転校生は風の如く(2) マイペースな彼
「神崎さん。一緒に帰ろう」
化学の授業も掃除も終わりその放課後、三城君は唐突にそう私に言った。
「え? 一緒に帰る?」
「僕、まだこの街、不案内だし。途中まででも一緒だったら嬉しいよ」
「え、えーと。でも……」
私は守屋君のことがすぐに頭を掠めた。
でも。
三城君にそう言われて、私は少し逡巡した。
「……いいわ。でも、ちょっと待ってて。すぐ戻ってくるから」
そう言って私は隣のクラスへ行き、守屋君を探した。
「なんだ、神崎。お前から来るなんて珍しいじゃん」
守屋君は戸口に立っている私に気付き、近づいてくると驚いたようにそう言った。
「あ、あのね……。今日は一緒に帰れないの」
「何で?」
「あの……」
私はしどろもどろになりながら、事の経緯を説明した。
「気に食わねえな。そこまでお前がしてやる必要あるのかよ」
真顔で不機嫌そうにそう言う彼に、私は返す言葉がない。
シュンとして俯く私に守屋君は、
「まあ。初日だけだぞ」
と、そっぽを向きながらもそう言った。
「うん。明日からまた一緒に帰ろうね!」
私は彼の心の広さが嬉しくて、笑顔になった。
***
「まさか、三城君の引っ越してきた家がこんなご近所だなんて……」
私はしみじみ呟いていた。
あれから、彼の住所を聞いて私は驚いた。彼が引っ越してきたのは私の家の隣の筋向かい三軒先の家で、彼のおば様夫婦が住んでいる家だったのだ。
「君とは縁があったんだね。明日からも一緒に帰ろうよ」
嬉しそうに彼はそう言ったが、
「それは……」
私は口籠った。
しかし、俯いた顔を上げ、彼の顔を見据えるとはっきりと言った。
「私、おつきあいしている彼がいるの。彼と毎日一緒に帰っていて、今日は特別。だからそれは出来ないわ」
「そう」
彼はさして落胆した風もなくやはり笑んだ。
「ところで。君の下の名前、聞いてないね。何て言うの?」
「私の名前?「純子」よ。純粋の「純」に子供の「子」」
「純子……?」
その時。
一瞬、息を飲み、彼はその切れ長の瞳を大きく瞬かせた。
「三城君?」
どうしてそんな瞳で私を見るの……。
彼は実に微妙な表情で私を見ている。
「……じゃあ。君のこと、「純」て呼んでもいい?」
彼はじっと私の瞳を見つめたままそう言った。
「そ、それは……! か、彼だって私のこと、そんな風には呼ばないのに……」
「そうなんだ」
意外そうに彼は言った。
「彼氏持ちかあ。残念だな。本当は一緒に登校したいところだけど、君を困らせそうだから遠慮しとくよ」
また元の飄々とした雰囲気で、そんなことを何気に笑いながら彼は言う。
私は彼の胸中が計りきれず、秋風に吹かれながら暫しその場に佇んでいた。
***
そして、三城君は一躍、学校中に知られる有名人になった。
美形というだけでなく、彼は星章出身ということだけはあった。
彼の転入翌日に行われた模試で彼は学年二位の成績だった上、その模擬試験の公式上位者一覧にも名前が載ったことで、志望校も当然だが東大ということがわかったのだ。
類稀なルックス、溢れる知性。
彼に憧れる女子生徒がたちまち現れ始めた。
しかし。
「神崎さん。次、化学室行こう」
にこやかに彼が私に声をかける。
あれ以来、彼は何かと私にちょっかいをかけてくる。
おかげで他の女子からの視線が痛い……。
「三城君。もう一人で化学室くらい行けるでしょ」
そう、口を挟んできたのはお杏だった。
「ああ、美人さんか」
「私は、お杏。その言い方よしてよね」
「君と神崎さん、本当に仲いいんだね」
「そうよ。入学した時からの大親友なんだから。あんまり女の友情にひび入れないで」
お杏は何気に機嫌が悪い。
「まあまあ。それじゃ、三人で移動しようよ」
それでも三城君は堪えることなく、私とお杏の中に割り込んでくる。お杏は、はーっと大仰に溜息を吐いた。
「三城君ももう知ってるわよね。純には隣のクラスに守屋君ていうちゃんとした彼氏がいるんだから、少しは遠慮しなさいよ」
とりあえず化学室へ向かいながらも、お杏は言った。
「背の高い細身のあの彼か」
「そうよ。だから、ちょっかいかけないで」
「それは僕の自由じゃないかな。神崎さんの親友といえども、それは聞けないね」
「どういう意味よ?」
お杏が気色ばむ。
「そんな怖い顔したら、美人が台無しだよ」
しかし、三城君の目を射るお杏の厳しい瞳にも彼は顔色一つ変えない。
私はハラハラしながら、ただ二人のやりとりを見守っている。
それにしても。
なんていうか、三城君。掴めない。
彼の真意がどこにあって、彼はいったい何を考えて私に近づいてくるのか。
わからないことばかり。
だけど──────
何故か私には彼がどこか憎めなかった。




