116.修行再開
「こーの馬鹿弟子がー!」
コーカサイアのところに帰って報告したら、しこたま怒られた。
「えっと、なんかまずかった?」
「天神とは戦うなって言っただろーが! しかも、お前がガルナドールを倒してどーすんだ! あいつはリードとラウナの最終試験にするつもりだったのにー!」
そんなこと言われても、別に戦いたかったわけじゃないしなぁ。
王子が戻ってきちゃったのは、あの人の忘れ物が原因だったわけだし。
「まあ、結果的に修行の時間が取れなくなる心配はなくなったし、まあいっか」
あ、コーカサイアがけろっとした顔で自己解決してる。
完全にいつもの姉貴だ。
「ガルナドールは本当に天神だったのですか?」
リードの質問を受けたコーカサイアが何とも言えない顔をする。
「ま、バカ弟子が見たわけだし、教えてもいっか。ガルナドールは天神ってわけじゃない。正確には天神返りだ」
「天神返り、ですか?」
ラウナが小首を傾げた。
「天神が人類と手を組んで生き残りを図ったって話は覚えてるだろ?」
そういえばコーカサイアがそんな話してたっけ。
「神の御子、でしたか。信徒が捧げた赤ん坊に天神の魂を憑依させるという話……」
「そんな忌まわしい儀式が今でも行なわれているだなんて……未だに信じたくありません」
どうやらふたりも例の資料で読んだみたいだ。
コーカサイアが忌々しそうに続ける。
「その昔、シビュラ神教は実験と称して神の御子と人間を交配させたことがあった。いわゆる神の子を作ろうとしたらしいんだが、生まれた子供はほとんどが普通の人間で、実験は失敗扱いになった。ところがどっこい、何世代か経てから天神の異能を継承する子孫が現れるようになった。そういう先祖返りのことを、竜王族の間では天神返りって呼ぶんだ。ところでラウナリース。お前の魔力を見通す瞳……なんで神眼って呼ばれているのか、理由を知ってるか?」
「い、いえ……」
あっ、それ秘密資料で調べようと思ってたやつだ!
いろいろあったせいで、すっかり忘れてたや。
「神眼が天神の異能だからだ。天神の眼だから神眼。安直だろ?」
「つ、つまりわたくしも天神返りなのですか!?」
「そーゆーことだ。フルドレクス王家には御子の血が入ってるからなー」
「そうか……かつてのフルドレクス王家は神眼を当たり前のように持っていたというが。全員が全員、天神返りだったというわけか」
リードが難しそうな顔で呟いた。
そういえば数百年ぶりぐらいに神眼があらわれた先祖帰りがラウナだって、リードが言ってたんだっけ。
ラウナがハッとして自分の胸に手を当てる。
「それなら、わたくしの体内にもお兄様と同じように神核が……!?」
「いーや、普通の天神返りに神核はないぞ」
コーカサイアはあっけらかんと否定した。
「それなら、どうしてお兄様には神核があったのでしょうか?」
「それは、あいつが神造人類の試作第一号だったからだな。シビュラの連中に疑似神核を埋め込まれて後天的な天神返りになったのがガルナドールなんだよ」
「あ、そーいえば魔法科学で体を改造したって言ってたね」
ミィルが思い出したように呟いた。
コーカサイアがうんうんと頷く。
「あいつは御子の血を引いてる人間が神造人類に改造されたら天神返りになるって、自分の身で証明したのさ」
そういうことだったんだ。
だからガルナドール王子は自分が自分のまま、天神の力をふるうことができてたんだな。
「さーて、ここで問題だ」
コーカサイアが悪戯っぽい笑みを浮かべながら人差し指を立てる。
「もしガルナドールみたく天神の血が濃いってだけじゃなくて、ラウナ……お前さんみたいな先天的な天神返りが神造人類にされたら、どうなると思う?」
「その力はお兄様の比ではなくなると……?」
「それならまだいい。最悪の場合、シビュラ神教の目指す神造人類が……天神の器として遜色ないボディが完成しちまうかもしれない。そいつに肉体待ちの天神が憑依してみろ。どーいうことになるか、想像つかないか?」
「完全なる天神の復活。すなわち天魔戦争の再来に繋がる……」
リードが自分の言葉に青ざめる。
コーカサイアは慰めるでもなく、淡々と続けた。
「バカ弟子はもう戦って実感しただろうが……天神の肉体は無敵だ。体内の神核が無事な間はどんなダメージもすぐに再生しちまう。だが、オレは天魔大戦のときに奴らを滅ぼす魔法を開発した!」
「それが大賢者のおっしゃっていた『神滅魔法』……」
ラウナの言葉を聞いたコーカサイアが鷹揚に頷いた。
「オレがお前らに期待してるのは、神滅魔法を人類の術式で使えるようにして広めることだ。もちろん簡単じゃない。だけど、それができれば……」
あー、コーカサイアの考えが何となく読めたかも。
きっと人類自身の手で天神の支配から脱却させたいんだろう。
他の竜王族に人類がまだ共存に値すると示したい……というのもあるんだろうけど。
それ以上に、人類と昔みたいな関係に戻りたいって思ってるんだろうな。
まあ……コーカサイアの理想通りになるかと言われると、正直俺にはなんとも言えない。
人類には十二賢者とか、ああいうのもいるし……。
でも、俺は人類もそう捨てたもんじゃないって思いつつある。
だって――
「やります。やらせてください」
ラウナは何の迷いもなく宣言した。
「わたくしは今まで、どうして自分が神眼を持っているのかわかりませんでした。ですが、きっとこれがわたくしの使命だったのでしょう」
「本当にわかってるか? お前たちの一生を賭けた大事業になるんだぞ。ひょっとしたらお前らの代だけでは終わらないかもしれない。その前に人類裁定が終わって、お前ら以外の人間はみんな死ぬかもしれない。それでもやれるか?」
ふたりを試すように問いかけるコーカサイア。
ラウナは何も言わず、ただ頷いた。
「我ら人類の未来がかかっているのです。むしろ命の使いどころとしては上等でしょう」
リードのほうは堂々と啖呵を切る。
「ほえ~……」
そんなふたりを見ていて、俺はなんだか不思議な気持ちになった。
うまく言えないんだけど、なんか「いいなぁ」って思ってしまったのだ。
それはどうやらミィルも同じだったらしく――
「んー、みんながやる気みたいなら、あたしも手伝ちゃおっかなー」
「ミィルさん……!」
リードが何やら感動している。
「いいんですか?」
ラウナも意外そうにミィルを見つめた。
「んー。だってあたし、神滅魔法は使えないしね!」
「「えっ!?」」
ふたりは驚いてるけど、コーカサイアはさもありなんって感じで頷いた。
「神滅魔法はぶっちゃけ竜王族でも使える奴のほうが珍しいぞ」
まあ、竜王族では竜技のほうが人気あるしなぁ。
そもそも偏屈なコーカサイアに付き合いたくないっていうのが理由の大半だろうけど。
「だから、スタート地点はいっしょ! みんなでがんばろーよ!」
「……はい!」
ラウナが少し涙ぐみながら、ミィルの言葉に頷いた。
その光景を見たコーカサイアも、なんだか懐かしそうに眺めてる。
だけど、一番嬉しそうな顔をしてるのはリードだ。
俺の傍にやってきて肩を叩いてくる。
「フッ……アイレン。ようやくお前と肩を並べて学べそうだな」
なんて言うんだろう。
リードの笑顔が本当に素敵だったから、俺も思わず笑い返していた。
「そうだな! 俺はもう神滅魔法を使えるけど、いい機会だから復習するよ!」
その瞬間、何故かピシッと部屋の空気が凍り付く音が聞こえた。
「……ほう」
ん? なんだかリードから不穏な気配が漂ってくるんだけど。
「あはは! アイレン、またやっちゃってるねー!」
「アイレンさん、本当に自覚がないんですね……」
えっ。ミィルとラウナの反応からして俺……ひょっとして、またリードの地雷踏んじゃった?
「……フフフ、そうか。だったら、お前にはせいぜい見本になってもらわねばならんな? 竜王族術式を人類術式に変えるのはお前の得意技だしなぁ……?」
「えっと、ちょっと? リード……?」
頬をピクつかせながらずずいっと迫ってくるリードに思わず気圧されてしまう。
「こーのバカ弟子ども! 修行を始める前からこれか! いやはや、今回の修行は随分楽しくなりそうだなー!」
俺たちのやりとりを眺めていたコーカサイアは、心底楽しそうに笑っていた。
ミィルとラウナも微笑ましいものを見守るような視線を送ってきている。
「そうか、私も大賢者様の弟子になっているわけだから……アイレン、お前は兄弟子ということになるんだな? これからも末永くよろしく頼むぞ、兄弟子殿?」
なんだか怖い笑顔を浮かべるリードに握手を求められて、言われるがままに手を握り返した。
……やけに力が込められてる気がする。
神滅のダンジョンのときに初めて握手したときは、こんなんじゃなかったのに。
「はは……なんでなのかなぁ?」
そんなこんなで。
ようやく俺たちは正式に神滅魔法の修行に入ることになるのだった。
第二部フルドレクス編、これにて章完結となります!
※「101.策謀する者たち⑤」が抜けていました。申し訳ありません。
割り込み投稿で挿入しましたので、未読の方はこちらからどうぞ。
https://ncode.syosetu.com/n1757gt/101/