2.竜王国の使者②
そのあとすぐに試験が始まった。
最初の学力テストは筆記試験。
俺はちゃんと読み書きを教わってるし、必要な知識はあると思ってたんだけど……。
いや、ある程度は頑張った。頑張ったと思う。
だけど、歴史のこととなると、てんでダメ。
あと、経済だか経営なんちゃらってのもは、問題自体がよくわからない。
試験科目が変わる休憩時間には、俺のことを噂するヒソヒソ声が聞こえてきた。
たぶん俺には聞こえてないと思っているんだろうけど。
俺から話しかけようとしても無視されるので、放っておくことにした。
ちなみに噂話の中には「田舎者」「田舎者」と、さっきも散々聞いた呼び名がしきりに登場する。
「ビビム様に恥をかかせた」みたいなワードも聞こえたから、ひょっとしたらビビムが俺のことを触れ回ったのかもしれない。
そんなふうに受験者たちからは後ろ指さされるぐらいだったけど、教官からは「田舎者が王都に来るな。身の程を知れ」みたいなことを堂々と言われた。
さすがの俺も歓迎されてないってことがわかってきたので、大人しくしていることにする。
なにしろ俺がここで無闇に怒ったりしたら王都が滅ぼされちゃうからね。
◇ ◇ ◇
「田舎者! ここはお前のような平民が入れるような学院ではない!」
「早いところ尻尾を巻いて帰ってはどうだ? ハハハハハハハハハハ!!」
実技テストの会場に入るころには、俺の味方はひとりもいなくなっていた。
みんながみんな遠慮ひとつない大声で、俺のことを馬鹿にしてくる。
教官の話によると、俺以外の受験者全員が王国貴族らしい。
俺が『田舎者』なのはすでに全員に知れ渡っているようだ。
上に立つ者が下の者を馬鹿にする……これが『人類』の当たり前なんだろうか?
「まあ、いいけど……」
嘲りの視線が注ぐ中、俺は故郷のみんなのことを思い出した。
ただの人間だった俺を、みんなとってもかわいがってくれた。
厳しいことを言われたりもしたけど、今では全部俺のためにしてくれてたんだってわかってる。
だけど、今のこれはなにか違う気がする。
ただ単に馬鹿にしたい、本当に目障りに思ってるって感じがヒシヒシとする。
「そっか……みんなは、これを危惧してたのか」
みんな、俺がひとりで王都に行くことに反対していた。
大丈夫だって息巻いてきたけど、こうなるのがわかっていたのかもしれない。
「生かすべきか、殺すべきか……か」
自分が人間だからといって『人類』を贔屓するつもりはなかった。
でも、やっぱり生かしてほしいなって思ってたのかもしれない。
もう、甘い考えは捨てよう。
きっと、人間である俺が人類をどう感じるかに意味がある。
学院は期待してたような場所ではなさそうだけど、俺のやることは変わらない。
そうだ……みんなの期待に応えなくっちゃ!
「おい、アイレン! いや、貴様は『田舎者』で十分か。おい、田舎者!」
俺を呼び止めたのは入学試験を監督している教官殿だ。
この人は他の受験者にはものすごく腰が低いのに、俺に対してだけは当たりが強い。
ちゃんと名前を呼んだあとに、わざわざ田舎者って言い直さなくても。
「はい、なんでしょうか」
「貴様の先ほどの学力テストの結果だが……惨憺たる有様だ!」
うーん、耳の痛い話だ。
「本来であれば即刻不合格にしてやりたいところだが、王都学院では実技重視だ。実技テストで大きな結果が残せれば入学が許される! もっともお前のような田舎者には到底不可能だろうがな!」
これも事前に聞いていた話のとおりだ。
王都学院の入学試験は学力テストと実技テスト。
俺は実技が何一つ問題ないから、気楽に行ってくるといいと送り出されたのだ。
「ビビム様! どうか、この田舎者に身の程を思い知らせてやってください」
「ふん……当然だ」
急に声のトーンが高くなった教官殿に請われてこちらに来たのは、ビビムだった。
「フッ……田舎者よ。どうして実技テストが学力テストの結果に勝るか、わかるか?」
「えーと、俺みたいなのにもチャンスがあるようにとか……」
「まったく違う。貴族と平民とで埋めようのない決定的な実力の違いが浮き彫りになるからだ」
ビビムが悠然と大岩の方へと向かった。
一定の距離をおいて立ち止まる。
実技テストはあの大岩をなんでもいいから攻撃して、その結果に応じて評価が下されるというものらしかった。
大岩はかなりの大きさで、学院の庭のほとんどを占有している。
あちこちに傷がついていて、幾度となく試験に使われてきたことを思わせた。
「平民の努力では貴族の血に勝てない。現実を思い知るがいい!」
ビビムが呪文を詠唱しながら右手の杖を大岩へと向ける。
杖の先端に魔力が集中して――
「ファイアーボルト!」
魔力が膨れ上がったところから火の弾が放たれる。
着弾と同時に炎が弾け爆音が轟いて……大岩の一部がわずかに抉れていた。
……え、それだけ?