5 やられる覚悟、あなたは持っていますか?
千利休の話をしてもらった後、手鞠さんは厨房へお菓子の仕込みに、甘菜ちゃんは朝帰りで眠いとのことで、自室へ休みにいった。
わたしも台ふきをする。
小上がり、つまり座敷の席が4卓、テーブル席が4卓、あとはカウンター席とそう大きくない店なので時間をかけずに丁寧に拭き上げられた。
我ながらいい仕事をした。
次の指示を貰いに厨房に行こう。
「さくらちゃん、お疲れ様。ちょっと厨房まで来てくれるかしら。お菓子を試食してほしいの」
「あ、はーい」
厨房へ向かおうとしたところで、手鞠さんに呼びかけられた。
返事をして厨房に足を踏み入れた。
あれ? 普通に返事しちゃったけどヨモツヘグイになるから食べちゃダメな気が……。
……もういいか。既にお粥もお団子も食べちゃったし……。
今更だよね。だよね……?
中は一般的な飲食店の厨房といったような雰囲気で、店や家の和のような雰囲気とは打って変わって現代的だった。
コンロやオーブン、冷蔵庫まである。
大きな氷を使って冷やす昔のタイプではなく、本当に現代で使われていそうな普通の業務用冷蔵庫だ。
店の中を見た感じ電気を用いた照明を使っていなかった。
この厨房にあるものは電気じゃないと動かないものばかりなんだけど。なんかちょっと不自然。
「さくらちゃん、この机に置いてあるものを食べてみてちょうだい」
机を見てみると、そこにはお団子、ぜんざい、餡蜜などなど色々な種類の和菓子が並んでいた。
どれも全て美味しそうに見える。
見た目がまともなのに、殺人的な味がするお粥がこの世に存在したので油断はできないけど。
一応、ちょっと前に食べたとても美味しいお団子は手鞠さんが作ったとのことなので、多分大丈夫だとは思う。多分。
でも、試食とは言っていたもののラインナップから想像するに、今更試食するような新商品とかそういうものじゃない気がする。
「これ、本当に試食していいんですか?」
「ええ、いいわよ。試食とは言ったけど、どちらかというと手伝ってくれたお礼みたいなものよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」
もし殺人級のお菓子だったらという考えが頭をよぎったけど、意を決して餡蜜をいただく。
「んんんん!! 美味しいぃ~!!」
食べる前に抱いていた疑念が爆散した。
わたしが今まで食べたことのある餡蜜の中で一番美味しい。
みつ豆が美味しい。
餡子が美味しい。こしあんなのはさくら的にポイント高い。
ただの寒天でさえ美味しく感じる。
貧弱な語彙力だけどなんか知らんけど美味い! って感じ。
美味しいものに美味しいものを混ぜると美味しい、というのは得てして暴論ではあるものの、この餡蜜に関しては間違いなくうまい。
「これ凄く美味しいね! 何か特別なことをしてるの?」
「ふふっ、ありがとう。特に何もしていないわ。普通に作っているだけよ。強いて言うなら、材料かしら」
「材料?」
そういえばこの世界の食べ物、もとい食材事情はどうなっているんだろう。
まさか三途の川の水を引いて稲作をしたり、三途の川で漁業をしているなんてことはないはずだよね……?
「この世界の食べ物は全部神社で卸されるのよ。基本的に現世の稲荷神社に奉納されたものが流通しているの」
「神社なのに商人みたいなことをしているんだね……」
「この世界は神社を中心として回っているのよ。この世界のお金も物もね」
違うかもしれないけど宗教国家みたいなものなのかな。
そんな神社にお勤めしているってことは、甘菜ちゃんって役人みたいなものなのかな。
「でも神社で卸したからって材料は材料じゃないの?」
「神社に奉納された食材は、この世界に住んでいる神様が加護を与えてくださるのよ。だから現世の食材よりも何倍も美味しいらしいの」
「それじゃあ千利休が点てたものより美味しいというお茶も……?」
「そうね。私の経験もあるけれど、使っている抹茶も加護をいただいてるからとびっきり美味しいわ」
黄泉の国で茶湯の研鑽を積むと言って去ったらしい千利休が気の毒だ。
ってか、そんなとびっきりいい材料であんなお粥ができたの? 逆に天才なのでは?
と思ったけど、変な作り方をすれば、高級食材もおじゃんになることだってあるし仕方ないのかもしれない。シャトーブリアンも焦がせばただの炭だ。もったいないけど。
餡蜜を平らげたのでぜんざいに手を付ける。
こちらもあり得ないくらい美味しい。
加護があると聞いていなかったら、何か危険な白い粉とか入ってるんじゃないかと思うくらいに。
そんな感じで会話している間も手鞠さんはせっせと饅頭を作っていた。
流石500年も作っているだけあって物凄く手際がいい。
「なんか今私の年齢センサーが発動したわ」
「気のせいだよ」
鋭い。
「あら。餡子が無くなったわね」
手鞠さんはそう呟き、冷蔵庫から餡子の入った器を取り出した。
「手鞠さん、それ冷蔵庫だよね。この世界にはオーバーテクノロジーじゃない?」
「そのカタカナ言葉はよくわからないけれど冷蔵庫、とても便利よねえ」
オーバーテクノロジーという言葉が分からないのに、みるからに和風とかけ離れたものがあるのは違和感があるなあ。
冷蔵庫を見てみると、隙間から電源ケーブルが飛び出ているのを見つけた。
どうやら電気を使っていないみたいだ。
「この冷蔵庫、電気を使っていないみたいだけどどうやって動いているの?」
「狐火で動いているわ」
「狐火?」
狐火というと、化け狐の周りに漂っている火の玉みたいなやつのこと?
狐火と言うわけだし、百歩譲って温めることはできても冷蔵庫で使うように冷やすことはできないと思うんだけど……。
「これのことよ」
そういって手鞠さんは掌を上に向けると、そこに火の玉が浮かび上がった。
魔法みたいだ。
いよいよここが現世じゃないことを思い知らされるね。
「……でもこれってお熱いんでしょう?」
「基本的には熱いのだけれど、この火は冷たくすることもできるのよ」
ジャ〇ネット風に言ってみたけど通じなかった。
冷たい火?
冷炎というやつは聞いたことあるけど、普通に熱いって聞いたことがある。
「まあ原理は何百年も使っている私にもわからないけれど、とにかく氷点下から燃えるほどの炎まで自由自在に温度調整できる優れものなのよ」
「これが異世界クオリティ……」
「だからこんなこともできるのよ」
手鞠さんがおもむろに掌をこっちに向ける。
「こんなことって……うひゃぁっ!? ちべたっ!!」
いきなり背中に冷たいものが入ってきて変な声が出てしまった。恥ずかしい。
まるで悪戯で背中に氷を入れられたみたいな……。
「狐火をそんなことに使わないで!」
「うふふ。ちょっとした悪戯もこんな風にできて楽しい。ほんと便利ね」
「ちょっとしたパーティーグッズ扱い!」
「とにかくこのコンロというやつもオーブンというやつも狐火を使っているわ。というよりこの世界にある便利な道具はほとんど狐火が使われているわね」
悪戯に使うのはともかく、適切に扱えば大変便利そうだ。
その口ぶりからすれば、他にも現世で使われている道具があるみたいだね。
もしかしたらゲームとかあったりするのかな。
お菓子の準備がまだ終わっていないのにも関わらず、手鞠さんは狐火でちょこちょこわたしに悪戯を仕掛けてきた。
その後、開店時間が近づいていることに気づいて泣きを見ることになる。
わたしにちょっかいをかけすぎた報いだね。
いつか報復してやろうと画策するわたしであった。
結構神域の説明多めでしたね。
サブタイトルとして『ハイブリッドファイアー・狐火』というのも考えていましたが没になりました。
*5/16 描写に関して微加筆修正を行いました