人類裁定終了のお知らせ③
「う、うう……いったい何が……」
バルミナが身を起こすと、どこまでも広がる炎と煙が目に入った。
墨クズと瓦礫が山と積まれている。
「やっとお目覚め?」
バルミナがはっとなって振り返る。
悠然と見下ろしてくる声の主……リリスルの背後には、同じような廃墟がどこまでも広がっていた。
「この地獄は、いったいどこなの?」
「何を言っているの? 神都に決まっているでしょう。わたくしがブレスを吐いたらぜーんぶ灰になったわ。これでも手加減したつもりなのだけど」
「……は?」
(たった一吹きで神都が灰燼に帰したというの?)
バルミナの頭が真っ白になっている間、リリスルは部屋の掃除が終えたときのような気楽さで続ける。
「それと天神衆とかいう連中? 生き残りがいろいろ叫んで襲ってきたけど、みんな指先ひとつで爆散したわ。無限に再生されるのは確かに厄介ね。黄龍の修行はかったるかったけど、対天竜技がなかったら全滅させるのは無理だったかも」
「ぜん……めつ……? 嘘……デタラメよ……天神衆が負けることなど、ありえない! 神造人類はかつての天神に匹敵する戦闘力を再現している! 竜王族ごときに負けるはずが――」
「だから何年前の話をしているの? 確かにかつての竜王族は種族として若かったのでしょう。天神にも苦戦したと聞くわ。でもね、竜王族は年月を経るほど無限に強くなるのよ」
「む、無限……そんな馬鹿な話が……」
「本当よ。天魔戦争とかいうのはずっと昔なんでしょう? その頃に生まれていなかったわたくしですら貴女たちを圧倒できるのに、どうして昔の戦力を用意するだけで勝てると思えたのかしら?」
「生まれて……なかった? あなたは赤竜王女リリスル! 七支竜のひとりのはずでしょう!」
ハァ~ッと大きなため息を吐くリリスル。
「七支竜はその時代の代表相談役ってだけで、代替わりするし、そもそも強さで決まるわけじゃない。竜廟で寝てるご先祖さまは、もっと強大よ? 人類裁定が残念な結果になったら彼らが起きて世界を滅ぼすって話だったのに、わたくしひとりに全滅する程度の戦力でよく竜王族に楯突こうと思えたわね。ああ、でも、魔神もわざわざ警告してきたってことは、誰もわたくしたちの本質に気付いてなかったのね……」
それが本当であれば、人類は……天神は絶対に勝てない相手に喧嘩を売ったことになる。
勝利を約束された聖戦になると信じていたバルミナに、そんな現実が受け入れられるはずもなかった。
「嘘! 嘘! 嘘! 全部嘘よ! それならどうして神々に……私たちに対応しようとしなかったっていうの!?」
「ずいぶんな自惚れね。今ならもうわかるでしょう? ほとんどの竜王族は単に興味がなかっただけ。わたくしたちは森が平和なら、それでよかったから。でも間違いだった」
「ひっ……」
バルミナが息を呑んだ。
炎の竜であるはずのリリスルの目が蛇のように冷たかったから。
「人類の大多数は天神の用意した嘘に喜んで踊らされる、底なしに愚かで救いようのない種族だった。わたくしの中では、そういう結論になりそうね」
「ま、待って! 貴女の言う通り! 私たちは愚かだった! 人類は竜王族に降伏する! 竜王族の支配を受け入れる! だから命だけは――」
「はぁ? 今更何を言っているの? 貴女の行いでたくさんの人間が死んだのに……」
殺したのはあなたでしょう!?
そんな身勝手な言葉をかろうじて飲み込むバルミナだったが、手遅れだった。
リリスルが酷薄な笑顔を浮かべる。
「最期にわかりやすい浅ましさをありがとう。それじゃ神殿で説明した通り、シビュラ神教国は滅ぼすわね。貴女は聞いてなかったでしょうけど、さすがに聞いてませんでしたでは済まされないぐらいわかるでしょう?」
「そ、そんなことをしてみなさい! シビュラ神教は世界中で信仰されているのよ! 人類すべてを敵に回すことになる!」
「元よりそのつもりなのだけど?」
「罪のない無辜の命を犠牲にするのが竜王族のやり方ですかっ!?」
「もしかして人質のつもり? 同族を盾にするなんて、どこまでも外道なのね。弱者を食い物にしていたのには貴女たちでしょうに」
「待って、本当に待――」
「もういい」
リリスルが軽く息を吹きかけると、バルミナは松明のように燃え上がった。
「ギ、イイイイイアアアアアッ!!」
「やっぱり貴女も簡単には死なないのね。本当に面倒」
つん、とリリスルが炎に包まれた愚者の胸を指で突く。
それだけでバルミナは神核とともに爆散した。
「さて」
リリスルもはや興味はないとばかりに踵を返すと、大火事でパニックになっている人々があげる悲鳴や怒号に耳を傾け、憂いの表情を浮かべる。
「神都の残りの皆さんは、せめて苦しまないように一息で――本気の吐息で灰燼に帰すとしましょう。それが我ら竜王族の慈悲です」
こうして。
シビュラ神国の神都は地図と歴史から姿を消した。




