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十八歳・ふたりの限りなく透明な季節  作者: 香月よう子
第三章・透明な二学期
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十八歳のアニバーサリー(4) たゆたう夕べ

「でも……本当にいい誕生日だった」

 しみじみと私は呟いた。

「そんなに三澄みすみの海はお気に召した?」

「うん! 最高だった!」

「来年もこうして過ごせるといいな」

「来年は私達、どの街にいるのかな……」

「東京だろ」


 彼のその言葉にごくりと唾を飲み、私は切り出した。


「そのことなんだけど。私……大阪浪速大学受ける」

「え?!」

「今のままじゃ東応大、無理なの。現役で合格したいから。もう志望校はっきり決めないと……」

 私は言った。

「守屋君はやっぱり、東京志望なんでしょ?」

「それは……」


 彼は絶句し、困惑して本当に難しい顔をした。

 守屋君……無理もない。夏以来、ずっと東京の私大目指して頑張ってきたんだもの。もっと早く相談すれば良かった。なのに、私が中途半端な自尊心プライドで、打ち明けなかったばっかりに……。


「……神崎は。本当に大阪志望なのか?」

「うん……」

「なら。俺も関西圏の大学……考えてみるよ」


 彼は、フッと溜息をついた。

 私は慌てて言った。


「無理して私に合わせる必要ない。そんなことで大学決めちゃダメ! 東京の大学と関西の大学に進むんじゃ、将来が全然違ってくる。守屋君には守屋君の将来があるんだから……」

 そこまで言って、しかし私は言葉が途切れた。

 私が大阪、守屋君が東京の大学に進んだら、私達、どうなってしまうんだろう……。


 涙ぐむ私を前に、守屋君が呟いた。


「俺には。神崎の方が大事だよ。お前さえいれば、東京でも関西でも俺には変わらない」

「でも……」

「本当にしみじみ思うんだ。お前を好きになった俺の直感は間違ってなかった、て。お前ほど波長ウマの合う女の子はいないよ。一緒にいてすごく楽だし、楽しいし。何て言うか、物事の感じ方、価値観もすごく似てる。大学も同じ街で、同じ時間を共有したい。心からそう思うんだ」

 彼の優しいまなざしを感じながら、私は目を伏せ噛みしめるように呟いた。

「私も……守屋君と一緒にいると、すごく幸せ」


 守屋君……。

 私は、改めて彼の目を見つめて呟いた。


「私を抱いて」


 それは小さな呟きだったけれど。

 それが私の「決意」────── 


「神崎……」

 彼が驚いたように、目を見張った。

「あの夏休み以来ずっと考えていたの。守屋君に応えたいって」

 彼は無言のまま、ただじっと私の瞳を見つめている。そんな真摯な彼に私は、言った。

「十八歳だもの。今日は記念日アニバーサリーよ。私自身、忘れたくないの。今日のこの一日を。ずっと、一生……」

 その静かな瞳で尚、彼は私を見つめていたけれど、左手でゆっくりと軽く私の頬に触れた。

「顔、紅いよ」

 そして、右手に触れた。

「指もこんなに震えてる……」

 私は内心を見透かされているようで、真っ赤になった。

 本当は、怖い。

 これから始まることに、私は本当についてゆけるんだろうか……。



 でも────── 



「あなたのものにして……」


 私は彼の逞しく広い胸に顔を埋めた。

 彼はまだ暫し逡巡していたけれど、私の涙溢れてくる瞳を見つめると、


「純子」


 初めて私の名を呼び、そして、そっと私の口唇くちびるに触れた。

 軽く、ソフトに、口唇くちびるをついばむ。私を優しく、そっと静かに扱ってくれる。

 彼に触れられ、私は躰の奥底から自分が女であることを感じてゆく。

 それは自分を識ることだった。


 何もなにも考えられず

 沈みゆく意識のなかで

 さざなみのようにゆるやかに

 せせらぎのようにひそやかに

 ただ、たゆたっている

 たゆたっていく

 たゆたっていった……


 その夕べ。


 私はごく自然に女になった。

 誰より愛する人の腕の中で。



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