9.人類裁定④
竜王族。
竜でありながら、人と同じ姿を取ることもできる無限の寿命を持つ超越種。
リリスルをはじめとした百五十の竜王族が統べる竜王国、その総意が今回の『人類裁定』だ。
今から人類は竜王族に試される。
これは決定事項であり、もはや覆すことはできない。
「わかります。その悲しみ、いかばかりか。ですが、だからといって皆殺しというのはあまりに……あまりに理不尽ではありませんか」
学院長が項垂れるようにテーブルに手をつき、視線を下に落とした。
リリスルが淀みない口調で告げる。
「そのとおりです。そう考えてきたからこそ、我らは蛮行に耐えてきました。そしてあなたがた人類は我々の好意に甘え続けてきました。ですが、あんなことが起きた以上は……」
「あんなことですか……?」
「もはや人類とは分かり合えないのではないかと我らが思うに至った最大の理由。それは、竜王族の赤子を誘拐しようとする者が現れたことです」
「な――」
「そう、ついに我らそのものに手を出す愚か者が現れたのですよ。幸い未遂で終わりましたがね。下手人は悪い意味で我らの顔馴染みになったいつもの冒険者です。事ここに至ってもはや盟約は人類によって破棄されたと見なすには充分過ぎました。いつも通りに帰れるだろうとヘラヘラ笑っていた彼らには、もちろん相応の報いを受けていただきました」
学院長は完全に言葉を失っているようだ。
無理もない。竜王族そのものに手を出したら、盟約も何もない。
つまり、本来なら人類はとっくに滅ぼされていたって不思議ではなかった。
そう……『人類裁定』は最後の情けなのだ。
「我ら竜王族は気の長い種族ではありますが、次にいつ子供を奪われるかもしれないとなってはさすがに黙っていられません。人類さえいなくなれば、安息の日々がやってくる……それは間違いのない事実。そうではありませんか? だからこそ我らは人類を裁定すると決めたのです」
「しかし、竜王族と我々とではあまりに物の見方にズレが……!!」
「だから『アイレン』なのですよ」
ようやく俺か。
なんかみんな立っちゃって居心地悪いし、俺も立っておこう。
「人であるアイレンが人類の価値を見定め、我らに伝える。これであれば公平でしょう?」
「そ、それは……そうかもしれませんが」
「逆に言えば、人に見捨てられる人類など竜王族が心を砕いてまで配慮する生命ではないということになります。我らの中にある一抹の迷いも晴れましょう」
「そ、そんな……ご無体な……!」
「残念ですが、これは最後通牒なのです。諦めてください。アイレンが人類に生かす価値なしと裁定した時点で、我らはあなたがたを滅ぼします。そして、アイレンが不当に扱われたりした場合はわたし自ら王都を焼きつくして差し上げますので、そのつもりで」
後半は完全に私情って感じだけど、突っ込むと後で怖いからやめておこう。
「でしたら、せめてこのことを生徒の皆に――」
「駄目です。王族や筆頭貴族に伝えるのはかまいませんが、生徒や平民、下級貴族に伝えるのは許しません。竜王族を恐れる人々を裁定しても何の意味もないですから。アイレンにはありのままの、普段の人類を見せたいので。ああ、それと、わたしがいないところで話せばバレないなんて思わないでくださいね。発覚した時点で、裁定は終わりです」
話も終わりだとばかりにリリスルが扉へと向かうので、俺も後に続く。
そして、最後に振り返って学院長にこう告げた。
「そういうことですので王に伝えてください。古の盟約はもはやあなたがた人類の手で破棄されたと。我らは人類を裁定し、生かすか滅ぼすかを見極めるつもりであると」