制服じゃなかったら (前編)
九月──────
前期課外終了以来、一ヶ月ぶりの学校。
半袖のグレーのセーラー服が懐かしくもあり、でも、やっぱり。
ちょっと暑苦しい……かな。
午前八時八分。
教室に入ると、既に半数以上の生徒達が来ていた。ところどころでグループになり、かたまって、どんな夏期休暇を送っていたのか話に花を咲かせている。
「あ、来た! おっはよう! 純」
いる、いる!
咲良、明希、優果、園子……エトセトラ、etc。
「おはよう! 久しぶりぃー」
きゃっきゃ手を取り合ってはしゃぐ。
「さて、と。やっと本人が来たってわけね」
しかし、咲良のその一言で四人が私を取り囲んだ。皆、にまにまと笑い、その目は好奇心に満ち溢れている。
「まったく、純ってば。私、好きな人なんていないなんて、言ってたくせにぃ!」
「そーよ、ほんといつの間に?」
「ちょ…何? みんな……」
「とぼけちゃって! ネタ割れてるんだからね」
開口一番、咲良が言ったと同時に、再び畳みかけるように、明希がその言葉を発したのだ。
「純、いつの間に、守屋君とそういう関係になったの?!」
え……!?
「二人して「HALLO・LADY」のカフェで、仲良さげにお茶しててぇ」
「霜通り、二人で寄り添って歩いてたわよねえ」
「ちょ、ちょっと……」
「みんな知ってるんだから、隠してもムダだからね!」
「別に隠してるわけじゃ……」
皆の勢いに押されて、私は何と言っていいのかわからない。
「でも、どうして。守屋君なわけ?」
その時、優果が私の顔をまじまじと見つめた。
「純と隣のクラスの守屋君が一体どうやったら結びつくのよ。一学期まで何もなかったんでしょ?」
不思議そうに問う優果に続いて、
「大体、守屋君てクライわよね。こう言っちゃなんだけど、彼とつきあってて面白い?」
咲良が真剣にそう迫ってきた。
ああ……みんな知らないんだっけ。
「制服姿の守屋君」しか──────
「純だったら、他にも相手がいるのに」
「何も守屋君じゃなくてもさ。純、どうかしてるんじゃない?」
「ダメダメ! 純にそんなこと言ったって。何にもわかっちゃいないんだから、この娘」
「もう! みんな好き勝手ばっか言ってえ!」
何にもわかってないのは、みんなの方よ……。
「あんまり苛めちゃダメよ、みんな」
「お杏!」
突然、後ろから声がしたと思ったら、鞄を肩からクールに提げたお杏が、そこにふらりと現れた。
「お杏、久しぶり! 元気してたあ?」
「相変わらずの美女っぷりよねー。その白肌、なんで全然焼けないの」
「『済陵のお杏』は夏痩せしなくても、プロポも美貌もバッチリ維持!てわけね」
皆が口々に囃す言葉は軽く受け流し、
「ともかく。あんまり言ったら、純、可哀想よ」
と、クスクス笑いながらお杏が言う。
「あーら、私達、苛めてたわけじゃないわ。お杏。可愛い可愛い純の為、思ってさあ」
咲良が私に大仰に抱きつきながら、そう言った。
「そうそう。ネンネの純の為に、あたしらが男を見る目を養ってあげようと」
優果が言ったその時、それまでいつものようにニコニコ黙って皆の話を聞いていた園子が、初めてふと口を開いた。
「……でも。なんかあの時の守屋君……かなり、違ってたみたい」
「え?」
「だって、私……。一瞬、誰かわかんなかったもん。髪型も違ってたし、服もさ。なんか、普段の守屋君からすると、こう。イメージが……」
園子は口籠もりながら言葉を探しているけれど、私は園子が何を言いたいのか、わかりすぎる程わかっていた。
「そう言われてみると……ねえ」
次は、明希が考え込んでしまった。
「何? 髪型が違うとか、どういうこと?」
咲良が不思議そうに尋ねてきた。
「あ、咲良、直接見てないんだっけ。彼ねえ……」
明希がそこまで言った時、
「みんな、あそこ見て! 守屋君……!!」
優果の甲高い大声に皆、一斉に廊下の方を見た。
いつも遅刻ギリギリの守屋君が、二組の教室の前を、泳ぐように悠々と通り過ぎてゆく。その間、およそ五秒間。
「アレ、本当に守屋君……?!」
最初に声を上げたのは咲良だった。
皆、唖然として声を出せずにいる。
守屋君……髪型が違う。
厳密に言えば、私服の時の髪型。
学校には絶対にしてこなかったヘアスタイル。
流行りのツーブロックとはいえ一学期まで学校には何の手も加えずに素のままで来ていた。
でも、守屋君。学校以外では全く違う。緩いウェーブがかった茶色の髪をワックスとムースでさりげにキメて。
その彼が今、その髪型をしている。
そして……。
「彼、コンタクトに変えたのかしら」
「かもね……」
眼鏡をかけていないんだ……!




