魔族にされたけど、俺は青春を取り戻す!
最近光で火を点けられるLEDライトのCMを見ました
目を閉じているのに自分が置かれた状況が解る
ここは邪悪なる魔神を崇める神殿だ……正確には、祭壇の前に描かれた魔方陣の上、淡く光る魔石で作られた石棺に俺は仰向けに寝かされている
周囲は戦闘でもあったのか、至るところが破壊されており、おびただしい血肉が散乱している
自分が何者かも理解している……儀式で作り出された魔族だ
それもただの儀式ではない、魔王の血肉と数々の希少な贄……そして、一人の人間の生け贄を用いた大規模な儀式だ
与えられた知識を読み解くに、本来は魔王に絶対の忠誠心を持つ魂が形成され、魔王の腹心として魔神復活を阻止する人間を滅ぼす役目を担うはずだったのだが……何故か生け贄にされた人間の俺が、主人格として残っている
街で神官見習いをしていたのだが、潜伏していた魔族に拉致られたのだ
人並み外れた魔力だから目をつけられたんだろうが……灰色の少年期(修行時代)を乗り越えて、やっと人並みの生活が送れると思っていた矢先だったのに、殺されて魔族へと成り果ててしまった……
変わり果てた自らの身体も、見てもいないのに知っている
ぱっと見は背が高い黒い肌の美丈夫だが、よく見ると肌は極小の鱗で覆われ金属の光沢を放っており、肩まで伸びた茶色い髪も尋常ならざる強度を持っている
側頭部からはヘラジカのような手の平を思わせる平たい角が伸び、頭部に沿って湾曲している
顔つきは二十くらいの男前だが、只でさえ鋭い目付きなのに目の下に隈取りみたいな赤い模様まであり……子供が見たら多分泣く
総合すると、悪人顔で黒い金属の肌を持つ細マッチョだ……控え目に言って、夜道で出会ったなら悲鳴を上げる外見だな
そんな、月夜が似合いそうになった自分の姿に落ち込んでいると、厳かな声が響いた
「目覚めよ、我が最強の下僕よ」
多分俺の事を言ってるんだと思い目を開けると、漆黒の貴族服とマント姿の魔族が立っていた───刻み付けられた知識が、こいつが魔王だと言っている
見た目は黒い長髪に捻れた四つの角を持つ二十代の優男だが、これでも魔族の王にして魔神の血をひく世界最強の男だ
俺は即座に石棺から出ると跪き、姿勢を正して右手を胸にやると、魔王へと仰々しくお辞儀した
「御初に御目にかかります我が主よ」
はっきり言って忠誠心なんかこれっぽっちも無いが、ある風に装わないと失敗作だと思われて処分されかねない
こういうとっさの判断が出来るのも、教会という縦社会で生きて来た処世術の賜物だ
今はとりあえず生き残る事が最優先だ
プライド?一般人が魔王を前にして、保てる訳ないだろ!
「……肉体に不具合はないか」
「不具合ですか……」
内心ビクビクしていると、魔王が不安気に尋ねてきた
身体の調子を聞いているんだろうか?魂には俺という不具合があるけれど、身体はどうだろう?
跪いたまま身体のあちこちに力を入れて確認してみる……あれ、なんか変だ
これは正直に言っていいのか?黙っててもバレそうだし言わなきゃ駄目だよな……
俺はどうか処分されませんように、と願いながら魔王に答えた
「も……申し訳ありません、肉体と魂にズレがあるらしく…………げ、現状では……一割の力も振るえないかと」
やばい恐怖で声が震えた!
魔族は力が全てなのに情けない姿を見せてしまった、これでは殺してくれと言ってるようなものだ
だけど今さら無かったことにはできない、それにこの身体じゃ逃げる事もままならない……どうか殺されませんように、どうか殺されませんように!そう願うしか出来ない
「……」
無言で睨まれているが、俺は身体の震えを止めるのに全神経を集中させていて、それどころではない
これ以上の醜態を晒せば絶対に殺される……植え付けられた知識が、魔族ならそうすると言っている
───嫌だ、死にたくない!
呼吸さえ止めるような沈黙は、魔王が踵を返す音で破られた
「二年だ、それまでに我が腹心に相応しい力を身に付けろ……出来なければ殺す」
「御意に!!」
反射的に返事をした
遠ざかる靴音を聞きながら、こっそりと安堵の息を吐く
なんとか二年の猶予を貰えた、それだけあるなら逃げる準備も整うだろう
それにしても二年も待ってくれるなんて、もしかして魔王は優しいのか…………違うな、知識さん曰く魔族にとって二年は短いらしい、人間の感覚にしたら一ヶ月くらいか?
……魔王は優しくないな、噂通りの外道みたいだ
「いつまで全裸でボケっとしている!服くらい着ろ、この露出狂!?」
「!!」
突然の怒鳴り声に振り向くと、十代半ばに見えるちっちゃい魔族の少女がいた
ちっちゃいと言っても平均女性より頭一つ分小さいくらいなのだが……ちっちゃいでいいな、ちっちゃい黒い服を着たメイドさんだ
「な、なんだ、やんのかコラ!」
「……」
口では威勢の良い言葉を放っているが、めっちゃ足がプルプルしている
虚勢を張らないと強者に好き放題されるのが魔族なんだろうけど、見てて可哀想に思えるくらい足がプルプル震えている
「私がお前の専属メイドだオラッ!なめってっとすっころすぞコラッ!」
見た目は好みだ
褐色の肌に肩上で切り揃えている茶髪なのだが、カチューシャで前髪をアップしてオデコ丸見えなのだ、俺的には百点満点だ
ちょっとバカっぽいが元気いっぱいな顔立ちもいい、こういう子は一緒に居て癒されるからな
「お前が俺のメイドか……ならばさっさと服を持て、いつまで俺を裸でいさせる気だ」
魔族ならこうすると言ってる知識さんに従って立ち上がると、メイドを睨みながら偉そうに言ってやった
ちなみに、フルチンなのに仁王立ちして腕組みしているが、自分の身体という意識が低いので恥ずかしくない
「隠せ!その汚い物を見せつけるな!」
「男の裸を見たぐらいで赤くなるな、処女か?」
「だ、誰が処女だ!わ、私は経験豊富なんだぞ!」
真っ赤になって言っても説得力はないぞ
「そうか、なら今夜から相手をして貰おう」
「…………え?」
「俺は生まれたばかりだからな、経験豊富ならご教授願おう」
「…………」ガタガタブルブル
真っ青になって震えるくらいなら、下手な虚勢を張らなければいいのに
反省しよう……生け贄にされて魔族にされたからと言って、女の子に当たるなんてカッコ悪い
「冗談だ、お前のような小娘を相手している暇はない」
「じょ、冗談?」
「たった二年で魔王様の腹心たる実力を示さねばならないのだ、さっさと服を着せろ、鍛練に出掛けるぞ!」
「は、はいっ!」
ホッとした顔で俺に服を着せるメイドを横目に、鍛練方法を模索する
知識さんの中には軍隊を鍛える鍛練方法が載っているみたいだ、これを活用する事にしよう……今まで神官見習いだったから、こういうのには疎いのだ
……もっとも、一番肝心な魂と肉体のズレに関する情報はないんだよな、誰か知っている人間はいないのか?
聞いてみるか
「おい、俺を生み出した儀式に一番詳しい奴は誰だ?魔王様以外でだ」
「そ、それは…」
「僕だよ、名前もない腹心さん」
声に目を向けると、十歳くらいの男の子が横に立っていた
黒い肌に黒髪黒目、頭からは山羊の角が伸びている、白衣を着た生意気そうなガキだ
「誰だお前は」
「僕は君を生み出した錬金術師さ、正確には儀式を設計しただけだけどね」
「お前が……」
俺を生け贄にしたのか!
思わず口に出そうになった言葉を飲み込んだ、だけど憎しみで睨むのまでは止められなかった
「そう睨まないでおくれよ、儀式が失敗したのは僕のせいじゃないんだから」
「失敗だと」
「ああ、人間どもが神託を受けたみたいでね、天使を召還して儀式の妨害をしたんだよ」
なるほど、魔王が俺の不具合を確認したのは、儀式を完遂出来なかったからか
「そんな事はどうでもいい、それより俺の魂と肉体の齟齬を治せ」
このままじゃ逃げれないからな!
「うーん、地道に身体を鍛えるしかないんじゃないかな?」
「なんだと?」
「儀式の最中に魔族や天使がいっぱい死んだから、想定以上の魂が君を形作っているんだよ…」
「結論から言え!無駄話をしている暇はない!」
無理やり言葉を遮ってやる
こういう時に魔族の流儀は便利だ、自分オンリーな価値観だから無礼でも違和感がない
いや、この手の輩は話が長いんだよ、付き合ってたら日が暮れる
俺の言葉にガキは考えるような素振りを見せると
「そうだなー……百年も鍛えたら魂も肉体に馴染むんじゃない?」
適当な事をニヤけながら言いやがった
思わず「ふざけるな!」と言いそうになったのを、グッと堪える
「二年以内に結果を出せと言われている」
「五十倍頑張ればイケるイケる」
イケるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!他人事だと思って無茶言ってるんじゃねーよ!
これは本格的に逃げる事を念頭に行動するしかないな!
「あっそうだ、一応言っておくけど、逃げようだなんて思わない方がいいよ」
内心ギクッとしたけど、顔には出さずにガキを睨み付ける
「俺は魔王様に忠誠を誓っているのだ、そんな無様な真似はせん!」
「ならいいけど、君には魔王様の血肉も触媒に使っているからね、どこに行っても魔王様にはバレるよ」
「ふん、無用な心配だ」
マジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
逃げれないのかよ!もう身体鍛えて腹心になるしか生き延びる道ないのかよぉぉぉぉぉぉ!
───
──
─
最初の二年は死に物狂いで身体を鍛えた
人間やらなければ殺される状況だと、信じられない鍛練もこなせるもんだ
一番最初にどれだけ体力があるのかを走って調べたのだが、流石は腹心として作られた身体だ、無尽蔵な体力を持っていた
……お陰で数日間徹夜で鍛練を続けることが出来た……気絶する事も出来ない無尽蔵な体力が、憎くて堪らなかったが
剣術の訓練も行った
初めは下級騎士並の剣捌きだったが、二年も経つと上級騎士と張り合える剣術を身に付けていた
主に身体性能の差だ、筋力もそうだが動体視力がとんでもないのだ……それでも騎士団長には手も足も出ない、あれはバケモノだ
魔術の訓練は苦労の連続だった
魂が常人離れしているせいで魔力がとんでもないのだ、人間だった頃も多い魔力だったが、今は桁違いだ
初めて魔法を使った時は腕がぶっ飛んだ、この金属のような肌を持つ腕がだ!それも灯りをつけるライトの魔法でだ!ついでに城壁もぶっ飛んだ!
二年間は魔力制御だけで終わった……なんとか初級魔法と身体強化は使えるようになったが、気を抜けば身体が爆散する、ついでに周囲も爆散する
次の五年は、いつ魔王に呼び出されるかとビクビクしながら鍛練に励んだ
この頃になると二十日は徹夜で鍛練が出来るようになったので、効率が上がっている
一度寝ると丸一日は爆睡してしまうからな……無尽蔵な体力が心底憎い!
五年が過ぎる頃には、剣術では騎士団長と渡り合えるようになり、魔術では上級魔法まで使えるようになっていた
特に騎士団長と渡り合えるようになったのは嬉しかった、なにせ彼は魔族最強の剣の使い手だからだ
……調子に乗って魔法有りなら勝てると思って対戦したら、本気を出した騎士団長にボロボロにされたけどな……渡り合えるのは、通常モードの時だけみたいだ
次の十年は、魔王早く呼べよと苛立ちながら鍛練をした
……聞いてくれ、俺はついに不眠不休で鍛練できる体力を手に入れたんだ……強力な再生能力らしい……タッカー(初日にあったガキ、魔法師団の軍団長だった)が言うには、魂と身体が馴染んでやっと本来の能力が使えるようになったらしい
いらねーよ!休む理由が無くなったじゃないか!!
しょうがないから食事休憩を伸ばす事にした、リタ(メイド)にお弁当を届けさせて、所構わずイチャイチャしながら休憩している
言い忘れていたがリタには手を出している、魔族になって二ヶ月後くらいに良い雰囲気になったので、そのまま抱いた
今では夫婦同然に暮らしているのだが、鍛練の時間が伸びてお互い不満が募っていたのだ
この頃になると、騎士団長との対戦が苛烈を極めるようになっていた
常に本気モードで俺を打ちのめしに来るのだ、何度死を覚悟した事か……
しかし俺も魂と肉体の齟齬がなくなった影響か、段々とその動きにも付いて行けるようになり、ついに十年目には騎士団長から一本取れるようになったのだ
「クソがぁぁぁぁ!毎日毎日訓練所でイチャイチャしやがる男に負けたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「だ、団長ぉぉぉぉぉぉ!!」
「諦めないで下さい団長、あなたが折れたら俺らは……俺らはぁぁぁぁ!」
「こうなったら全員で掛かるぞ!一人では敵わなくとも百人でなら殺れる!」
「「「「おおおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
その日から騎士団全員との模擬戦が日課になった
それにしても、こいつらだって騎士という高給取りなのだからほとんどが結婚しているのに、ちょっと目の前でイチャイチャしただけでキレるなよ……大人気ない
……ああ、二十日に一回の休みにしか会えないのか、それはすまなかった───だけど悪いな……俺はイチャイチャを止めるつもりはない!
魔術の方も順調だ、魔力の操作も完璧になったと言っていいだろう
通常の魔法はもちろん、本来なら複数人で行う戦略級複合魔法も、俺一人で使えるようになったのだ
特に扱いが難しいと言われる時空間魔法が使えるようになったのは嬉しい
リタの為に時間停止及び空間拡張のマジックバッグを贈ったら、大変喜ばれたのだ
調子に乗って料理や洗濯に掃除が便利になる魔法が付与されたアイテムも作ってやった
ついでに騎士団には、サウナと水風呂をプレゼントした……これは俺も入りたかったからだが
とにかくこの頃には、魔法の修行の一貫で、色々な便利アイテムを作ってはバラ撒いていた
十数年も魔族と一緒に暮らしていると、こいつらも解りにくいけど悪い奴らではないと悟ったからだ
価値観こそ力こそ全てであるのは間違いないのだが、魔族の国は意外と治安が良い
最初はもっとヒャッハーな国だと思っていたのだが、実際に住んでみると住みやすい国だった
……例えるなら、強さを基準にした完璧な体育会系な縦社会だ
法律や規律もあるので、もしチンピラみたいな真似をしたら速攻でそいつらより強い衛兵に捕まる、だからバカな真似をする輩も少ない
そんな訳で俺は、周囲への好感度稼ぎにマジックアイテムをバラ撒いているのだ
ご近所付き合いや職場での良好な関係は大事だ……神官見習いの時に賄賂の大切さは身を持って知ったからな、小銭を惜しんで嫌がらせとかされたくない
ついでに魔王だが、最強なので好き勝手やってるみたいだ
魔神を復活させる為に色々やっているみたいだが、人間が神託を受けて毎回阻止しているそうだ
その影響で魔族と人間の関係は最悪だ、とばっちりを受けている民衆からは、鬱陶しいけど逆らえない部活のOBみたいにウザがられている
兎に角自分勝手で自己中な性格みたいで、不満の声しか聞かない
だいたい二年で力をつけろと言われて、もう十七年も経っているのに音沙汰がない
魔王の野郎、絶対に忘れているだろ!
───そして今日、俺が魔族になって三十五年目がやって来た
いい加減待ちくたびれた俺は、謁見の間の扉を乱暴に開けて魔王に詰め寄った
良い身分だ、魔王は王座に座って昼間っからブランデーを飲んでやがる
俺が突然入って来たのに余裕の表情だ、余程自分の力に自信があるらしい
「何者だ、名を名乗れ」
気だるげに聞いてきた声に、俺は激怒の叫びで答えてやった
「名前なんかねーよ!!てめぇーが名付けずに放置したんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔族は親が子供に名付けるのが通例だ、そして魔王の儀式で生まれた俺は魔王の息子みたいなものだ
親が死んでいたり捨てられているなら勝手に名前を付けてもいいのだが……こいつみたいにただ放置していた場合は名付けられない!
この国では魔王は絶対的な存在なのだ、そんな奴に無断で名前を付けられるはずがなかった……便宜上『ジョンスミス』と呼ばれているんだぞ!
「声を抑えよ、我はお前など知らぬ」
「本気で忘れてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
叫びと共に、右手から上級火炎魔法を放ち魔王を包み込む
岩すらも溶かす極炎が周囲をマグマに変えるが、魔王は炎の中から悠然と歩み出た
「ほぉ、我に戦いを挑む者がまだ居たとはな……よかろう、相手をしてやる」
無傷だ……高火力の魔法を受けも魔王は意にも介さない
これが長年魔王の座に居座っていられる理由だ……こいつは魔神の血を引いている為に、魔法に対して絶対的な防御力を持っているのだ
「ほざけっ!」
無防備に立ち上がる魔王に、剣で斬りかかった
だが……ガキンッ!
まるで鉄塊を切ったかのようや手応えを感じた
魔王が纏った魔力によって、城壁すら切り裂く俺の剣でもかすり傷しか付けられない
「どうした、それが限界か」
魔王が落胆したかのような眼差しになった
まるで楽しみにしていた余興を観に行ったら、つまらなかったかのようだ
「う、うそだろ……」
魔王の余裕に反して俺は、ワナワナと震えながら後悔していた
こんなのって有りかよ……俺の地獄の訓練が、無駄だったと言うのかよ……
「もう終わりか、ならば死ね」
魔王の右手に闇が集い、一振の剣へと姿を変える
全てを切り裂くと言われている魔剣だ、それを無造作に振りかぶり……俺に向かって振り下ろした
バギャンッ!
俺の渾身の右手ストレートが魔剣を粉砕して、そのまま魔王の顔に突き刺さる
魔力で防御しているなら、それ以上の魔力で強化したら済む話だ……今までので判った、こいつの魔力は俺以下だ、強さも想定以下だ
「予想以上に弱いじゃねーか!この程度なら十年前には倒せてたぞ!!」
「グハッ!」
怒りに任せてローキックも叩き込む、倒れた所にフライングニーを顔面に落とし、最後にサッカーボールキックでぶっ飛ばして壁にめり込ませた
地獄の訓練十年分は余計だった!!
何が魔王は騎士団長の俺より遥かに強いだ!せいぜい強さ的に騎士団長のちょい上くらいじゃねーか!
あれか?毎日訓練してる団長と、毎日酒飲んでダラダラしている魔王の差か?いつの間にか実力が縮まっていたのか?
壁に埋まった魔王を引っこ抜いてやる
「十年も無駄に鍛練させやがって、絶対に許さん!」
「な、なんの話だ」
困惑する魔王に、俺は右手に光魔法を収束する事で答えてやる
光魔法と言ったが、これは正確には照明魔法だ……初日に俺の腕を吹き飛ばしたライトの魔法だ
「これは不眠不休で鍛錬した俺の分!」
「ガハッ!」
魔王の魔法防御を打ち破り、怒りの拳が顔面に突き刺さる
予想通り魔王も光属性には弱いみたいだ
「これはリタとイチャイチャ出来なかった俺の分!」
「まっゴホッ!」
ボディーブローを叩き込み、浮かせた隙に右足に大光量スポットライトの魔法を収束させる
「そしてこれが近所のおばちゃん達から、あなた毎日トレーニングばかりしてないでちゃんと働きなさいよ、と言われ続けた俺の分だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ボッ!
音すら置き去りにして、魔王を天井まで蹴り上げた
見上げながら練るのは戦略級魔法、閃光のような光が両手に集ってくる
「消えて無くなれクソ魔王……この照明魔法でな!」
「しょ、照明魔法!?」
「世界に光あれ!戦略級魔法……デッドエンドダークネス!!」
「照明魔法などでグワアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
放たれた膨大な光の奔流が魔王を飲み込み、全てを光へと還していく
強すぎる光はそれだけで暴力なのだ……目を焼き肌を焼き、闇を蹂躙する
魔王は必死に闇の魔力で防御しているようだが、俺が放った光の魔法は易々とその障壁を喰らい尽くし、天井ごと魔王を消滅させていった
上空の全てが光と共に消えた後には……雲すら吹き飛ばし、青空のみが広がっていた
……虚しい、俺はこんな奴の為に死に物狂いで訓練を続けていたのか……
パチパチパチパチ
「おめでとう、今日から君が新しい魔王だ」
「タッカーか……」
声に振り替えると、謁見の間の入り口に白衣のガキ……タッカーがニコニコと佇んでいた
感傷に浸る暇も与えてくれないか
「さあ、これからどうする?今の君なら世界すら征服出来るかも知れないよ」
「…………」
嬉しそうに言っているが、その目は笑っていない
全てはこいつの予定通りなのだろう……今まで何度も考察したが、この考えで間違いはなさそうだ
「どうしたんだい?」
「いや……先ずは祝賀会だ、呼べる奴らを全て呼べ、新しい魔王の誕生を祝って貰うぞ」
「……分かった、準備しよう」
歯切れ悪く踵を返したタッカーを尻目に、俺は早速行動に移す
とりあえずは金だな、三十五年分の給金と慰謝料を貰うのは当然として、色々とめぼしい物は貰っておく
後は騎士団長に、人間との和平を進めるように言っておこう
さあ忙しくなるぞ、時間は祝賀会までしかないのだからな!
───
──
─
その夜、壊れた宮殿前の広場で、盛大な酒盛りが始まった
酒盛りだ、人間のように優雅なダンスパーティーなどはしない、魔族流は無礼講で騒ぐのが常識なのだ
乾杯の音頭も待ちきれず、そこらかしこから笑い声が響いてくる
もう飲んでいるみたいだ、まったく……一応俺が主役なんだから、お祝いの言葉くらい言ってから飲めよ
そう思っていたら、リタが俺を見付けて抱き付いて来た
そうだな……俺にはリタさえ居れば、それだけでいい
こいつが居なかったら、俺はとっくの昔に心が折れていただろうからな
「やったねジョン、魔王になったんならもう訓練しなくていーんだよね!」
「ああリタ、もう徹夜で鍛練なんかしないぞ、これからはずっと一緒だから覚悟しとけ」
「うん!」
嬉しそうに頷くリタに、俺はキスをする
そうとも、俺は青春を謳歌するんだ!今までマトモに人生を楽しめなかったのだ、これからは思いっきり自分勝手に生きてやる!
リタとチュッチュッしていたら、馴染みのある顔がゲンナリしながらやって来た
「また堂々とイチャ付きやがって……魔王になってもそこは変わらねーんだな」
「騎士団長か……悪いな、これから大変だろうが頑張ってくれ」
「大変?ああ、人間との和平の話か、あれなら前以て準備しといたからな、それ程でもないぞ」
すまん、大変なのはそれじゃないんだ
「そうか、それなら任せても安心みたいだな」
「おお、お前ならあのクズを倒せると信じていたからな、根回しは完璧だ」
ちなみに俺の方も根回しは完璧だ
こいつやタッカーにバレないように準備するのには時間が掛かったけど、新居の準備まで済んでいる
「なら乾杯だ……新しい魔王に」
笑顔でジョッキを掲げると、騎士団長もそれに応じた
「ああ、新しい素晴らしい魔王に!」
二つのジョッキが高らかに打ち付けられる
「乾ぱ…」
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
乾杯と同時に、俺は盛大に後方へと吹っ飛んでやった
きりもみ回転しながら壁に突っ込む、突っ込んだ瞬間に爆発魔法で周囲も破壊しておく
我ながら見事なやられっぷりだ、これなら信憑性も高いだろう
「………………は?」
騎士団長が成り行きに付いていけない内に、止めを刺しておく
瓦礫を押し退けてヨロヨロとみっともなく這い出ると、騎士団長へ向かって言ってやった
「ま、まさか俺を一撃で倒すとは……降参だ、今よりお主が新しい魔王だ」
「え?」
未だ話に付いていけないようなので、俺は大声で告知する事にした
スポットライトの魔法で騎士団長を照らし、ついでに幻影魔法で空中に騎士団長の映像も映し出す
「新しい魔王の誕生だぁぁぁぁ!騎士団長を祝えぇぇぇぇぇぇ!!」
《新魔王爆誕!?》とテロップを出してやると、盛大な歓声が撒き起こった
「「「「おおおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
半分はサクラとして雇ったやつらだ
「待てやコラぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
すかさずサクラ達が騎士団長……新魔王様をわっしょいわっしょいと胴上げしながら連れて行く
釣られて他のみんなも新魔王様をもみくちゃにしている、良い具合に酔っているので乗りがいい、新しい魔王の誕生を全力で祝っているようだ
一人魔王様だけが喚いているが気にする人間はいない
「これが君の選択かい?」
やりきった感で胸がいっぱいなっていると、不躾なガキが声を掛けてきた
またいつの間にかタッカーが横に居たのだ、ニコニコと本当に嬉しそうな顔をしているが、不気味な存在だ
「ああ、俺は隠居する……ただ強いだけでは魔王は勤まらないからな」
「そんな事はないよ、僕は君なら良い魔王になれると思っていたんだから」
その言葉には嘘は無いのだろう……だが本当の事も言ってない
こいつは初めて会ったその日から、いくつもの秘密を隠している
───俺はずっと不思議だったのだ、自分という人格が残って居ることに
強力な魔族を生み出す儀式は失敗した
それで不完全な魔族が生まれたのなら分かる……だが実際には、肉体的には何の不具合もなく、想定より遥かに強い、魔王すら上回る魔力を持ち、生け贄の人格が残っている魔族が生まれたのだ……都合よく魔王への忠誠心だけ失くしてな
余りにも出来すぎている
これではまるで魔王に対抗する魔族を生み出しただけではないか!
「柄じゃないな、それに俺はリタと静かに暮らせればそれでいい……安心しろ、他国から攻められたら防衛には協力する」
「…………君は一つ勘違いをしているようだね」
勘違い?まさか……用済みだから消すとでも言うのか!
───増長し、魔神の復活を企てていた魔王のように!?
俺は魔力を全開で纏いタッカーを睨み付ける、全神経を総動員して周囲を警戒する
───やっと灰色の修行生活が終わって、今度こそ幸せな生活を送れるんだ!もう、お前の掌の上には居られるか!!
一触即発の空気の中、それを意に返さずにタッカーは微笑んだ
「僕に君を害する力はないよ」
「ハッ、どの口が言う……俺のような存在を隠して育てていても驚かないぞ」
「買い被りすぎだよ」
ニコやかに言っているが、こいつは否定していない
絶対に俺を倒す手段を持っているはずだ、この余裕が何よりの証拠なのだから
「ならば退け、お前には言いたい事が山程あるが、俺とリタに手出しさえしないと約束するならば、俺は何もしない」
「……いいよ約束しよう、僕もこの国も君達には一切手出しをしない、君が世界に喧嘩を売らない限り、僕と魔族は君の味方だ」
タッカーは意外にもすんなりと一歩横に退いて道を開けた
俺は警戒を解かず、タッカーに最後の質問をぶつける
「お前の目的は何だったんだ……俺を利用して魔王になる事ではなかったのか」
「ぷっ、あははははははははははは」
盛大に笑っている所を見るに違うみたいだ
だけど笑われるのは腹が立つ
「おい、笑っていないで答えろ」
「あはははは、違うよ、僕の目的は魔神復活の阻止だけだよ、君は魔神が復活したらどうなるか知っているかい?」
「……魔族の世界征服が叶うのではないのか」
そう魔王は説明していた、魔神の力で魔族を強化出来るらしい
「違うよ、魔神が復活したら…………世界は魔神と神々の戦いによって滅びる」
「!!」
「遠い昔に魔神が復活した時、世界は一度滅んでいるんだ……僕はその時代を生き延びた数少ない一人さ」
「…………」
「別に信じなくてもいいよ、だけど覚えておいて欲しい……僕は魔神を復活させようとする人間を………………絶対に許さない」
底冷えするような眼差しに、俺が纏っていた魔力は霧散した
それは絶対たる覚悟、揺るぎなき信念を宿した眼だった
「……覚えておこう、お前を敵に回したくはないからな」
正直世界が滅びるよりも、こいつが敵になる方が怖い!
タッカーは俺の返答で目力を弱めると、またいつものようにニコニコと笑顔を作った
「話はそれだけだよ……それより早く逃げなくてもいいのかい?新しい魔王様がやって来るよ」
「ゲッ、揉みくちゃにされながらこっちに向かって来てやがる!リタ行くぞ、準備は出来ているだろうな!」
「もっちろん万全だよ、ご近所さんやジョンの職場にも挨拶を済ませてるもんね」
「よくやったリタ、では行くぞ」
「私たちの新婚生活へ、レッツらゴー!」
元気いっぱいの掛け声を合図に俺は飛行魔法を発動させると、リタをお姫様抱っこして空へと飛び立った
目指すは魔族の国の外、迫り来る魔王の手が届かない場所だ!
「覚えとけよぉぉぉぉ!」
新魔王様の叫びが聞こえたが、覚える気はない
俺はこれからも忙しいのだ、今まで味わえなかった青春を取り戻す為に全力を尽くすのだからな
悪いが魔王はそっちで頑張ってくれ、そんな大任は青春には不必要だ
「先ずは行けなかった新婚旅行からだな」
「海!山!南国!北国!ヒャッホー!」
ハイテンションで首に抱き付いてくるリタに向かって微笑む
三十五年も苦労させたからな、今日からは思いっきり甘やかしてやるつもりだ
さぁ忙しくなるぞ、なんと言ってもこれからは夜は眠るんだからな、使える時間が今までの半分だ!
───
──
─
大陸の中央に位置するソレマ王国、その王都は大陸最大の学園都市でもある
人種身分年齢を問わず広く門戸を開くこの学園には、今年も多くの新入生が集った
人種を問わないと言ったが、魔族は少ない
二ヶ月前に和平が結ばれるまで国交が無かったのだから仕方ないのだが、現在とても目立っている
高等魔法科の教室に入ったのだが、注目の的だ
周囲から憎々しげな視線が向けられているが、彼らは魔族イコール悪だと教わっているのだろうか
迷惑な話だ、魔神復活を目論んだバカのせいで誤解が広まっている
───教えてやるべきだな、魔族は悪ではない……体育会系だと!
「おい、ここには魔族の席はないぞ」
決意を固めていると、貴族っぽい竜人の男の子が因縁を付けて来た、後ろにも数人の男女が集まって居る
嘘だろ……全員まだ十五歳くらいなのに俺の顔を見ても泣かないとは、なんて良い子達なんだ!
魔族の国を出て以来職質してくる兵士以外に話しかけられたのは初めてだ、とりあえずハグしとくか!
「俺の名前はジョンスミスだ、こいつは妻のリタ、仲良くしてくれ」
「抱き付くな!くそっ、こいつ非常識に力が強い、引き剥がせない!」
「よろしくー!ねえそっちの女の子は獣人さんだよね、モフモフさせろー!」
「え?あかん、シッポは止めてーな!耳もダメ!服の中に手を入れんといてー!」
「この二人ヤバいぞ、逃げろ!」
「魔族ってこんなやつばかりなの!」
「知るか初めて会ったんだから、でも聞いてたのと違う!」
「私の魔族のイメージが……」
教室にいる全員に自己紹介がてらハグして回ったら、途中から追いかけっこになってしまった
だけどこういう遊びは初めてでだったので、童心に帰ったようで楽しかった
「うむ、全員に挨拶したな」
「いい所だねー、みんな可愛いから私ここ好き」
リタも楽しめたようだ、毛だらけになった笑顔が眩しい
二人揃って満ち足りた顔をしていると、最初に話し掛けたて来た竜人の男の子が指を突き付けた
「なんなんだお前ら、魔神を崇拝する魔族のくせに、フレンドリー過ぎるだろう!」
ぷりぷりと怒っているが、俺とリタは顔を見合わせて困惑する
「リタ……魔族で魔神を崇拝してる者が居るのか?初耳なのだが」
「居るわけないじゃん、あの魔王が勝手に国教にしてたけど、お参りしてる人とか見たことないよ」
「は?」
凄いなあの魔王、信者もいないのに国教にしていたのか
そして俺らは魔神を崇拝してると思われているみたいだ、それなら睨まれていたのも理解出来るが……誤解は解いておこう、俺が魔神を崇拝してるとタッカーの耳に入ったら洒落にならん
「勘違いしているみたいだから言っておくが、魔神を崇拝していたのは先々代の魔王だけで、俺達二人は勿論、魔族にも信者はいないぞ」
「な……そんなはずは」
「本当だよ、魔神を崇めよーってウザかった魔王も、ジョンが倒してくれたしね」
「ああ、俺が照明魔法で滅ぼしてやったからな」
「照明魔法で倒せるか!」
「倒せる倒せる、ジョンやっちゃって!」
「任せろ、『ライト!』」
右手からレーザーが飛び出し、窓を撃ち抜くと空へと消えて行った
「さっすがジョン、今日も絶好調だね!」
「それはライトじゃなくなくないか!!」
失敬な、まごうことなきライトの魔法だ
「そんな事よりも、今日は帰りに遊びに行かないか?」
「だから何でそんなにフレンドリーなんだ!そんな事で済ませるな!だいたい魔王を倒したって…………ああああー、突っ込み所が多過ぎて突っ込みきれない!!」
「落ち着きなよー、獣人ちゃんをモフモフする?癒されるよ」
リタが近くにいた獣人の女の子を男の子に差し出した
「堪忍して下さい、殿方にモフられるのはあきまへん!」
「しないよ!何なんだお前ら……本当に何なんだ!」
何と言われても困る
俺とリタは意図せず、声を揃えて漏らしていた
「「ごく普通の魔族」」
「これが普通なのか!?」
驚愕する竜人の言葉に笑みが溢れた
そう普通だ、俺とリタは普通に学園へ通い、普通に青春を謳歌するんだからな……普通でなくては意味がない!
例え周りが俺達を異常だと思っても関係ない
そんな色眼鏡は全力で無視して、普通だと言い張ってやる!
俺はもう覚悟を決めているのだ、力を一切隠さずに全力全開で人生を楽しんでやるとな!
三十五年もの鍛練の鬱憤、晴らさずにはいられない!!
「元人族で新婚三十五年目の先代魔王だった人造魔族だ、これが普通でなくて何が普通だ」
「だから突っ込み所が多過ぎると言ってるだろうが!!」
喚きながらもちゃんと会話をしてくれている
こいつ面白いな、いい友達になれそうだ
「それより親友、オススメの本や店を教えてくれ、娯楽に飢えているんだ」
「親友と呼ぶな!娯楽でも何でも教えてやるから、俺を巻き込むのは止めてくれ!」
「この子毎日からかっていた騎士団長に似てるね……あ、今はジョンが押し付けたから魔王様だったっけ」
リタの何気ない言葉に、男の子の顔が青ざめた
「すまん、本当に俺が悪かったから許してくれ、もう二度と魔族だからと差別しない!」
「そんな事より名前を教えてくれ、親友が出来たと国に報告したいからな」
「いいアイデアだね!きっと騎士団総出で新しい仲間を祝ってくれるよ」
「勘弁してくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
入学初日から幸先がいい、おもちゃ……もとい、親友が出来た
当初の予定では、最強の俺が学園でヒャッハーするだけのつもりだったが……気に入った人間を振り回して遊ぶのも面白いかもしれない
彼は貴族みたいだから、無理矢理功績を挙げさせて爵位を上げさせようかな
きっと泣いて喜んでくれるだろう
嬉しい誤算だ、俺の人生は予想以上に楽しそうだ
最強主人公が自重しない学園生活って楽しそう