4.竜王国の使者④
「これは何かの夢なのか? あんな田舎者が……」
教官は唖然としたまま、アイレンが岩を立て続けに破壊する様子を眺めていた。
セレブラント王都学院の不壊の大岩は創立以前から王都にあったものだ。
卒業までに傷ひとつつけられない生徒すらいる。
それを、いとも簡単に……。
入り口の方からざわめきが聞こえたのは、そんなときだった。
「今度はなんだ?」
教官が振り返ると同時に、その全身が硬直した。
会場の入り口に立っていたのは絶世の美女。
紅のドレスに身を包み、炎のように赤い瞳をした女性だ。
朱色と黄色とが混ざり合ったかのような色の腰まで届く長い髪。
それでいながら肌は透き通るように白く、唇は艶やかな湿り気を帯びている。
受験者たちの多くが見惚れる美貌に、教官も例外なく心を射貫かれていた。
「試験会場は、こちらでしょうか?」
あたりに視線を巡らせる美女のところに、教官はすぐさま駆け付けた。
「は、はい! そうですが、入学希望の方以外は入れませんので……いやはや、困りましたな。その、よろしければ私の部屋でお待ちを……」
教官の緩み切った顔を見た美女は、呆れたように嘆息した。
「いやですね。『人類』には最低限の心理防壁すらないのでしょうか」
「は? なにを……」
何かを言いかけた教官の横を美女が通り過ぎていく。
「ああ、いましたね。アイレン!」
そして、ちょうどビビムが引き下がったあたりで美女がアイレン……田舎者のところへと駆け寄ったのだ。
「……どうして、あの田舎者のところに?」
◇ ◇ ◇
「アイレン!」
「リリスル!? どうしてここに!」
ここで見られるはずのない顔に驚いてしまった。
リリスルは、俺の故郷でとってもお世話になっている『家族』。
何人もいる『姉』のひとりだ。
「なんだかとても心配になってしまったので、つい」
「俺がひとりで行くって言ったのに……」
「わたしが自分の判断で来ただけですから」
リリスルが口元に手をやって、ころころと笑っている。
どうでもいいけど、周りの視線がとっても恥ずかしい。
自分が見られるのより、リリスルが見られるほうが照れ臭かった。
「それで、どうでしたか?」
「あ、たぶん合格だよ。ほら、試験もちゃんとできたし」
「そちらではなく。使命の方です」
「いやいや、まだわからないよ! 入学もしてないんだよ?」
「そうですか。まあ焦って決めることはありませんが、人の寿命は短いので心配なのです。寝て起きたらあなたがいなくなってるようで」
リリスルがこんなことを言っているが、別にシャレでもなんでもない。
寿命の長い俺の『家族』たちは、一度寝たら本当に百年ぐらい寝てしまったりするのだ。
だから、俺とは今生の別れになることもある。
そんなふうに、俺がリリスルと話していると。
「これはいったいどうしたことだ!?」
他の教官たちを引き連れて、おヒゲの立派なガタイのいい老人が試験会場に駆け込んできた。
「が、学院長! 見てください! 大岩が……」
教官が学院長に駆け寄って報告すると、学院長の目が大きく見開いた。
「先ほどの爆音はあれか! しかし、いったい何が起きればこんなことに」
「イカサマです、学院長!!」
学院長の前に異様な素早さで滑り込んできたのはビビムだった。
「あの田舎者がわけのわからないトリックを使って、大岩をあのような無惨な姿に変えたのです! どうか、即刻あの田舎者を学院から追い出してください!」
ありゃりゃ。
あんなにちゃんと見せたのに、まだ信じてないのか。
「そ、そのとおりです学院長! 学院の神聖なる試験を汚した罪は重い! このまま永久追放としましょう!!」
教官殿もか。
困ったな……このまま不合格になったら、俺の使命が果たせなくなってしまう。
そうなると、裁定権は俺からリリスルに移ってしまうんだけど……。
「田舎者? 平民にあんな真似ができるわけが……」
学院長が何かを言いかけて、その視線がリリスルで固定された。
「―――あ、貴女様は……!!!」
学院長にリリスルがにっこりと笑いかける。
「あら、お久しぶりですね学院長。随分とおかわりになられましたが、元気そうでなにより」
「リリスル様!」
学院長がビビムと教官殿を押しのけて、リリスルに傅いた。