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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
ワンナイト・アクション
83/103

ワンナイト・アクション12

 ファントムの正体がつかめた。確かに聞き間違いではない。

 「本当ですか!?」

 思わず声を上げてしまったが、幸い周囲の雑踏や騒音に紛れていた。


 「はい。ただ、こちらで色々とありまして……。詳しくは明日説明します。明日の朝9時30分にこちらでいかがですか?」

 「了解しました。よろしくお願いします」

 本当ならすぐにでも聞きたいところだが、あまり突っ込むのはよろしくない雰囲気だった。まあ、明日になれば分かる。


 「では、本日の作戦はこれで終了となります。お疲れ様でした。ご協力に感謝します」

 こちらもウィンドウに一礼して通信終了。

 それを待っていたかのようなタイミングで後ろから声を掛けられる。


 「デンチ!」

 「あっ、ああ。お疲れ様」

 途中から全く歌を聞いていなかったが、イオはそんなこと気にするそぶりも見せず、すこしはにかみながら手の中のものをこちらに差し出してきた。

 「へへ、貰っちゃいました」

 刃渡り30cm程度の短剣。

 黒い木製の鞘には二枚の鳥の羽が×字に交わるように刻まれている。風属性のレア武器『シュトゥルムバゼラート』だ。カラオケの高得点賞品だろう。


 ちらりと彼女の背後、舞台の端に目をやると、丁度背の高い掲示板に張り出されている今日の高得点ランキングが更新されたところだった。


 3位 満月Days イオ 87点


 そのパネルがそれまでの3位を押し下げて貼りだされる。

 「凄いな。おめでとう」

 「えへへ」

 そちらに目をやってから褒めるという、聞いていなかったと白状するような行動だが、そこには気づかなかったのか照れ笑いを浮かべている――有難いことに。


 「あの、これ……良かったら差し上げます」

 そしてその照れ笑いと共に、彼女はそう言って手の中のそれを差し出してきた。


 「えっ、いや、でも」

 「私には装備換装は実装させていません。多分デンチが持っていた方が役に立ちます。それに、これは私からのお礼……というか……、うん。お礼です」

 「お礼?」

 聞き返した俺に照れ顔のまま頷くイオ。

 「……先程作戦終了の連絡がありました。ファントムの正体を掴んだと」

 「……ああ」

 連絡で知ったという事は、彼女には俺とファントムのやり取りは見えていなかったらしい。


 「これで一気に調査は進むはずです。それに、ファントムの行動の中には不正行為の教唆もありますから、ゲームの公正な運営に支障をきたす悪質行為の取り締まりにも大きな助けになるでしょう。本当は、こんな形ではなく木梨や会社の方から直接お礼をする必要があるのでしょうが――」

 「いや、そんな事気にしないでくれ。俺はただ……」

 慌てて謙遜しながらしかし、その先が続かず口を閉ざす俺。

 そんな俺に更にイオは続ける。

 「……それに、これは私の個人的なお礼でもあります。私は現実世界にどうこう干渉する事が出来ませんから。ここまで一緒にやってきてくれたパートナーへの、ちょっとした。それに……その……。いえ、忘れてください」

 そう言った彼女の頭に、先程つけた髪飾りが揺れている。

 なんとなく彼女が忘れろと言った内容が分かる気がして手を伸ばす。


 「……そういうなら、ありがたく」

 「はい。……今日は、ありがとうございました」

 こちらこそと返しながら差し出された短剣を有難く頂戴する。


 ≪シュトゥルムバゼラード を入手しました≫


 メッセージと共に手の中のそれはすぐに消えてインベントリに追加される。

 「それでは、明日も9時30分から宜しくお願いします」

 「こちらこそ、よろしく」

 これでお別れ。

 何故か名残惜しさを感じながらログアウトする――と思った直前、イオの言葉が終わっていなかった事を知る。


 「……今日はとても楽しかったです」


 「えっ?」

 思わず操作を止める。

 その声はしみじみと噛みしめるような、昔を思い出すような、そんな様子の穏やかなものだ。

 「いつか試験期間が終わって製品化されても、ずっと記録しておきたいような、ずっと残し続けたいと思うような、そんな日でした」

 「そっ、そうか……」

 今度照れるのは俺の方だった。


 「本当に、ありがとうございました!」

 「ああ……。ありがとう」

 「それじゃ、おやすみなさい」

 「うん。……おやすみ」

 おやすみなさい――そう言われて別れたものの、その後の記憶は、つまりどうやって寝たのかは定かではない。

 ただ、枕元のアラームを止めた時には、しっかりと灯りの消えた部屋でヴァルター2000を脱いだ状態でベッドに横になっていたため、ちゃんと寝てはいたようだ。


 「……朝か」

 いつものように厚い遮光カーテンを開ける。

 目が痛くなるぐらい強烈な朝日を浴びて思わず目を閉じ、その光の刺激で目を覚ます。


 ――ゲームを終えた後の記憶がない。

 泥酔して倒れた……という訳ではないのだろうが、何をしてどうやって何時に寝たのかは思い出せない。

 それを思い出そうとすると、妙なもどかしさと言うか焦燥感に駆られるように鼓動が速くなる。


 時計を見るとまだ8時を少し回ったぐらいだ。

 9時30分までには=今日のお仕事までには=イオにもう一度会うまでにはまだ時間がある。


 「……」

 下に降りて、早々と朝食と身支度を整える。

 冷静に考えればどこかに行くのではないので別にこのままでもいいのだが、なんとなくそれではいけないような気がしてしまう。


 その間にもイオの顔が何パターンも――その殆どは笑顔だったが――浮かんでは消えていく。


 「珍しいわねぇ、あんたなんか変なところあるの?」

 「うるさいな。いいだろ別に」

 からかう母に適当に答えながら部屋に戻るが、まだ9時にもなっていない。

 つまり、まだ30分以上ある。

 その事実を知ると、また妙な焦燥感に襲われる。

 電車の中で猛烈に腹が痛くなった時と同様の、時間が進むのが腹立たしいぐらい遅く感じるあの感覚に近い。

 まだログインまで30分以上ある。イオに会うまで……。


 ――もう認めるしかない。

 そうだ。俺はイオが好きだ。

 ファントムが指摘した通りなのは何とも言えないところだが、事実である以上は仕方がない。

 嫌いになれと言われて出来るほど簡単なものではないし、そもそも嫌いになる理由もない。


 俺はイオが好きだ。ある部分ではビノグラットのダリアのように、別の部分ではかつてのアレサのように。

 つまり、同じ目的に向かい協力する仲間としても、そして恋愛対象としても俺は彼女を好いている。


 その娘と昨日俺はデートをした。


 例えそれがファントムを押さえるという作戦の一環だったとしても、その為の演技だったとしても、だ。

 その事を考えると自然としまりのないにやけ顔になるのが、俺が彼女をどう思っているのかの証拠だろう。


 もどかしい。

 あと30分がとにかく遅い。

 気を紛らわせようとパソコンを起動するが、何をしようにも頭の中にあるのはイオの顔だけ。

 一度深呼吸をして、それから攻略サイトを覗くと、丁度良く最近更新されたページ一覧に髪飾りの項目を見つける。

 ページの内容=髪飾りの画像つき一覧。イオにあげた紫の奴も掲載されている。


 「紫苑(しおん)……?」

 そのモチーフになっている花を別のウィンドウを開いて検索。

 数秒後には出てきたページに目を落としている。


 紫苑:キク科シオン属の多年草。別名オニノシコグサ、ジュウゴヤソウ等。日本では九州の一部に自生云々。


 説明を目で追いながら、しかし俺の目を引くのは画面右下に表示された時計だけ。

 まだ30分にはならない。


 その後もいくつかのページを転々とし、ゆっくり、ゆっくり進む時間を何とか耐え忍んで、やっとの事でもう一度ヴァルター2000を被った。


 朝のタイノルトは夜のそれと異なり、静かなものだ。

 ロータリーの上とその沿線では人の動きこそあるものの、夜祭の舞台となっているこの中央の集会場には昼間にはあまり人気はない。

 祭りが終わった後――というと寂しさを感じるものだろうが、あまりそういう印象を受けないのはそのはずで、まだ当分の間毎晩開催される。


 そんな祭りの冷却期間のような無人の集会場に降り立つ。

 約束の時間よりも前だったが、それでもログインと同時にウィンドウが開いた。

 「おはようございます」

 「おはようございます」

 画面の向こうの井出父と挨拶を交わす。

 あの病室であった時とはまた別の硬く神妙な表情が、俺を仕事にしっかりと引き戻した。


 「昨夜はご協力ありがとうございました。早速ですが、ファントムの件について説明します」

(つづく)

いつも投稿遅くなりまして申し訳ございません。

長くなったので一度切ります。続きは明日。

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