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十八歳・ふたりの限りなく透明な季節  作者: 香月よう子
第二章・輝ける夏休み
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DEAREST EPIGRAPH 〜最愛の墓碑銘 (前編)

 夏休みも終盤のある日の午後。


「長いようであっという間だったわねえ。「久磨予備くまよび」の夏期講習も」


 守屋君の部屋で音楽を聴きながら、私はこの夏休みのことをしみじみ振り返っていた。


「でも。毎日、守屋君に逢えて、嬉しかった……」


 八月に入ってこの約一ヶ月間、私は「久磨予備校」で平日の午前中の授業を聴講し、お昼を守屋君と一緒に食べた後は彼の部屋でお茶をしながら、自分の勉強をする傍ら、彼の英語・現国・古典・数学を見ていた。

 守屋君に教えるということは、私の復習や学習の認識を深めることに役に立ったし、元々頭のいい守屋君は、乾いた大地が水を吸収するかのように私の教える内容を理解し、短期間でめきめき実力をつけていった。

 そして、講義が休みの土日祝日。「学習完全休養日」と称し、私達は一切受験勉強から離れて、カフェをはしごしてゆっくりお茶を飲んだり、映画を観に行ったり、話題のスポットを訪れたりして、朝から晩まで丸一日思う存分一緒に遊んだ。


 まともに男の子とつきあったことのない私にとって、守屋君とのおつきあいは、それは全てが新鮮な体験の連続だった。

 何処に行っても、何をしても、何を話しても、何もかもがとにかく心底楽しい。

 毎日が「夏の光」のようにきらきらと輝いている。

 それは、まさしく私が憧れていた「青春」そのもの。

 期せずして私は守屋君と一緒に、高校生活最後の最高に楽しく、有意義な夏休みを過ごしている。


 しかしその時──────


「守屋君……? 何考えてるの?」


 ふと私は口にした。


 私が一人でお喋りするのはいつものことだけど、彼は私の瞳を全く見ていない。相槌を打つこともない。

「え……、ああ。ごめん」

 彼はようやく私の言葉に気づいたのか、慌てたように手元のコーラに手を伸ばした。


 守屋君。明らかに精神がトリップしていた。

 何だかおかしい……。

 そういえばこの数日、彼の態度はどこか不自然。

 極端に無口で、何を考えているのかわからない。


「明日からどうする? 久磨予備、今日で終わっちゃった」


 それでも私は、彼の不審な挙動も、もたげてくる不安にも気づかないふりをして、努めて明るくそう言った。


「明日は……逢えない」

「何か用事?」

「ああ……」

 私の言葉にも、彼は心あらず。

「守屋君、顔色が悪いわ」

「何でもない」


 私は、途方に暮れた。守屋君の固い手触り。

 それは、自分の世界に入り込み、誰をも立ち入らせないような……。

 そう言えば、と私はうっすらとした記憶を掘り起こす。

 以前、高二の頃、こういう経験ことがあった。

 そう……玲美さん。

 玲美さんの話題には守屋君、触れさせてくれなかった。

 何か関係があるんだろうか……。


 その時。


「も、守屋君……!」

 急に彼が私の躰を引き寄せ、口づけてきたのだ。

 そして、折れんばかりに抱き締められる。

 そのまま押し倒された。

「あ……」

 守屋君……。

 狂おしく私を抱き締める。でも、彼から「男」の気は何故か感じられない。

 そう。それはまるで。

 ただ、辛いから。悲しいから側にいる「誰か」にただ縋るかのように──────


「悪い……」

 しかし急に、守屋君はそれまでありったけ込めていた腕の力を抜いた。

 彼の顔色は、やはり酷く悪く見える。

 彼は起き上がると、立膝をつき、また何かをじっと考えている。

「守屋君……?」


 訝る私に彼は一言、低く呟いた。


「悪い。今日はもう帰ってくれないか」

「守屋君……!?」

「明日、電話する」

 そう言い残し、彼は足早に部屋を出て行った。

 私は呆然と広いそのだだっ広い部屋に一人取り残されている。


 私、何かした?

 それとも、何か心境の変化でもあったんだろうか。

 考えるほどに、どくどくと脈打ち、鼓動が激しくなっていく。

 もう……私とのおつきあいには飽きた……?


 私は、白い帆布に赤い牛革レザーの持ち手のトートバッグを持つと、そっと守屋君の家を後にした。

 家路につきながら、私は守屋君のことだけを考えている。

 わからない。不安でたまらない。

 守屋君のことが好きだから。

 本当に……本当に愛しているから……。

 ずっと、あの高二の秋の放課後からずっと好きで。

 そしてこの夏、夢にまで見た彼からの告白を受けてからこのひと月、幸福の絶頂にいた。

 

 でも──────


 道端で立ち止まって、下を向く。

 涙が溢れてきて、ぱたぱたと零れた。

 弱気な自分の心が呟く。


 こんなに。

 こんなに辛く心細い想いするなら。

 恋なんてするんじゃなかった……。



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