたゴブリンの醜悪な顔を見て――

笑い嘲るような声を聞いて――

【ボロボロの鉄の剣】の鈍い刃が向けられて――

私の頭は真っ白になった。

気づいた時には、緊急脱出アイテム【クリスタルの欠片】を使ったらしくダンジョンの外にいて、森の中で一人膝をついていた。

呼吸が荒い、体が冷たい、歯がガチガチと鳴る。

私は初めてモンスターの恐ろしさを知ったのよ。

そして、その日以来、借りたマンションの自室に引き篭もるようになったのは当然の帰結ってわけね。





それから一週間が経った。

何をしていたかって?何もしてないわよ。

幸いにも私は両親に愛されていたの。

毎月使いきれないお小遣いを成人の今も貰っている。

それまでの貯金もあった。

だからね、きっと足りなかったのよ。

ぬるま湯のような環境に浸かった私に。

シーカーとして生きる覚悟が。


私はその日も【Dネット】の配信チャンネルを見ていた。

新人シーカーの配信をザッピングしていく。

彼らを応援するため――ではなく、彼らが慣れないモンスター相手に無様を晒すのを嘲笑うために。

ああ、醜態は私だけではなかった、って。

……いえ、自分でも性格が悪いと思うわよ?

でも、その頃の私はそうでもしないと精神を保てなかったのよ。

それで偶々、見つけたの!英雄を!

そう!ハヤテ様ね!フルネームは「新井颯」様。

初めて配信を見た時から私は彼に釘つけだった。

ダンジョンを走る勇姿、スライムにもゴブリンにも逃げない度胸、何よりその迷いないまっすぐな目に惚れてしまった。

すぐさまハヤテ様のマイページを登録して、アーカイブの配信動画を全部視聴したわ。

アーカイブを見る限り毎日ダンジョンに突入しているみたいだから、明日の配信が楽しみでしかたなかった。

高鳴る気持ちを落ち着けるためにハヤテ様の配信動画をエンドレスで流したら、逆に気分が高揚したわ。

私がガチ恋したのもこの時ね!


あの日以来、私の生活の全てはハヤテ様一色。

でも、彼に対する不満もある。

どうして「投げ銭」機能を解禁してないのよ!私に投げさせなさいよ!私は貴方にお金を貢ぎたいのに!

私とハヤテ様が繋がるにはそれくらいしかないのに――

悶々とした私はついに思いきって行動することにした。

ハヤテ様は「森林地区表層」の「若木ダンジョン」の踏破をループしている。どうやらタイムアタックをしているみたい。

なので出待ちをすることにしたわ。

【ダンジョンクリスタル】が見える位置で木の陰に隠れるの。


ふぁああああああああ!ハヤテ様ぁああああ、来たぁあああああああ!格好いぃいいいいいいい!抱いてぇえええええええええ!


私はハヤテ様が「若木ダンジョン」に突入するのを見送って。

その場で配信をチェックして。

出てきた疲労困憊のハヤテ様をソワソワ見守った。

そしてハヤテ様は帰って行くが、私は隠れて後をついて行くことにした。

え?ストーカー?

違うわ、調査よ。だってハヤテ様が自身の事を配信で何も語ってくれないから。知りたいなら自分で調べるしかないわよね?

それで知ったのだけど、ハヤテ様の食生活があまりにも酷い。

お昼はだいたい「ワック」のハンバーガーか、「吉田屋」の牛丼。夜はコンビニの弁当か、カップラーメン。

住んでいる所も安アパートだし。

もう「投げ銭」とか関係なく、ストレートに「養ってあげる」と言えば、ワンチャンいけるのでは?と思えてきた。

まあ、実行はしないけどね。

直接会うなんて考えてもないわ。

私みたいな覚悟もないシーカーがハヤテ様みたいな本物のシーカーに近づいていいわけないのよ。


――でも、ダメだった。

ある日の配信を見た私の全身が痺れた。

あれはズルイ。なによ、あのスーパープレイは。

ダンジョンボスであるゴブリン・アーチャーが放った【木の矢】を、なんとハヤテ様は剣で弾き返したの!しかも空中で!

格好良すぎて、尊くて、死にそう。

私はこの感動を抑えきれず、ハヤテ様に直接会いに行った。

対面したハヤテ様のご尊顔に意識を手放しそうになりながら、なんとか表情と態度を取り繕う。

言いたい想いはいっぱいあったけど。

とりあえず握手できたので大満足よ。


この時の私はまだ知らない。

私のガチ恋のハヤテ様が。

パーティーメンバーのハヤテとなって。

シーカーとして一緒に活躍して有名になって。

そして一方的な恋が成就することを。

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