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十八歳・ふたりの限りなく透明な季節  作者: 香月よう子
第一章・戸惑える一学期
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十七歳・残された日々(8)二度目の打ち明け話

「玲美」さんに続く、彼の二度目の打ち明け話を聞きながら、私は何となく言葉を作れずにいる。

 彼は私に話して聞かせているというよりは、むしろ唯、独り言を呟いているような気がした。


 彼の持つ影は、玲美さんの「死」だけに依るものではなかったのかもしれないと、初めてそう思った。

 中学時代、奔放に振る舞いながらも彼は淋しかったのかもしれない。

 そして、それは多分、今もまだ続いているのだろう。

 だから彼は、夜の盛り場を彷徨い、その空虚さを紛らわせようとしているのか。

 ましてや、最愛の彼女もまた自分を置き去りにして逝ってしまった彼の心中は、計り知れないものがあって当然だったんだろうか……。


「神崎んとこはアットホームしてんだろ」

「うん? うちは普通、なんじゃないかな」

「躾の行き届いたいいとこのお嬢さんって感じするよ。神崎さんは」

「私が? 冗談! おきょうのような資産家令嬢じゃあるまいし」

「そういう俗っぽいんじゃなくてさ。カタイってゆーかさ、なんとなく。犯しがたい品がある。なんたって、済陵の誇る才色兼備。才媛「神崎女史」だもんな」

「そ、そんなことないわ! わ、私は……」

 私は、その私が一番嫌いな単語を聞いて、動揺し、懸命に彼の言葉を否定しようとした。

 しかし、言葉が上手く紡げない。ただ狼狽し、内心の動揺を抑えようとするけれど、それは徒労だった。

「そんなムキになるなよ。そんなんがすげえ神崎らしいって、思ったりして」

 そう言って彼が笑う。

 そんな彼から、つと視線を外した私は一言呟いた。

「やっぱり。私って、マジメすぎるのかな……」


 それは、中学以来ずっと私のコンプレックスの素となり、絶えず無意識に私を苛んでいる想いだった。

 タイを緩め、スカート丈を短く制服を着崩して、可愛く外見を装ってみたりなんかして。

 私もフツーの女の子なんだからって自己主張してみても結局、それは虚しい抵抗に過ぎないようだ。

 成績をどん底まで落としてしまった今でさえも、人は私のことを「優等生」と呼ぶのだろうか……。


「マジで悪いことなんかないじゃん。俺なんて、不真面目の極致だったからさ。後悔してるよ。生活習慣なんかそんな急には変わんないし、受験ベンキョーだってどこから手ぇつけていいかわかんねえ始末だしさ。そういうのって情けないぜ」

 彼は言う。

「神崎はそれでいいと、思うよ」


 何気なく呟いた彼のその言葉を、何故彼がそんなことを言ってくれるのか不思議に思いながらも、私は無言のままその温かみを噛みしめている。

 常に他人の目を無意識のうちに意識し、他人から見た自分というものに怯えている私にとって、その言葉は、どんな愛の言葉よりも私の心に響くものであるかのようだった。


 他人を通して自己を評価し、認識する。

 もしかして、私はまだ真の自我を確立できていない、不完全極まりない人間であるのかもしれない。


 氷が溶けて水っぽくなってしまったアイスコーヒーをストローでかき混ぜてみたりしながら、クッションを背に、隣でやはりベッドに寄りかかったままいつの間にか音楽雑誌に目を通している彼の姿に、ちらりと視線を投じてみる。

 彼はもう自分の世界へと入り込んでいた。

 私はなんとなく手持無沙汰になって、この空間に自分がいることを、今更ながら不思議に思っていた。


 八月葉月に入った今日から私は、あの暑苦しい制服を脱いで、白いV首の前開きブラウスに淡いピンクのシフォンロングプリーツスカートという軽装でやはり朝早くに家を出ていた。

 前期課外は終わったものの、休む間もなく予備校通いというわけだ。

 受講するのは朝九時からの難関英語90分と11時からのセンター試験対策数学60分。

 午後はクーラーの効いた自習室で、閉館まで詰めて勉強する計画だった。

 多数の受験生の中にいれば嫌でも勉強せざるを得ないだろうと考えて実際、講義終了後正午までは、溜めている添削課題などを解き、しっかり受験生していた。


 ところが。

 英語の授業が終わり、教室を出た私をその正に予想外の出来事に遭遇したのだ。

 そこには、真夏の太陽を遮るように、濁った暗いカーキ色の迷彩柄Tシャツを着た守屋君がそこに立っていたのだ。

 確かに、特待生試験のBコースに通ったことを彼に報告した時、この授業を受講することを彼に話してはいたし、彼がここの夏期講習を受けることは知ってはいたけれど。

 まさか、彼が私を待っていてくれるなんて……。

 私はその事態を把握するのに、たっぷり数秒は要したのだった。



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