3.竜王国の使者③
「おお、素晴らしい魔法だ!」
「さすがはビビム様! 普通の貴族では不壊の大岩に傷をつけるのがせいぜいなのに……」
「フッ……ノールルド伯爵家次期当主の僕の力をもってすれば当然の結果だ」
金髪をかきあげながら、ビビムが俺のところにやってきて口端を吊り上げる。
「さあ、次はお前の番だ田舎者。僕以上の結果が出せなかったら、お前は不合格だ」
「……はあ」
これが実技テストなのか……なんだか拍子抜けしてしまったな……。
俺が呆然としているのを見た貴族たちが「田舎者に見せるにはもったいないくらいだ」「田舎者にはこの魔法の凄さはわからないか」と小声で囁いているのが聞こえてくる。
それにしても俺の合否の基準と試験の順番をビビムが決めるって、ありなの?
念のために教官殿のほうを見てみると。
「ククク……毎年、お前のような世間知らずが学院に入学してこようとしてくる。だが、全員がここで振るい落とされるのだ。どうだ、身の程を思い知ったか? 田舎者」
教官殿もニヤニヤしてるだけだし、本当に俺の番ってことでいいのだろう。
まあ、それは構わないんだけど……俺の中には少なからぬ危惧があった。
「でも、いいんですか? 俺があの岩を攻撃したら他の人が試験を受けられなくなってしまいますけど」
「……うん? 何の心配をしている。いいから杖を用意するんだ!」
「いえ、杖はないので素手でやります。魔法じゃなくてもいいんですよね?」
「素手ぇ……? ハッハァッ! 田舎者には杖を買う金もないと見える。まあいい、構わんからやれ!」
さっさと不合格になれとばかりに、教官殿が俺の肩を押してこようとする。
「うえっ!?」
俺がビクともしなかったので、教官殿のほうが変な声をあげながらコケてしまった。
「ははは、何をやっているんだ教官!」
「え、いや、これは……」
ビビムに醜態を笑われて困惑する教官殿。
そんな彼らから視線を切って、俺は大岩のほうへと歩きだした。
「これで試験になるんだ。なんだか不思議だな……」
見たところ、大岩には守護魔法も精霊の加護もかかってないように見える。
つまり、本当にただの大岩を攻撃するだけでいいらしい。
でも、そんなことをすれば……。
「ああ、そうだ。危ないのでみんなもっと下がってください!」
未来の惨状が頭に浮かんだ俺は、振り返って呼びかけた。
だけど……。
「はは、田舎者が何か言ってるぜ!」
「あいつ素手で殴るつもりみたいだぞ! 頭がおかしいんじゃないか?」
みんな笑うばかりで、俺の言うことなど聞いてくれそうにない。
「しょうがない。できるだけ手加減しよう。あとはみんなが怪我をしないように加護も使って……」
失敗しないように集中しようと思ってたけど、気を散らすぐらいでちょうどいいかもしれない。
とはいえ竜技の型を崩すと師匠に怒られるから、そこはしっかりと。
大岩に触れられるぐらいの距離に立って、しっかりと見据える。
「呼吸――」
息を吸って。
「練気――」
体に巡らせて。
「咆哮――!」
吐く!!
一歩踏み込んだ左脚から先、大地が勢いよく沈み込む。
あ、やっべ。
いつもの癖で震脚しちゃった。
ええい、このままいっちゃえ!
「竜の爪!」
俺が拳を叩きつけると、大岩が凄まじい爆発音とともに木っ端みじんに砕け散った。
「「「「「……………………は?」」」」」
茫然とする受験者たち。
「これが『人類』では試験になるなんて。このくらい竜王国では普通だったんだけどな~……」
手首の調子を確かめながらため息を吐く俺。
みんなならきっと俺と違って竜技を用いるまでもなく、純粋な膂力だけで同じことができるだろう。
「こんな……こんなバカなことがあるかああああああああッ!!」
頭を抱えて金髪をブンブンと振り乱すビビム。
「ま、とりあえず……これで合格ですよね!」
俺は嬉しさのあまり、教官殿に笑いかけた。
「……え? ああ、そうだな……?」
首をかしげながら受け答えする教官殿だったが、その横からビビムが横槍を入れてきた。
「いや……いやいやいやいや! 待て待て待て待て! 素手で大岩を殴って爆発するわけがあるものか! 貴様何をした……いったい、どんなトリックを使ったのだ!?」
「トリック……?」
「そうだとも! 田舎者の貴様にこんな力があるわけが……! 何か不正をしたに決まってる!」
そんなことを言われてもなあ。
「つまり、俺が何かズルをしたって言いたいんですね?」
「あ……ああ、そうだとも! 例えばそうだ……あの岩に事前に爆発する魔法とかを仕込んでおいて……!」
「それって、あなたが魔法撃った時点で爆発しません?」
「うっ!? だが、いや、そもそもどんな魔法ならあんな爆発が……!?」
「要するに、また見せればいいですよね?」
大岩の残骸がみんなに飛ばないように加減したので、破片は会場にちゃんと残っている。
未だに何か喚いているビビムに背を向けて、まだだいぶ大きめの破片に近づいた。
そして。
「ほい」
破壊。
次。
「とりゃ」
また破壊。
次。
「せい」
またまた破壊。
えーと、まだまだあるけど……。
「どうです? 足りませんか?」
俺が振り返ると、ビビムは腰を抜かしてガタガタと震えていた。
「う、嘘だろ……本当に素手で岩を砕いてやがる」
「あの田舎者、いったいなんなんだ……?」
なんなんだと言わてても。
邪魔な岩を打ち砕くなんて作業、日常茶飯事だし……。
「ま、まあいい! こんな不正で入学しても入って苦労するだけだ!」
ビビムがあからさまに顔を青くしながら、すごすごと引き下がった。