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十八歳・ふたりの限りなく透明な季節  作者: 香月よう子
第三章・透明な二学期
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転校生は風の如く(3)トライアングル・バトル!

 その日も化学の授業が終了して、教室に帰ろうとした時、

「ああ、神崎。準備室に前の授業で使った試薬がそのままになっているから、済まないが片付けてくれないか」

 と、化学の津田(つだ)先生から声をかけられた。

「わかりました」

 そう言って準備室に向かおうとした私に、

「神崎さん、僕も手伝うよ」

 例によって、三城君が声をかけてきた。

「純、私は今日、ピアノだから手伝えないけどいい?」

 お杏が横目で三城君を軽く睨みながら、そう言った。

「大丈夫」

「じゃあ、また明日ね」

「ばいばい」


 そして、私は三城君と二人で、化学準備室のテーブルに置きっぱなしの試薬の瓶を片付け始めた。

「えーと。これは……こっちの棚でいいのよね」

 ひとつひとつ薬品名を確かめながら、慎重に片付けていた。……つもりだった。


 ところが。

 ふとしたはずみで、私は瓶を落としてしまったのだ。

 その瞬間!

 薬品が足元で小さく発火した。

 その火をとっさによけようとして、バランスを崩した私は、床に背面から転倒したのだ。


「神崎さん!!」


 三城君が即座に足先で鎮火して、私を抱き起こした。私は頭を打っていて意識がおぼつかない。彼は、そのまま私を両腕で抱え上げようとする。

「だい……じょう、ぶ……」

 そう呟き、必死で姿勢を保つ。

「大丈夫じゃないだろ!」

 いつも穏やかな彼が気色ばんでいる。

 でも、お姫様だっこだなんて……。二年生の時、守屋君にされてどれほどいたたまれない想いをしたか。

「大丈夫、だから……」

 私の拒絶の意思が固いのを察してか、

「じゃあ。ゆっくり。力を抜いて」

 彼は落ち着いてそう言うと、床に倒れている私を胸に抱いたまま、じっと私の意識が正常に戻るのを待っていてくれている。


 三城君……。

 守屋君じゃない。

 彼は「守屋君」じゃないのに……。

 どうして私はこんな気持ちになるんだろう。


 混濁した意識の中で、私は脳髄のどこかひそやかに冷めた一点から自分の想いを見つめていた。



 どのくらいそうしていただろう────── 



「三城君。もう本当に大丈夫だから」

 ようやく落ち着いてきて、私は彼の胸元から離れようとした。

「三城、君……?」

 しかし、彼は依然私を胸に抱いたまま、じっと私の瞳を見つめている。


 そして。 


「純……」


 確かに彼はそう呟いた。

 そして次の瞬間、折れんばかりに息が止まるほど強く私を抱き締めたのだ。


 何も考えられない。躰が動かない……。

 ただ、彼と私だけが在る。そんな時間が流れていく。


 しかし、その時。


「神崎……!!」


 ドアの方から大きく声を張り上げ、誰かが駆け込んできた。


「三城っ! 神崎から離れろ!!」


 そう言って私を三城君から強引に奪ったのは、守屋君だった。 


「この野郎……!!」

 守屋君は激しい憎悪に満ちた形相で、三城君の左頬に右の鉄拳をふるった!

 三城君は床に倒れ込んだ。しかし、その上に守屋君が馬乗りになり、尚、三城君に殴りかかる。

 三城君は抵抗しなかった。守屋君に殴られるまま、身を任せている。

「やめて! 守屋君!!」

 私は泣きながら、必死で守屋君の右腕に縋っていた。


「やめなさいっ!!」


 その場に、津田先生が入ってきた。

 いつの間にか生徒の人だかりができていて、好奇心に満ち満ちて私達三人を見ている。

「守屋、三城、神崎! 三人とも職員室に来るように。他の生徒は解散!」

 津田先生が一喝した。


 それで、ようやくその場は終息したのだった。



***



 翌朝。


 職員室前の掲示板に生徒が集まっていることを私は、教室に居ながら知っていた。


 守屋君、三城君ともに三日間の停学処分──────


 守屋君とは今朝も携帯でんわで少し話した。意外と落ち着いていて、ショックはさほど受けていないようだった。

『思い切り三城の野郎を殴ったんだ。せいせいしたよ』

 そんなことを言っていて、それが彼の本心だと思った。


 でも。

 三城君へ送ったLINEは既読がついただけで、レスがなかった。

 これ以上、彼の心配をするのはお門違い。私の彼氏カレは守屋君で、三城君は単なるクラスメート。

 ……そう思うのに。

 何故、こうも胸騒ぎがするんだろう。

 私はわけのわからない焦燥感のような想いをずっと心のどこかで感じていた。



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