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十八歳・ふたりの限りなく透明な季節  作者: 香月よう子
第三章・透明な二学期
22/44

HAPPY RAINY DAY 〜雨の日のふたり

 雨の日が待ち遠しい

 最近とみにそう思う

 女心と秋の空

 けっこう雨も降るけれど

 やっぱり晴れの日が多い

「てるてる坊主」が雨を止ませてくれるなら

「てるてる坊主」を逆さに吊ってみようかな




「純、今日はご機嫌じゃない?」


 全ての授業そして掃除も終わって、廊下側の私の隣の席の咲良がそう私に声をかけた。

「えー、そうかなあ」

「だって、朝からにやけてるもの。放課後、何かいいことでもあるの?」

「今日は、雨降りだからよ」


 お杏が横から口を挟んだ。


「え、どういうこと?」

「守屋君がこの教室まで純をお迎えに来るのよ。彼、シャイだから、毎日一緒に帰るくせに、教室まで純を迎えに来ないじゃない。でも、さすがに雨降りの中、純を校門前に待たせるのは気が引けるらしくって、雨の日だけ、純を迎えに来るってわけ」


 一気にお杏が喋ってしまった。


「本当は、毎日お迎えに来て欲しいのにねえ、純は」

 にやりとお杏が笑う。

「純も苦労してるわけね」

 気の毒、という顔を、咲良はした。


「でも、純。最近いつもにこにこ笑ってて、落ち込んでることないわよね。すっごい幸せそう。生き生きしてるもの。お肌も艶々でさ。それってやっぱり、守屋氏のおかげ?」

「決まってるじゃない。愛の力は偉大よ! あんなに情緒不安だった純が、最近ずっとどっしり安定してるんだからたいしたもんよ、守屋君の存在は」

「もー、お杏! 大袈裟なんだから」

「でも、まさか守屋君があんなに格好いいなんてねえ。髪型ちょっと変えただけですっかりいい男なんだもん。背も高くてすらっとしてるし、純、内心、鼻高々なんでしょー?」

「そ、そんなことないわよ」

「謙遜、謙遜」

「お杏が言うことないじゃない!」


 そうやって放課後、教室で盛り上がっている時だった。


「あ、噂をすれば彼!」

 その咲良の声に廊下を見ると、守屋君が廊下の隅に立っていた。

「あ、じゃあ私、行くね」

「ひゅーひゅー!」

 咲良が煽る。

「もうー、また明日ね!」

「バイバイ!」


 そうして、私は教室を後にした。



 ***



「お前達、ほんと姦しいなあ。廊下まで話し声が響いてたぜ」

「へえ。じゃあ、聞こえてたのね」

「何が」

「話の内容」

「そこまで知るかよ」

「なーんだ……」


 にべもない彼の言葉に、私はちょっとがっかりする。

 もし、「雨降りのお迎え」の話が耳に入ってたとしたら、ひょっとして私の気持ちを察して、「晴れ」の日でもお迎えに来てくれるんじゃないかなあ、なんて。

 期待した私が馬鹿だった……。


 それから……もうひとつ。私は考えを巡らせる。

 自分が「格好いい」て噂されてるのを知ったら、どういう反応示すのかなあ、なんて。趣味悪いかしら。

 でも。

 中学時代はモテモテだったのよね、守屋君。

 格好いいなんて言われ慣れてたのかな。

 もしかして……。


「何、黙りこくってんの?」

「ベツに」

 浮かない顔で答える。

「守屋君」

「何?」

「何でもない……」


 高二の時のあの彼女カノジョ、どうなったの?

 昔おつきあいのあった女子達とはもう完全に切れてるの……?

 わだかまりのような疑問と不安が押し寄せてくる。

 でも、何も聞けるはずがない……。


「まあた、何か考え込んでんだろ。馬鹿だな」

 彼は一言素っ気なくあしらうように、そう言った。

「何よー」

 人の気も知らないで!

 お気に入りの白地に赤い花柄の傘のを握り締めると、私は雨の中ぱっと駆け出した。黒い革のローファーが水溜りをはねて、白いソックスに小さな染みを作る。それは、私の心を侵食する波紋の象徴のよう。

 後ろを振り返らない私の隣に、ストライドの長い彼は難なく並んだ。

 けれど横を向く私に、彼はおもむろに彼は言ったのだ。


「相合い傘でもする?」

「え?!」


 一瞬、耳を疑った。


「そういうの好きだろ、神崎は」

「で、でも。守屋君はそういうの嫌いでしょ?」

「神崎の機嫌直すためならいーよ」

 そう言って、私から強引に傘を奪った。慌てて守屋君の深緑色の無地の大きな傘の中に入る。

 けれど、大きいと言っても二人でさすにはやはり無理がある。

「やっぱり狭いわ」

「だから、神崎はしっかり傘の中に入っとけよ」

「で、でも。守屋君が濡れちゃう」

「俺は躰、丈夫だから。神崎は弱っちいんだから、風邪ひくなよ」

 そう言って、傘を私の方へ一方的に寄せた。


 細く降る雨が守屋君の右肩をぐっしょりと濡らす。彼が出来るだけ濡れないよう、彼の左肩に寄り添うようにして歩く。

 なんだかドキドキする。彼の心臓の鼓動すら聞こえてきそうなほど、近い。

 彼とはキスも重ねる仲なのに……。

 それなのに、どこか非日常の空間────── 


 私達は暫し無言のまま、雨の中をふたり歩いていた。しかし、静かに彼が口を開いた。


「明日から。教室まで迎えに行ってやるよ」


 え?!

 守屋君、やっぱりあの会話聞こえてた……?!


「そんなに迎えに来て欲しかったんなら、言えば良かったじゃん」

「だって……守屋君。そういうの嫌いでしょ……」

「お前は何でも決めつけすぎ。話してみないとわかんないだろ」

 低く、諭すような彼のテノール……。

「俺たち、誰に憚ることなくつきあってんだから」

 穏やかに彼の囁きが耳元で優しく響く。

「神崎は、頭良くて、可愛くて、ちょっと打たれ弱いけどしっかり者の、俺の自慢の彼女カノジョだからな」

「守屋君……」

 私は、ぎゅっと彼の左腕を両手で握った。

「大好き」


 暖かい秋の雨。

 しとしとと止むことなく降り



挿絵(By みてみん)



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