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獣耳茶屋の語り草  作者: 藍色柚子
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4 珈琲がなければお茶を飲めばいいじゃない

 今回は350年前、千利休が甘露に来た時のお話です。

 350年前の話なので今回は手鞠視点で書かせていただきます。

「今日も元気に開店! 気持ちの良い朝だわ」

 200年間ずっと続けてきた開店準備がいつも通り済んだので、店先の"準備中"と書かれた看板を裏返して"営業中"にする。

 朝から茶屋に来てのんびりお菓子を食べるような人はこの町には殆ど居ない。

 たまにお客さまが来たかと思えば、お土産用に持ち帰りばかり。だから午前中は忙しくはないのよね。

 今日は神社のお勤めが休みで、甘菜が手伝ってくれているからいつも以上に暇を持て余している。


「手鞠、暇だからと言って客席でのんびりしない」

「あら、バレちゃった」


 開店早々お行儀悪くお店の片隅でお茶を啜りながら、開店前に自分で仕込んだお饅頭を食べていると甘菜に咎められた。

 しかたないじゃない、お客さまが居ないのだもの。

 このままサボりっぱなしなのもいけないので、大人しく帳場に立つ。

 どうしても手持ち無沙汰だったので、なんとなく周囲を軽く掃除していると、店の戸が開かれる音が聞こえてきた。


「いらっしゃいま……」

「珈琲だ! 珈琲を出せ! 珈琲を出さぬか!」

「はぁ。何を仰ってるんです?」


 入店するや否や訳の分からないことを言いだした。

 入店してきた人間のご老人が鼻息を巻き散らしながら近づいてくる。

 珍しいわね。人間のお客さんなんて。

 その鼻息どうにかならないかしら。


「珈琲じゃ! こぉひぃ!」

「はぁ、こぉひぃでございますか」


 こぉひぃというものは聞いたことがない。

 言葉の響きから想像するに、南蛮の食べ物か何かかしら。


「お客さま、申し訳ございません。ここは茶屋でございます故、珈琲は取り扱っておりません」

「なんじゃとぅ……? けしからん店じゃ! 今すぐ取り扱え、今すぐじゃ!」


 珈琲とかいうものに困惑していると、甘菜がわたしの代わりに断りを入れてくれる。

 そんな甘菜の発言なんぞどこ吹く風かと言わんばかりに、今すぐなどと無理難題を吹っかけてきた。

 困りますお客さま、ああ困ります。


「とりあえず、お客さま。落ち着きやがれくださいませ。せっかくですので、当店自慢のお茶を飲んでいただければと思います」

「君が落ち着いたほうがいいぞ」


 ご乱心の老人に落ち着けと言われてしまった。


「にしても、当店自慢のお茶、のう。ワシはことお茶に関してはうるさいぞい。ワシこそ茶湯(ちゃのゆ)を極めし者、千利休であるぞ」


 別に聞いていないわよ。

 とはいえ、腐っても鼻息が凄かろうとお客さま。できる限りおもてなしをしないといけないわね。

 さっきの自己紹介の言い方的に、そうとうな自信を感じたし、茶湯を極めた、というのは本当みたいね。

 適当なお茶を出して文句を言われるのも面倒だし、しっかり接客接客。


 茶湯がなんだ、秀吉がなんだと語り続ける千利休さんを席に案内した後、注文を聞く。


「店で一番の茶を出せ。それに合う菓子もよしなに頼むぞい。それでな、ワシが信長のためにの……」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 千利休さんの自分語りが止まらないので適当に打ち切って厨房に入る。

 お茶を入れる支度をしながら、お茶請けとして何を出すか考える。


 くさやとかシュールストレミングとかでいいかしら。


 数年前、日本に来た南蛮人が悪戯で神社にお供えしたことにより、この世界にもたらされたシュールストレミング。

 私は普通に好きな味だけれど、一般的に臭いが非常に危険だといわれている。

 私的には別に提供してもいいとは思うのだけれど、店に臭いがこびりついても困る。

 何か別の案が無いかと考えていると、厨房に甘菜がやって来た。


「店で一番の茶って言ったけど、あの人私達が珈琲出すまで帰らないと思う」

「そういえば甘菜、その、こぉひぃとかいうやつ知ってるの?」

「数日前神社で飲まされた。南蛮で飲まれている嗜好品みたい。先週ほどに出島に伝わったと聞いてる」

「嗜好品。それはさぞかし美味しいのね」

「いや、苦い。すさまじく苦い。香りはいいけど苦い。まるで手鞠の作った煮っ転がしのよう……ゲフンゲフン」


 今なんかちょっと貶されたような気がしたのだけれど。多分気のせいね。

 いきなり咳なんかして、珍しく風邪でも引いたのかしら。


 千利休さんに出すお茶が入ったので、お団子、砂糖菓子を適当に用意して持っていく。


「お待たせしました。お茶とお菓子、お持ちしました」

「ほう、香りは悪くはないようじゃな」


 呟きながら千利休さんはお茶を眺める。

 相変わらず荒い鼻息ね。まるでお茶に欲情しているみたいじゃない。

 傍から見てたらだの変態よ。


 一通り、お茶とお菓子を机にお出ししたところで千利休さんは茶碗を取り、口をつける。

 瞬間、クワっと目を見開いた。


「なぁんじゃこの茶は! ワ、ワシが淹れたものよりも美味い……だと……? ワシが一生かけても届かなかった境地ということか……」


 お茶についてはお菓子と同様数百年も淹れ続けている。

 百年も生きていない人間如きに負けるわけがないわ。


「最後にこんなかわい……美味い茶をいただけて嬉しいが、珈琲を飲んでみたかったのう……」


 先ほどまでの態度とは打って変わり、しみじみとした口調で千利休さんは呟く。

 ここにいるということは、三途の川から迷い込んできたのよね。

 もしかしたら、珈琲とかいうものを探し求めてここに来たのかもしれない。

 ……シレっとかわいいって言いかけていたけど、私は優しいから触れないでいてあげるわ。


 一通り食事を終えたあたりで声をかける。


「あの、貴方はどうしてそんなに珈琲とやらを求めるのです?」


 千利休さんは少し考える素ぶりをした後、「もうこれで仕舞いじゃしのぅ」と呟き、口を開く。


「ワシは、秀吉に切腹を命じられ死んだ。そのことについては特に思うところはない。大名殿に難癖をつけられた地点で負けじゃ。

 じゃが、せっかく茶湯一つでのし上がった身。最後に魂だけでも、全国の茶屋を巡りたいと願ってもバチは当たらんじゃろう。と思って50年ほど全国を周っておった」

「50年周ってたって未練ありまくりじゃないですか。思うところありすぎません?」

「気にしたら負けじゃ」


 千利休さんは心当たりしかなかったのか、気まずそうに目を逸らす。

 その後一つ「うぉほん」と咳払いして続ける。


「あるとき出島辺りを漂っていた時の事じゃ。茶屋のようなものを見かけ、つい中を覗いた。そしたら、何やら茶ではないものを飲んでいる連中が居ってのう。

 何とも面妖な真っ黒な飲み物じゃった。会話を聞いていると、茶よりも美味いと宣っておった。ワシはそれが許せのうて許せのうて……」


 自分が一生かけて情熱を注いだものが否定されるのは辛かったのね。

 人間の一生は短い。

 今の私がもうそろそろ300歳だから5分の1。人によっては10分の1くらいだ。

 ただでさえ短い命を全力で燃やしたのだ。

 長い年月を生き、様々なことができる私たち狐には想像はできないが悔しいことは分かった。


「だからワシは文句を言ってやろうと思った。が、死んだ身では何も言うことはできん。それにワシが飲んだことが無いのに文句を言う筋合いは無い。

 どうやってこの身で珈琲を手に入れるかと考え、天の国なら珈琲を飲めるやもしれんと思ってワシはここにやってきたのじゃ」


 なるほど、現世で魂のままだと何もできないからこっちに来たと。

 まあ賢明な判断ともいえるが、でも……。


「この世界からどのようにして文句を言いに現世に戻るんです?」

「…………。この砂糖菓子、ものすごく砂糖って感じがするのう! うむ、悪くない!」


 話を逸らすんじゃない。


「というわけでワシは珈琲を求めておったんじゃ。……たとえ茶のほうが美味かったぞと文句が言えなくとも、ワシの中では茶が美味いことは間違いのじゃからな」


 せっかく珈琲を求めて彷徨ったのだ。

 文句が言えなくとも、最後の思い出に珈琲を飲ませてあげたいとは思うけどここにはないのよね。

 さて、どうしたものかと考えていた、その時だった。


「……お待たせしました。ご注文の珈琲になります」


 後ろから来た甘菜が珈琲を持ってきたのだ。


「な! なんじゃと!? 珈琲があるじゃと!?」

「甘菜、どうしたのそれ」

「神社に余りがあったかもしれないと思って急いで取りに行った。せっかくこの店に来た客を無下にできない」


 少し無表情な話し方をするから誤解されがちだけど、甘菜は本当に心優しい子。

 大急ぎで取りに行ったのだろう。息が上がって、少し肩が上下している。

 最初に横柄な態度は取られたけど、甘菜は千利休さんのために行動に移した。

 そう簡単にできるものじゃない。

 私は話を聞いてあげることしかできなかった。

 きちんと行動に移して人を助けられる自慢の妹。誇らしいわ。




「で、ではいただくとするかの……」


 そう言って、千利休さんは湯呑みを口につける。

 普通はこぉひぃかっぷとやらに入れるみたいだけど、この店にそんなものはないから代わりに湯呑みを使ったみたい。


「に……苦い! 苦すぎる! なんだこの飲み物は!」

「なんでも眠気に効くとかで、薬としても用いられているとか」


 しかめっ面をした千利休さんに甘菜が教える。

 良薬口に苦しってやつね。


「く……薬じゃと? そんなもの茶と張り合うものではないじゃないか。全くの別物じゃ! 茶とは別なものにいちいち腹を立てておったのか……」


 

 最初はちびちびと飲んでいたけれど、段々苦味に慣れてきたのかいつの間にか全部飲みほしていた。

 慣れと同じように珈琲を飲む顔も笑顔になっていった。

 まるで憑き物が落ちるかのように。



「嬢ちゃんたち。最後にいい経験をさせてもらった。美味い茶に、後顧の憂いであった珈琲まで飲ませてもらった。本当に感謝する」

「お口にあったようでなによりです」

「お茶に関しては手鞠の右に出るものはいない」

「はっはっは! そうじゃのう。ワシも負けてはおられん。黄泉の国に行ったら嬢ちゃんのように美味い茶を点てられるように頑張るぞい」


 そう言って千利休さんは店の戸を開ける。


「ではの、嬢ちゃんたち。元気での」

「はい、貴方も。お元気で」


 戸から出て行った千利休さんは、光となって天へと消えていった。

 千利休は1590年辺りに亡くなっているので、1640年代に伝わったと言われている珈琲をどう登場させるかと思っていたら物凄く力業になってしまいましたね。(普及したのはもっと先だというのは気にしてはいけない。)

 千利休が亡くなった理由には諸説ありますが、ここでは家康と繋がりそうだったから殺した説として書いています。


*5/16 描写に関して一部加筆修正を行いました。また、千利休の鼻息が荒くなりました。

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