嘘と眼鏡 ☆(眼鏡ラブ企画)
このお話は、2023年、高取和生さま主催「眼鏡ラブ企画」参加作品です。
(この部分だけで、お話は通じます。)
「ねえ、守屋君。どうして眼鏡かけてるの?」
夏休みも終わりに近づいた頃。
繁華街のカフェでデート中、突然そう問うた。
「え。そりゃ、決まってるだろ。目が悪いから」
「嘘。その眼鏡、ほとんど度が入ってない」
守屋君は学校でも眼鏡を掛けている数少ない生徒の内の一人。ほとんどの子はコンタクトをしていて、眼鏡を掛けている生徒なんていやしない。ましてや彼の場合、掛けても掛けなくても変わらないような眼鏡なのに。
「……素顔だと。女の子寄ってきて困るから」
一瞬、言葉に詰まった。
「ジョーダンだよ」
そう言って笑い出す。
「わ、わかってるわ……!」
けれど内心、動揺の色が隠せない。
今の言葉が、本当にマジかジョークなのかわからなかったから。
守屋君は。
眼鏡を外すと素顔はなかなかの美形。そのことを私は知ってる。……あの時から。
それなのに女子の目にあまり留まらないのは、やっぱり眼鏡のせい?
私服の時と違って学校では、髪型も制服の着こなしも全くフツウだし……。
違う。
その時、何故かはっきりとそう思った。
彼は学校では自分の存在を消している。
存在を消す……自分を見せない。
彼にとって、学校なんてどうでもいいんだ。
彼は──────
「何むくれてんの?」
「むくれてなんかないもん」
「女の子寄ってくると困る?」
そう言ってまだクックと笑っている。
守屋君って意地悪だ。
本当に最近わかり始めた。
優しいくせに時々、突然、顔が変わる。
まるで私を困らせて喜んでいるみたいに。
彼はもしかして二重人格者なんじゃないかしら。
或いは、私を虐めて喜んでるエ…S……?!
でも。
「怒った?」
ほら、元に戻った。
いつもの守屋君の声。穏やかで優しい。
その時。
テーブルの横を黒い蝶ネクタイのウエイターが通った時、彼が呼び止めると、チョコパフェとエスプレッソをオーダーした。
「私、パフェなんて頼んでない……!」
「好きなんだろ? パフェ」
「好きだけど……。なんで知ってるの?」
私、彼の前でパフェ食べたことまだ一度もないのに。
しかも、チョコパはパフェの中でも私の一番好きなパフェ。
「あー、好きそうな顔してるもん」
「何、それえ?!」
私は驚きと抗議の声をあげたけど、守屋君は涼しい顔をしている。
「それで機嫌直してよ」
やっぱり敵わない……!
守屋君には──────
***
カフェを出て帰途へつく途中、街で一番大きい中央公園の近くまで来た時。
「あら……?」
私はふと天を仰いだ。
「雨か……」
守屋君が呟く。
「こっち行くぞ。雨宿り出来る」
守屋君が私の右手を握って足早に歩き出す。
私はたったそれだけのことでドキドキするけれど、それより今は真夏の夕立の方が問題。
あいにく折りたたみ傘も携帯していないのに、それはたちどころに激しい雨脚になり、私の服はたちまちびしょ濡れになった。
公園内の小さな東屋の下まで来て、私は自分の濡れた服が気になった。
雨で薄いTシャツの下のインナーが透けている。
シフォンのロングスカートが脚にまとわりつく。
雨の雫が私の服を濡らし、素肌を伝い落ちる。
こんなのなんだか裸より恥ずかしい気がする……。
俯き、暫し無言でいると、
「も、守屋く、ん……?!」
突然、彼が俯いている私の顎を左手で掴み、上向かせた。
「そんな顔するな。欲情するだろ」
「よ、欲情って……!」
彼は自由な右手でゆっくりと眼鏡を払った。
薄く目を細めた彼の顔が間近に近づいてくる。
口唇が、重なる。
それはこの夏、もう何度となく繰り返してきた口づけ。
なのに、まるで初めての口づけのように私の胸は昂ぶる。
ようやく彼が私を解放すると、再び眼鏡をかけた。
「……っぱり、こっちの方がいいな」
ぼそりと呟く。
「え……?」
「眼鏡かけてた方がお前の顔がよく見える」
「わ、私の顔なんて……。見たって仕方ないでしょ」
「そんなことないぜ。世界で一番可愛い」
その言葉に真っ赤になった。
「……なんてな、ジョークさ」
そうやってまたクックと笑いをかみ殺している。
私は怒ればいいのか、このまま泣いていいのかわからなくなった。
「嘘だよ。本当に可愛いよ」
そういつになく甘い声で囁く守屋君は、いつも通り眼鏡をかけている。
そして、先ほどの激情の口づけが嘘のようにそっと優しく私を引き寄せ、抱き締めた。
そんな彼の「素顔」を知っているのは、世界中で私。
私一人だけ……。
作中イラストは、茂木多弥さまに頂きました。
多弥さん、素敵なイラストをどうもありがとうございました!




