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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
橋上都市
8/103

橋上都市3

 「デンチ、ごちそうさまでした!」

 「いえいえ。お粗末様でした」

 弾んだ声のイオに答えながら店の前から見える範囲に首を巡らし、やはり中州での聞き込みより橋に登っての聞き込みの方が効率的だと考えた。この中州には活気があるが、その殆どはNPC――つまり、あくまで演出の活気だ。

 大学が夏休みに入ったので錯覚してしまうが、今日はあくまで平日、それも今は昼間だ。


 「よし、橋に行こう」

 「はい!」

 俺達は賑わっている中州を、その中心部に向かって進む。目指すはケーニスの象徴であり、町の大部分を占めている橋の、この中州に立つ巨大な橋脚――の根元にある建物だ。


 人混みを抜け、城の石垣のようにどっしりと組み上げられた巨大な橋脚の裏手に回る。

 反対側には――先程の下流側よりは少ないものの――民家や船着き場が整備されていて、それらに囲まれて立っている煉瓦造りの建物がケーニス冒険者ギルドだ。


 「よし、聞き込み開始だ」

 扉の前で、自分に言い聞かせるように呟く。

 忘れてしまいそうになるが改めて、今は平日の昼間だ。当然シフト勤務や夜勤等でなければ大体の社会人は仕事をしている。

 そんな状況でこの時間からゲーム漬けになれる立場の人間=七月の下旬には既に夏休みに入っているか、もしくは何もすることがない人間――経験上、”日本語”が出来ても”会話”が出来ない奴に遭遇する可能性がない訳ではない。

 ――俺自身が一時期そうだったのであまり強くは言えないが。


 とは言え、二の足を踏んでいる場合ではない。覚悟を決め、カランと据え付けられたベルが音を立てる扉をくぐる。

 まずここが聞き込み一発目、これで駄目なら橋の中か、両岸にある酒場に行って聞き込みをする必要がある。


 「ようこそ冒険者。ケーニスのギルドへ」

 まずは入口正面にある受付のギルド職員に冒険者であることを示すと、すぐに帳簿を出してきた。どうやら俺がクエストを探していると思っているらしい。

 「いや、今はちょっと聞きたいことがあるんで」

 「はい?何でしょう」

 横で聞いていたイオがウィンドウを開いて件の画像を見せる。

 「この人なんですが、ここに来たことはありますか?」

 「いえ、ここらでは見かけませんね」

 ギルドは利用していない。

 このゲームで特定の町を拠点として利用する場合、冒険者ギルドを使わないという事はあまり考えられない。

 生産職に徹するプレーでもしていれば別だが、そうでもなければ何らかのクエストをギルドで受注しておくのが最も資金稼ぎとアイテム稼ぎには効率の良い方法だ。特にケーニス周辺にはそれほど穴場となる様なダンジョンが存在しない為、ここを拠点にすればその傾向はより顕著になるはずだ。


 「過去にここのギルドを利用したことは?」

 「それは……お答えできません」

 「デンチ、残念ですがこれも個人情報に含まれます」

 個人がどんなクエストを受注しているかぐらいいいだろうと思うのだが、運営の方針なので仕方がない。


 その時ふと、ある仮説が頭をよぎった。


 「では……、最近この辺りで事件は……、もっと正確に言うとPKは発生していませんか?」

 PK=Prayer Kill。つまり、モンスターや敵性NPCではなく他のプレーヤーを攻撃する行為。

 ギルド職員は一瞬表情を曇らせ、それから声を絞り――他の奴に聞こえると客が逃げる話だからか――そっと告げた。

 「……ここ数日、橋の二階で毎晩のように」

 ビンゴ。ギルドを使わず、生産職もせず、それでもここを拠点として毎日アクセスするとなれば、考えられる可能性としては小さくない。


 「橋の二階ですね?」

 念を押すと、頷きが返ってくる。

 「ええ。騎士像の前で待ち伏せして、通行する冒険者に無差別に襲いかかっているそうです」

 ケーニスの町はさっきの船頭が言っていたように巨大な橋の中にあると言っても過言ではない。二階建ての橋は、その上層が通常の橋として機能しているのに加え、下層部分は細かく区画が決められており、それぞれ商店や独り者向けの小さな居住スペース、或いはそれを利用した安宿がひしめく、商店街やショッピングモールの様相を呈している。


 橋の二階。つまり普通の橋になっている部分は、丁度この真上。橋の真ん中に当たる部分に、かつて町を救ったという騎士の石像が設置されている。どうやらそこを通りかかるプレーヤーを武蔵坊弁慶よろしく襲っているようだ。


 「もしかして、あのユニコーン野郎とやる気かい?」

 声をかけてきたのはロビーに屯していたか、後から入ってきたのかした冒険者だった。

 恐らくtype-28よりも後に出たアバターを使用しているのだろう、浅黒い肌に金髪の男。

 その大量の整髪料が必要だろうとんがった髪の毛の上に表示されている『いぬキャット』の文字=人間のプレーヤーだ。


 「やめといた方がいいって」

 「知っているの?」

 俺より先にイオが反応する。いぬキャット氏はそれに大きく頷くと、半身になって右手でロビーを示しながら口を開いた。

 「奴が現れ始めたのは一週間ぐらい前だけど、最初は皆返り討ちにしてやろうって思ってさ、でも誰も敵わねえのよ。タイマンに持ち込まれて瞬殺」

 余程の使い手という事か。

 正直、ユニコーン一式とフラガラッハなんて揃えられる奴はとんでもない幸運の持ち主を別にすれば余程のやり込み方だろうし、仕方が無いような気もする――彼らの装備をざっと見ると皆コモンか精々レア装備がいいところだ。


 だが、タイマンに持ち込まれる?

 口調から、恐らく複数人でかかっていこうとした事もあるのだろうが、それを阻止されたという事か。


 「……証拠がないからあれだけどよ。あいつ多分チートだぜ。何べん殴っても死なねえし。回復している素振りもねえのに」

 いぬキャット氏はそう声を落として付け加える。

 チートの使用はアカウント凍結もあり得る重罪だが、当然ながら証拠がなければ運営も対応できない。

 そしてそれはつまり、チートを使用したまま本セーブをするのが一番確実な証拠だが、その類の奴がそういう抜けた真似をすることは滅多にない。


 となれば現行犯逮捕か自供を引き出すかしかないが、当然ながらこちらはもっとない。


 ――正直、五分五分だろう。

 チートの五分=橋の上で複数相手にしてタイマンに持ち込めるという点。

 何べん殴っても死なないというのは、単純に装備の性能差とレベルの差が大きいだけだと思う――もっとも、もしチートを使ってくる相手ならその部分にもチートを使ってくる可能性はあるが。


 チートではない五分=通常の装備やアイテムで再現可能と言えなくもない現象。

 このゲームにはタイマンに持ち込むための魔法が存在する。色々制約はあるものの、それを使えれば何人に囲まれていようがタイマンに持ち込むことは可能だ。


 装備品とレベルに関してはこちらも何とも言えない。

 「相手にするなら、あいつは夜しか来ないぜ?毎日八時頃からかな」

 止めといたほうがいいと言いながらしっかりと出現するタイミングまで教えてくれる。


 「……あなたもやられたのか?」

 「……奴を叩きのめしてくれるなら誰でもいいさ。ムカつくし」

 随分簡単に本音を吐いた。

 まあ、気持ちは分からないじゃない。誰だって嫌な奴が散々な目に遭うのを見てスカッとするような暗い喜びを感じる部分は持っているだろう。

 ましてやそれが、自分で実行できないような事なら尚更だ。


 彼に礼を言ってギルドを出る。もしこのケーニスのギュンターが井出なら話は簡単だ。

 そう考えながら、橋脚に絡みつくように設置されている階段を登る。

 太い橋脚をぐるりと一周して橋の下の段、ショッピングモールのようになっている部分に到達する。

 煉瓦と石で造られた頑丈な基部に対し、上部構造はほとんどが木造だ。

 恐らく橋の自重を少しでも軽くするためという配慮だろうが、そのために橋の中の店舗は食品を扱う所でもガラス職人のギルドが定めた照明用ランタン以外の火の使用は禁止されていて、大体の店では両岸か、先程までいた中州で調理したものをここに持ち込むか、或いは加熱の必要のないドライフードなどを扱っている。

 ――なんというか、製作のこだわりが見える。その割に橋の上での戦いで炎属性の武器や火炎魔法を使っても何ともならないのだが。


 「随分賑わっていますね」

 「まあ、繁華街だからね」

 ケーニスの名物でもあるこの橋上商店街は、町の住人も冒険者も多数がうろついている。

 通りの真ん中からざっと人混みを見てみたが、道行く中にギュンターの姿は無かった。

 「夜まで待ちますか?」

 イオの提案に一度頷きかけて、それから念には念を入れる事を思いついた。

 「いや、一度町中くまなく見てみよう。今日だけ奴の気が変わっているかも知れないから」

(つづく)

ネトゲに限らず、ネット上に時々現れるやべー奴の傍から見てる分には面白い感は異常

それでは、また明日。

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