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十八歳・ふたりの限りなく透明な季節  作者: 香月よう子
第二章・輝ける夏休み
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下弦の月(3) 空には月が

「どこか犯し難い雰囲気があるんだなあ。しっかりしているようで、どこか危なかしげで。でもね。そういう女の子は一番狙われやすいのよ。守ってあげたいんだけど。大切にしたいんだけど、でも……てね。全く、罪作りよ、純は。……けど、守屋君。そういう純なとこあったのね! 意外。ま、彼の気持ちもほんとよくわかるわ」


 お杏は、独り言のように、含み笑いをしながらそう言ったのだ。


「ちょっと、待ってよ! お杏。私、そんなんじゃないわ。私……知ってるのよ。自分のほんとの欲望きもち。私、守屋君が今まで遊んできた女の子達とちっとも変わらないのに」

「純。こういうことは自分で意識するものじゃないわ。私は知ってる。そして、守屋君も見抜いたのよ。もっとも、本当に純のことを理解する人間なら、誰でもわかることだわ」

「でも……」

「とにかく、悲観することないの。守屋君の言ってること、間違いじゃない。私の言うこと信じなさいって」


 お杏の落ち着いた声。

 優しい瞳────── 


 私は、いつもこういうお杏を見ると、安心して、そして信じてきた。 

 お杏の目に狂いがあったことなんて、一度もなかった。

 だとすれば。

 今のお杏の言葉も信じていいの……?


「お杏って……何か違うのよね。いつも思ってたけど、とても同い年とは思えない」

 別に背伸びしているわけじゃない。

 それなのにどこか、違う。

 フツウの女の子と……。

 やっぱり、早くにお母様が亡くなっていて、お父様もお仕事で滅多に家にいらっしゃらないせい?


「……守屋君ね。この前、私とお杏のこと、姉妹みたいだって言ってたわ」

「姉妹?」

「そうよ。双子じゃなくて、姉妹ですって。その上、何て言ったと思う? もっとも本当に姉妹だったら、お前はすげえ美人で落ち着いた姉さん持っていいだろうけど、お杏さんの方は大変だろうな。世話の焼ける妹持って……だって!」


 お杏はアハハ…と、明るく笑った。


「ま。これで、あとは純次第、よね。これからどうしたいの?」

 お杏は、まっすぐ私の瞳を見つめて言った。

「私……。守屋君に謝りたい」


 私は呟いた。


「謝る? どうして?」

「わかんないけど、とにかく……。あの時、私。突然、逃げて……」


 立ち上がると言った。


「ごめん、お杏。私、ちょっと行ってくる」

「行くって、何処に?!」

「守屋君のとこ」

「ちょ、ちょっと、待って純! こんな時間に危ないってば!」

「すぐ帰ってくるから」

「……純。その格好で行く気?」


 お杏に言われて気がついた。

 私、バスローブのまま……!


「全くもう。止めたって無駄よね」

 お杏は溜息を吐いて、立ち上がった。

「ちょっと待ってて。てきとーな服、持ってくるから」

「ごめん、お杏……!」



 ***



 トゥルルルルル…… トゥルルルルル……


『……神崎』

「……あ、私……」

 戸惑ったような躊躇いの色を滲ませている彼の声を聞きながら、私は言った。

「今ね。守屋君の家の近くまで来ているの」

『ちょ、近くって……どこだよ?!』

 翳りのある低い声が一転して、怒声に近い激しい口調に変わった。

「予備校前の公園」

『ば、馬鹿っ!! 今、何時だと……いや、とにかく。絶対そこから動くなよ! すぐ行くから。いいなっ! 俺が行くまで絶対!!』


 そうやって、言葉半ばでプツリと携帯でんわが切れた。



 ***



「馬鹿野郎、どうして今頃……」


 息せき切って駆け寄ってきた彼は、ハアハアと肩で息をしている。

 そして、乱暴に私の両腕を掴み、揺さぶりながら言った。


「何かあったらどうするつもりだったんだよ!? こんな公園、誰も助けになんか来やしないんだぜ!!」


 彼の瞳は痛いほど真剣で、怒気に溢れていた。


 守屋君、本気で怒ってる。

 彼の怒った顔を見るのは、初めて。

 何があっても怒るような感じじゃないのに……。


「ごめんなさい。私……一言、謝りたくて……」

 初めて触れる彼の怒りへの驚きと、それでも彼の顔を見た安心感とがないまぜになり、私は自然、涙が頬を伝い始めた。

 しかし、彼は声を和らげると、

「なんでお前が謝るんだよ……。謝らなくちゃいけないのは俺の方だろ」

 そう言って強く私を抱き締めた。


「私。私は……守屋君が思ってるような女の子じゃないわ」


 彼の胸の中で、ポツリと呟いた。

 そのまま彼のシャツを濡らし続ける私に、彼はゆっくりと囁いた。


「お前は……他の女とは違うよ」


 それは、とても耳に優しい響きだった。

 益々、涙が溢れてくる。

 守屋君────── 


「もう……。もうお前を二度と泣かさない。約束する。……あの月に誓うよ」


 そう言うと彼は私を抱き締めたままスッと夜空を見上げた。

 空には、弓なりに形を変えた美しい下弦の月が輝いていた。



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