狼男に食べられしは魔女の耳(後編) ☆
厳かな儀式の挨拶が終わると、いよいよ栄火長が中央の火床に点火した。
「うわぁ……」
思わず感嘆の溜め息が漏れた。
焚き火の炎が大きく燃え上がり、夜の闇が迫りくる辺りを煌々と明るく照らす。
それは、期せずして感動的な瞬間だった。
「生徒の皆さん、共に『燃えろよ、燃えろ』の歌を歌いましょう」
『火の司』役の言葉があり、校庭に放送部による『燃えろよ、燃えろ』のBGMが流れ始めた。
” 燃えろよ 燃えろよ 炎よ燃えろ
火の粉を巻き上げ 天まで焦がせ……"
定番の歌を小さく口ずさみながら、私は小学生の時の夏休みを思い出していた。
YMCAの子供キャンプに参加してキャンプファイヤーを体験した。それは、幼い頃の夏のきらきらと輝いていた懐かしい良き想い出。
「これで『点火の儀式』を終わります。生徒の皆さんは『終了の儀式』まで節度を保って、各自自由に楽しんで下さい」
生徒会役員によるキャンプファイヤーの『点火の儀式』が厳粛に終わった。
周りがにわかに活気を帯び、賑やかになる。
じっと炎に見入っている者もいるが、大半は仲良し同士で喋ったり、早くもお菓子をぱくついたりしている者もいる。
コーラやポカリなど甘いジュースは好きじゃない。烏龍茶がなくならない内に早めに飲み物とお菓子をもらいに行こうかなどと考えながら私は、天までも昇るような幻想的で美しい炎を見つめていた。
その時。
「神崎」
背後から声をかけられ、振り向くと、
「守屋君」
彼が立っていた。しかし一瞬、私は目を瞬かせた。
「守屋君…そのコス……!」
彼は大きく胸元が開いたVネックのアイボリーのトレーナー姿だけれど、問題は……。
「眼鏡、久しぶりじゃない。それに、その……キャップ……」
彼は二学期に入ってから愛用の茶色の薄いフレームの眼鏡をかけて来ることはたまにしかなくて、今日は二週間ぶりくらい。
最近では彼の素顔はかなりのイケメンということが知れ渡り、女子達に騒がれている。私は正直、心中穏やかではない。陰を湛える落ち着いた大人っぽい彼に眼鏡はよく似合っていて、私はそんな眼鏡男子の彼のルックスが好きだ。
しかし、目を引いたのはその眼鏡だけじゃない。
彼は頭に狼の耳をしたもふもふの帽子を被っているのだ。
「案外、似合うだろ」
いつも通りクールな、やはり私の好きな低いテノールの彼の声……。
私はそっと上目遣いで彼を見上げた。Vネックから覗く彼の引き締まった鎖骨と首筋は逞しい。それはセクシュアルな男らしさを感じさせ、私は慌てて目を逸らす。
茶色いフェイクファーの両耳がピンと立った『狼男』の帽子は野性的で、彼の言う通り存外、彼によくマッチしている。
しかし、ハッと自分が魔女コスをしていることを意識して、私は思わず俯いた。
殊更強調するようにウエストを絞ったミディフレアーワンピ姿がやけに何だか恥ずかしくて。
黒いとんがり帽子を被ったいかにも『魔女』だなんて、童話に出て来るように意地悪く見えないかな……。
「何、黄昏れてんの?」
その時。
脚の長いスリムの黒いヴィンテージジーンズを穿いた彼は、ポケットに左手を突っ込んだまま、鋭角に曲げた右手で私の魔女帽子の広いつばをクイと上げた。
ぼ、帽子クイ……!?!
私はとっさに無意識で胸を両腕でかばった。躰は強張り、ろくに言葉も出ない。
そんな私を彼は軽く抱き寄せると、
「狼男だからって、取って食いやしないよ」
耳元で囁いた。
彼のその言葉にボン!と私の顔は赤らんだ。
「守屋君が言うと……冗談に聞こえない……」
小さく呟いた私のその言葉を耳敏く聞きつけた彼は、
「俺はよほどお前にとって危ないオトコなんだな」
そう言って、クッと笑いをかみ殺している。
「そ、そんなんじゃないもん!」
そんな会話を交わしている内に、気がつけばもうとっぷりと陽は沈んでいた。
全米チャートインの洋楽が程良い音量でBGMに流れていて、キャンプファイヤーの雰囲気を盛り上げている。焚き火の炎が赤々と辺りを照らすけれど、夜目には暗い。
他の生徒達の中にも、ふたりきりで寄り添い焚き火を見つめているカップルがちらほら見受けられる。
それは、とてもロマンティックなひとときだった。
そして──────
「神崎」
「守屋、君……」
彼が上背をやや屈め、私の魔女帽の陰に隠れるように私の耳元で低く囁いた。
「好きだぜ」
燃えさかる焚き火を背に夜の闇に乗じて、魔女コスに身を包んだ私は狼男の守屋君に、紅く染まった右の耳たぶをそっと食べられた。
作中挿絵は、汐の音さまより頂きました。
汐の音さん、素敵なイラストをどうもありがとうございました!




