ルート⑦ 11月の文化際(前編)
今日は三話の更新です
俺の名前は陸人。天道陸人。高校二年生でごくごく普通の人間。
季節は初冬。十一月中旬、気温の低い日が増えたこの頃。
「陸人もこっちこいよー!」
こいつは天海空。俺の唯一と言ってもいいほど仲のいい友人だ。高校に入ってから知り合ったが中学の頃にアメリカから引っ越してきたらしい。いわゆる帰国子女。両親は日本人らしいのでダブルとかではない。ただ、アメリカで仕事をするほど凄い人たちだそうだ。
どうやらチームのみんなで円陣を組むみたいだ。なんのチームかというと文化祭の模擬店のチームだ。今日は文化祭当日なわけだが、結構準備に時間がかかった。二か月ほど前から準備を始めた。三年生は劇、一年生は展示作品。そして、俺たち二年生は模擬店とアミューズメントにチームを分けてやるのが伝統らしい。俺と空は模擬店の担当となった。
「陸人はどっちがいいと思う?」
聞いてきたのは模擬店の衣装というかコスプレのキャラ二種類どっちでいくかということだった。なぜ二種類なのかは午前午後でコスプレを変えたいという空の要望だった。
「こっちでいいんじゃないか?」
俺が選んだのは某緑色の恐竜のキャラクター。コスプレというか着ぐるみだな完全に。
「じゃあ、気合入れてやっていきますかー」
いつの間にか着替え終わっていた空が言った。
俺たち二年二組の模擬店はメインの焼きそばパンとサブのマリトッツォ。理由は簡単。この文化祭は火を使うことができない。なら簡単に作れるものということでこれらが候補になった。そこから被れば抽選という形になるのだが奇跡的に両方他のクラスと被ることがなかった。焼きそばパンは市販のパンに切り込みを入れ市販の焼きそばを詰め電子レンジで温めて出す。もう一つのマリトッツォは別の形状の市販のパンに切り込みを入れ生クリームを注入したものを出す。それだけでいい。
俺たちのクラスは基本シフト制だが当日にやりたい人が追加で入る仕組みにしている。そのため、空は午前の最初の一時間と午後全部やるつもりだとずっと言っている。
俺はそこまでやりたいわけではないが空がいたほうがいいと思って最初の一時間に入れてもらった。
もう始まる頃だろう。そう思っていた矢先、もう人が入ってきて大量の人間が押し寄せてきた。既に始まっていたらしい。俺たちの店は最初から行列ができなかった。場所は人が一番集まる中庭と運のいい位置だが、問題があった。隣の店だ。隣は二年三組でポップコーンをメインでやっていた。激戦の抽選を勝ち抜いたと聞いている。そこに人が流れ列をなしていた。
「げ、早すぎんだろ。俺、呼び込みしてくる」
そう言って空は事前に作っておいた看板をもって走っていった。
「客がくるまで暇だな」
名前の知らない同じクラスで同じグループの男子生徒が言った。
「そうだな」とテキトーに相槌を打っておく。
空が呼び込みし始めて一分後。段々と客が来始めた。
まだ、朝の段階だからか客のほとんどは焼きそばパンではなくマリトッツォの方を注文していた。
「焼きそばパン売れねぇな」
また名も知らぬ男子生徒が言うので俺は言ってやった。
「まだ、早いだろ。昼が近くなれば主食になる物が強くなる」
そう毎年の文化祭では焼く、煮る、揚げる、蒸す、茹でるといった模擬店は出来ない。だから主食が少なくなる。そんな中、俺たちの焼きそばパンは強い。これからが勝負だ。
約一時間後。俺と空は最初の一時間のシフトが終わった。
俺たち模擬店の売上はボチボチといったところだ。そんな俺たちがまず向かったのは自分たち二年二組の教室。ここではアミューズメント組がやっている。
アミューズメント組は何をしているかというとありふれたものでお化け屋敷をやっている。暑いのは終わりかけているが少しひんやりとする日陰が雰囲気に合っている。言い出しっぺはもちろんこの女。天神ここあ。空の幼馴染でクラス一の人気者。本人は腐れ縁と言ってるがなんだかんだ仲が良い。
クラスの人間は教室に入るときは特別なコースというか途中でコースアウトをしないと裏には行けない。当然といえば当然だが。そうしないとただ前から入って後ろから出ることになる。
場所はクラスの人間しか知らないが単純。一番奥まで行くと目印に左手をあげている招き猫がいる。それを置いている棚の下の垂れ幕を突き進むとクラスの人間しか知らないセットの裏側に行けるというわけだ。
「おっつー」
空はアミューズメント組のみんなに対して軽い挨拶をした。
俺はというと持前のコミュ障で挨拶すらできなかった。
「あ、空。それに天道くんも。そっちはどう?」
「ここあ、こっちは順調…とは言えないな。正直」
「三組が隣でそっちに全部客を持ってかれてるんだ」
「そうなんだ。……じゃあ、私が手伝ってあげよう―」
「悪い、ここあ。俺たち先輩の劇見てくるから」
「―か?え?ちょっと待ってよ空。」
それだけ言って空は教室を去ったので俺もついていった。
「よかったのか?あんな一瞬で」
俺は空にそう訊いた。
「うん。教室の前まで来て盛況かどうかはわかるから。ついでだよついで」
本当かと疑いたくはなった。が考えるだけ無駄だという結論に俺の中ではなった。
「あ、天ノ川先輩!どうしたんですかー?」
空が駆けていった先には確かに空の言う通りの人物がそこに立っていた。
「空くん、陸人くん、こんにちは。今日は後輩の劇を見に来たの」
「え?先輩。俺たち以外にも後輩がいたんですか?」
「何てこと訊いてんだよ。当然いるだろそりゃ」
「私の一つ下だから、君たちの一つ先輩だね。天星ていう苗字だから私は星ちゃんって呼んでいるんだけど」
「二人とも時間ある?」
「ラスト一時間までならありますけど」
「それなら、一緒に星ちゃんのクラスの劇観ない?」
「いいですよ」
「もちろん」
「ロミオとジュリエットですか」
「あれが星ちゃんだよ」
「「え?どれ?」」
二人の声がハモった。
「あれだよ。ロミオ役の」
「「え?」」
二人は再びハモってしまった。
あまりの驚きによってそれ以外の言葉がでない。
だって目の前にいるロミオはロミオであって女性という感じが全くない。この瞬間この時彼女は完全に男としてステージに立っている。
まるで本物の宝塚みたいだ。俺はそう思った。
「天星先輩すごかったですね、天ノ川先輩」
「そうだね。かっこよかった」
「ちょっと俺のこと忘れてない?二人でイチャイチャしてさー」
「いちゃ…」
「空くんごめんごめん。じゃあ、空くんはどうだった?」
「んー。星ちゃん先輩の演技力がすごすぎた」
「だよねー。昔から劇団に入ってただけあるよね」
どうやら、天星先輩は幼少の頃から有名な劇団に入っていて、そこでずっと舞台をやっているらしい。もうプロじゃねぇか。
続きます