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十八歳・ふたりの限りなく透明な季節  作者: 香月よう子
第二章・輝ける夏休み
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DEAREST EPIGRAPH 〜最愛の墓碑銘 (後編)

 その翌日。


 私は、朝から携帯スマホを握り締めている。

 守屋君からいつ電話がかかってきてもいいように。

 鳴らない携帯をじっと見つめている時間は、とてつもなく長く。

 狂おしくて、どうしようもないほど切ない。

 よほど自分から電話をしようかと思い、携帯の画面を見つめ。

 でも、やっぱりかけられない。

 こんなにも「待つ」時間は、やるせなく長い……。


 守屋君。

 何があったの。

 いったい今、何をしているの。

 あなたは「誰」を想っているの……。


 考えれば考える程に彼への想いは募る一方で、同時に不安と疑惑の念が高まっていく。


 こんなに「恋」が恐ろしいなんて。

 高二のあの冬休みを思い出す。

 いっそ、彼を忘れてしまおうか。

 この恋に終止符を打とうか……。


 ……ううん。

 できるはずがない。


 私は。

 私は。

 心も躰も狂わせるほど。

 守屋君を愛してる……。


 胸の想いは千々に乱れ、なんだかもう自分が惨めで情けなくてたまらなくなってきたそんな頃だった。

 午後三時も過ぎて、やっと待望の携帯の着信音が鳴り響いた!

 画面を見ると、間違いなく守屋君。


「守屋君……?!」

『あ、神崎? 俺……』

「守屋君、今、何処?」

『ちょっと出かけてるんだ。神崎、今から出てこれるか?』

「何処に?」

『うん、立田山たつたやま

「立田山?!何でそんなとこ?!」

『とにかく、立田山入り口の「立田バス停」で待ってるからさ。そこまでどのくらいで出てこれる?』

「うーん……超特急で支度に5分。立田まで3、40分てとこかな」

『じゃあ、午後4時に「立田バス停」前で待ってる』


 そうして、電話は切れた。



 ***



「立田バス停」でバスを降りると、守屋君がベンチに座って待っていた。

「悪いな。こんな所に呼び出して」

「ううん」


 私は、バスの中で考えていたことを覚悟を決めて問うた。


「お墓参りに行くの?」

 立田山には大きな墓地がある。そこにはきっと……。

 私は、噛みしめるように呟いた。

「……玲美さんの」


 玲美さんの「お墓参り」以外、彼がここへ私を呼び出す理由は思い当たらなかった。

 守屋君の瞳は一瞬、揺らいだ。

 しかし、私の目をしっかりと見つめ、軽く頷いた。


 守屋君……。

 やっぱり、顔色が悪い。

 ちゃんと寝て、食べているんだろうか……。


 そんな口にはできない想いを抱えたまま、私は立田山道を彼と二人で黙って歩き始めた。入り口沿いの売店でお花としきみ、マッチ、蝋燭ろうそく、線香を買った。それを私が持ち、守屋君はバケツに水を汲み、ヒシャクをいれて運ぶ。

 その緩やかな傾斜の静かな山道を五分程歩いて、守屋君は足を止めた。

 彼がゆっくりと視線を遣ったその先には、「つじ家」と黒い御影石に掘られたお墓があった。


 辻……玲美……さん。


 私は、彼女のフルネームを初めて知った。

 思えば私は、玲美さんのことをほとんど何も知らない。

 守屋君が玲美さんのことを語ったのは、高三に上がる春休みのあの映画の時だけで、私もその時以外、彼に彼女のことは聞かずにいた。

 聞くのが怖かった。

 守屋君が、もし私の瞳の奥に亡き彼女の面影を見ているとしたら……。


 彼はバケツを傍らに置くと依然黙ったまま、手早く墓地の雑草を抜き始めた。私もそれを手伝う。しかし、草らしき雑草はほとんどなく整然としている。誰かがお墓参りに来たばかりのようだった。

 それから彼は墓石に水をかけ、私は花と樒を活け換えようとしたがそれらはまだしなびてはいない。やはり、お供えがされたばかりらしい。


「守屋君。このお花、替えてもいいのかしら? まだ、新しいわ」

「ああ。墓石の前に置くだけでいいよ」


 そう言うと彼は、ゆっくり白い蝋燭と緑色のお線香に火を点した。お線香からは細長いひと筋の白煙が立ち登り、辺りはお線香の杉特有の匂いに包まれる。


 そして、私達は黙って目を閉じ、並んで玲美さんの墓前に手を合わせた。


 玲美さん……。

 どんな女の子だったんだろう。

 私と顔が似ていたというけれど、性格や好みはきっと違っていただろう。

 守屋君は玲美さんと似ている私を、本当はどんな想いで見ているんだろう──────


 暫し目を閉じ、再び目を開けると、守屋君はまっすぐに玲美さんのお墓を見つめていた。


「今日が……玲美の祥月命日だったんだ。今日、俺は一人でここで手を合わせるつもりで来たんだけど。でも……やっぱり、ここには神崎を連れてきたいと思ったんだ。玲美に、報告するために」


 暫く彼の言葉は途切れた。


 しかし。

 

「玲美。俺は、神崎を……。お前と同じ顔だけどお前じゃない、このを好きになったよ」


 彼は私の肩を左手で抱き寄せると、


「このと一緒に、俺はこれから生きていくよ……」


 確かに、はっきりと彼はそう呟いたのだ。


「守屋君……」

 私は涙が溢れてきそうだった。

「私を……玲美さんに紹介して本当に、いいの……?」

「ああ。神崎だから。いいんだ」

 

 私はそっと彼の左肩に顔を伏せた。

 そんな私達を天国の玲美さんは、どんな風に見守ってくれているんだろう。

 私達は幸せに生きていく。

 その努力をこれから重ねていく。

 喧嘩も衝突もいっぱいするだろうけど、二人でずっと生きていきたいと思う。


 守屋君が愛してやまなかった玲美さん。

 玲美さん、私達を見守っていてくれますか……?


「守屋君……私達。玲美さんの分も幸せになりましょう」

「ああ」


 その時。


 夏の夕暮れの立田墓地に一陣の爽やかな風が吹き抜けた。

 私達を包んだその風は、玲美さんだったのかもしれない。



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