71.思わぬ里帰り
「あらあら、それでまたお休みになっちゃったの?」
サンサルーナが頬に手を当てながら俺たちを出迎えた。
「うん。クラスメイトも親の顔を見たがってたし、親も親で子供たちの無事を確認したいって声が多かったらしくて」
先日の事故を受けて王賓クラスだけは特別に休みになった。
だから俺とミィルは故郷の森に出戻ってきたのだ。
既に師匠もグラ姉も寝所で眠りについていて会えなかったけど、本来の予定にはなかったので仕方ないだろう。
入れ替わりで“青竜大洋”が起きたらしいので、実の娘にあたるミィルは会いに行っている。
「アイレン、裁定お疲れ様」
「リリスル! 帰ってきてたのか」
「ええ、セレブラントでのわたくしの役目も終わりましたので。冒険者、ならびに略奪者たちを全員処断することができました。今後は黒幕を調べることになるでしょう」
処断か……何があったかは聞かないでおこう。
「そんなことよりアイレン! 王都学院は大変だったそうじゃないですか! さあ、わたくしの胸の中で慰めてあげましょう。さあ、さあ!」
「え、あ、うん……」
抵抗しても無駄だとわかっているので両手を広げるリリスルに大人しく抱きしめられる。
「よしよし、アイレン。大変でしたね」
俺の頭をわしゃわしゃ撫でてくるリリスル。
「くるしい。リリ姉。くるしい」
ちなみにリリ姉の背丈だとちょうど彼女の胸のあたりに俺の頭が来る。
リリスルは胸が大きいので、包まれるとほとんど息ができない。
師匠に竜技を鍛えてもらう前はいつも窒息しそうになってたけど、今では無呼吸でも喋る余裕ぐらいはあった。
「あらあら、王女ちゃんは平常運転ね。それにしてもいったい学院で何があったのかしら?」
「ああ、実は……」
事情を打ち明けると、魔神の登場あたりでリリスルの顔色が変わった。
「魔神ですか。既にこの地上には存在しないと教わっていましたが……」
リリ姉は竜王族の中でも比較的若いほうだ。
まあ、あくまで比較的であって俺よりはるかに長い時間を生きているのは変わらないけど。
「そういえば天魔大戦の頃は王女ちゃん、まだ生まれてなかったわねえ」
サンサルーナが懐かしそうに虚空を見上げた。
何か去来する想いでもあるのかもしれない。
「それで魔神は竜王族を呼んだと、そう言ったのね?」
「ああ、そうなんだ」
サンサルーナの確認に頷き返す。
結果として神滅のダンジョンにミィルが踏み込んだから今回の転移事故が起きた。
クラスのみんなには迷惑をかけて申し訳なかった気持ちがある反面、そもそも行く予定のなかったダンジョンなのでミィルに責任があるとは言い難い。
「そういうことなのねえ……」
サンサルーナが少し考え込むように頬に手を当てる。
未来予知に加えて神算鬼謀の頭脳を持つサンサルーナは、こう見えても竜王族の中で大きな影響力を持っているのだ。
「それでこれ、一応持ってきたんだけど」
「それはなぁに?」
「ダンジョンコアの心臓の欠片。母さんに見せれば何かわかるかもと思って」
「ちょっと見せてもらっていいかしら?」
既に真っ黒な石みたいになっているけど、欠片を見たサンサルーナが大きく頷いた。
「なるほど。確かに魔神の心臓みたいねえ」
「魔神がいろいろと天魔大戦について教えてくれたんだけど。どこまで本当なのかわかんなくて」
「そうねえ。その魔神の言ってたことは概ね真実かしら」
改めてサンサルーナが語ってくれた。
大昔、この星に天神と名乗る侵略者がやってきたこと。
星の意思が対抗手段としてダンジョンと魔神を生み出したこと。
竜王族と人類が盟約を結んで天神と戦ったこと。
魔神と天神はなかば相打ちとなって、この世界から姿を消したこと。
「それにしてもまさか、アイレンちゃんが魔神に認められるとはねえ。私にも見えなかった未来だわ。頑張ったのねえ」
よしよし、と撫でてくれる母さん。
そういえば魔神がサンサルーナの意図を図りかねたっぽいことを言ってたけど、そういうことなのかな?
「俺も確かに頑張ったけど、クラスのみんなもすごく踏ん張ってくれたんだ。人類裁定だってクラスメイトだけなら文句なく合格だよ。今度紹介したいぐらいだ」
「あらあら!」
「アイレン……!」
サンサルーナとリリスルが少なからぬ驚きを見せた。
「まさか、仲良くなったからクラスメイトだけは助けたいなんて言うんじゃないでしょうね?」
当然のようにリリスルから厳しい指摘がくる。
だけど俺は首を横に振った。
「ううん、そうじゃなくってさ。俺も人間だからかもしれないけど、力を合わせて頑張る姿を見たら人類もなんか捨てたもんじゃないのかなって。確かに酷い連中もいるけど、助けてくれたり認めてくれる人もいたんだ。だから――」
神々に利用されているのかもしれない。
わかり合えるなんて錯覚かもしれない。
でも、それでも。
「俺はもっと人類のことを知りたい」
俺は竜王族に育てられた人間だ。
人類のことはほとんど知らなかった。
そんな俺が学ぶことで、少しでもみんなの役に立てるなら。
師匠の悲しみを癒すことができるかもしれないのなら。
やる価値は、ある。
長い沈黙の後、サンサルーナが満足げな笑みを浮かべた。
「うふふ、なるほどね。私達からすれば人類なんて一括りだけど、あなたにとっては違うようねえ。これはちょっといい傾向かしら」
「サンサルーナ! あなたまで……」
「いえ、王女ちゃん。確かに私達が考えていた方向とは違うけれど、アイレンちゃんはこれ以上ないほど裁定者としてよくやっているわ」
「そうかもしれないけど……」
「それにアイレンちゃんの目覚ましい成長……姉としては喜ばしいでしょう?」
「そ、それは確かに!」
サンサルーナに諭されたリリスルがぱぁっと晴れやな笑みを浮かべる。
うーん、さすがは母さんだ。リリスルの操縦方法を心得ている。
「それでアイレンちゃんは、これからどうしたい?」
サンサルーナが俺の瞳を覗き込んできた。
「どうしたいって……」
「どうせ学院はしばらくお休みでしょう? だったら別の舞台で人類裁定を継続するのはどうかと思うの。人類を知りたいなら、尚更。どこか希望はあるかしら?」
「そうだなあ。今は神々っていうのに興味があるかな。人類を操ってるかもしれないっていうなら、裁定する上で知っておかないとだし」
「そうねえ……」
サンサルーナが目を瞑って黙する。
いつもみたく予言をする気だろう。
しばらくかかったようだが、やがて大きく頷いた。
「なら、フルドレクス魔法国に行くといいわ」
「フルドレクス?」
ラウナの故郷だよな。
確か魔法学会があるとかないとか。
「せっかくだから神々について学ぶついでに留学していらっしゃい。そうねえ、形としては王賓クラスからも何人か見繕って相応しい生徒といっしょに行かせましょう。王女ちゃん、できるわよねえ?」
「ええ、それぐらいなら」
「それにアイレンちゃんがあの国で行われていることを知ってどういう答えに辿り着くのか、興味があるわあ」
サンサルーナは、いつになく楽しそうだった。
変化の少ない竜王族を未来予知で導いてきた橙竜聖母が、まるで子供みたいにはしゃいでいて。
「アイレンちゃんも、それでいい?」
最後に俺の意思を確認してくる。
俺の返事はもちろん。
「わかった。俺、行ってくるよ。フルドレクスに!」




