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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
ビノグラットの恋人
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ビノグラットの恋人21

 「ィエェェーーッ!!」

 その凄まじい叫び声とダリアが振り返るのは同時だった。


 ――もし、彼女が何も知らなければ、その瞬間彼女はその声によって斬られたと思っただろう。


 だが実際は多分、きっと、恐らく彼女は知っていた。

 自分は声ではなく、振り下ろされた陽炎によって斬られたのだという事を。

 何故ならその攻撃は、かつて猛威を振るい、このゲームを『幕末オンライン』とか『西南戦争オンライン』とか言わしめたスキルだったから。その頃を知っている位、彼女のキャリアはあるはずだから。

 それはただ突進しての袈裟懸けの切り下しにしか見えないが、判定上は斬撃が多段ヒット扱いになることで大ダメージを与えるスキルであるという事も分かっていた。その、消える瞬間に。


 「油断した……」

 その一言を最後にこれまで倒した相手と同様、崩れ落ちて消えていく。

 ダリアはやられた。

 臨時の相棒は、そうとは思えないぐらいに上手くかみ合った相手は、貴方と組めてよかったと言ってくれたその人は、俺の目の前でやられた。


 彼女の向こうにいた、床に着くぐらいまで振り下ろされた得物をゆっくりと引き上げるサグの姿がしっかりと見える。


 「くっ!」

 そこまで目が追いかけた次の瞬間には体が一歩後ろに跳び下がっていたのは、これまで体に染みついた感覚の賜物というものだろう。

 俺と奴の間合い=一歩踏み込めば容易く斬りつけられる――ただし奴だけ。

 俺は無理だ。俺ではなくダリアが斬られた理由は単に彼女の方が近かっただけ。もし俺の方が近ければ、俺も反応できずに斬られてしまうぐらい気を抜いていた。

 そしてその油断した体勢からでは、元来た方に一歩跳び退くのがやっとだった。


 「……」

 「……ふん」

 無言で対峙する俺と奴。息をつき、剣を下ろしたのは奴の方だ。

 ――どうして?

 俺の疑問をよそに、奴は柄から離れた左手の掌をこちらに向ける。

 「まあ、待ってくれ」

 「……」

 一瞬の迷い=油断させるための演技。

 下した判断=その可能性は低い。

 理由:そんな手間を取らずとも、すぐに斬りつければ今の俺なら斬れたはず。


 「先程は済まなかった。エルフ連中を追い回していたもので、あなたをその仲間だと誤解した」

 鏡写しのように剣を下ろした俺が記憶にあった奴はそう言って頭を下げる。

 ――仲間でない、と言い切れないところではあるが。


 「見たところあなたは中立だ。というより無関係か?」

 「まあ……」

 これは明確に違う。

 だが俺がそれを言うよりも早く、奴はついさっきまでデカイ尻があった方に一度目を向け、自らの発言を正す。

 「いや、無関係ではないな。通信では敵は二人と聞いていた。今斬った奴が一人で、もう一人は……」

 言葉の続きは戻ってきた視線に変わる。まあ、他には考えられないだろう。

 「……まあ、そうだな」

 言いながら剣を中段に戻す。これ以上は不要。


 「まあまあ、とりあえず落ち着け」

 向こうはそうは思っていなかった。

 「あなたは面白そうではあるけどね。ただ俺としては、必ずしもあなたをやる必要はないし、そこまでそれにメリットもない。ギュンターの野郎には間に合わなかった以上ここに居座る意味はないし、さっきの奴でキル数は十分だ。個人としてもチームとしても、ここで戦う必要はない」

 「見逃す……と?」

 再び奴に倣って剣を下ろすと頷きが返ってくる。

 俺の声に怒気があったと見たのか、どこかおどけるような様子の声がそれに続く。


 「どう取ってもらっても結構だが、別に情けをかけている訳じゃないさ」

 俺が見逃してもらう方かもな――その付け足しは恐らく社交辞令だ。

 だが言っている事は?その理由は?

 間違いなく俺にとってもありがたい提案ではある。


 「――チ!デンチ!聞こえますか!」

 第三の声――イオが再び通信を繋ぐ。

 それに気づいたサグがこちらに手を差し出す――どうぞ。

 「どうした?」

 「まだ……交戦中ですか?」

 答えに一瞬詰まる。

 今この瞬間は干戈を交えてはいない。

 そして奴の言葉=俺は見逃すというのは恐らく嘘ではないだろう。


 だとするなら答えはノーだ。


 俺の戦闘は終了した。ここでの目的は既に達成し、これから本来の目的であるミレス商会の倉庫前での合流に向かうことになる。

 そしてその時間は早い方がいい。今はこいつだけだが、こいつの言うところの個人としての理由とチームとしての理由、即ち報酬に関わるPvPキル数と人民党軍の優勢を維持するために他にも増援が来ないとは限らないし、何よりファントムを押さえるという重大な目標がこの後に控えている。


 それは分かっている。

 だがもう一方が、精神が、気持ちが、それを拒んでいる。


 ダリアはやられた。

 極々短い時間でしかなかった即席コンビだったが、それでも悪い関係ではなかった――と、俺は思っている。

 別に何の義理もないと言えばその通りだし、そもそもただ互いに利害が一致したから臨時に手を組んだに過ぎない。

 ただそれでも、奴を、相棒を、仲間を、目の前でやられたのだ――イオと同じ仲間を。


 それで何も感じないかと言えば、それはまた別の話だ。

 或いはこの感情はこちらのギュンターにとってのイコルのようなものか。それとも……。


 「デンチ?どうしました?」

 返答がない事を訝しがる――というより半分以上は心配してくれているのだと思う――イオの声。

 それに罪悪感がない訳ではない。

 訳ではないが――。


 「……済まん。まだだ」

 その結論と同時――サグの正面打ちを咄嗟に展開したシールドで受け止める。

 奴にも聞こえていた=宣戦布告と同じ。


 「ぬぅ」

 「ぐっ!らあっ!!」

 俺の身長よりやや上で止め、右腕一本で奴の逆胴を薙ぐ。

 その振り初めの部分で感付かれたか、奴は跳び下がったが、おかげで構え直す時間は出来た。


 「ハハッ、敵討ちかっ」

 嬉しそうに笑いながら中段に構えるサグ。

 ≪サグのアイテムスキルが発動しました≫

 同時に流れるメッセージ。

 外見から分かる奴の装備にアイテムスキルがあるものは一つもない。

 となれば腕輪のそれだろうが、戦闘中に使うアイテムスキルがある腕輪は限られている。

 ――恐らく状態異常無効かHP自動回復。でなければ投射系武器の射程延長あたりか。

 この状況で使うとすれば一つ目か二つ目だろう。


 以上の推測を脳の片隅で済ませ、俺も同じように構えを取り奴を追うように前進する。

 そんな耳にイオの声。

 「大丈夫ですか!?」

 「ああ、問題ない」

 心の中で彼女に詫びながら、目は正面の剣客から離さない。

 一気に片を付ける。それなら今日の計画全体の遅れにもならない筈だ。


 結論付けたのを合図にするように一気に間合いを詰めて斬りつける。先程奴が放ったスキル“蜻蛉”程ではないが、十分にスピードの乗った袈裟懸け。


 「はっ!」

 「っと」

 だが、奴はそれを頭上に振りかぶった陽炎の切先を下げた状態で受け止めた。

 そしてそれに防がれたウォーロードが硬い手応えを返してくるのとほぼ同時に、頭上で旋回させた奴の反撃が、俺の左前に繰り出された。

 「くっ!!」

 一瞬で攻守交代。

 俺の放ったものと同じような斬撃が首に達する一瞬前になんとかシールドを滑り込ませると、再び右手だけになったウォーロードをレザーアーマーで守られた奴の鳩尾めがけて突き入れる。


 「うお!?」

 視覚:跳び下がる奴。

 聴覚:奴の驚きの声。

 感覚:何かに確かに当たった手応え――ただし浅い。

 そしてそれらを示すように、奴の頭上のゲージは僅かに削られた程度だ。

 叛骨の狂戦士が発動していれば今のでも致命傷だろうが、生憎陽炎とウォーロードの攻撃力は同じだ。


 だが、それでいい。

 攻撃力は同じでも、こちらには向こうにないもう一つの特性がある。


 「しゃぁっ!!」

 右肩に刃を担ぐようにして突進する。その特性が発揮される一瞬を無駄にするわけにはいかない。

 もう一つの特性、つまり衝撃力を。


 今の突きによるダメージは少ない。恐らく奴が跳び下がる瞬間に切っ先が触れた程度だろう。

 だが、それでも当たりは当たり。その時点で大体の相手の動きを止められるウォーロードの衝撃は伝わっている。

 突きより先に発生していた跳び下がりは防げなかったが、後ろへの慣性エネルギーが切れれば残っているのはその場での硬直のみ。


 つまり、畳み掛けるチャンスだ。


 ――その方程式が誤りであったと知るのは、僅か一瞬の出来事だった。

 「ちぃっ!」

 脳天をかち割る勢いで振り下ろすそのほんの一瞬前、奴が迎撃するように上段に振りかぶった。

 硬直が解けた?いや、そんな筈はない。効果時間はまだ続いている筈だ。

 だがその疑問はすぐに視覚情報によって上書きされる。

 振りかぶったそこに降り下ろす俺の斬撃は、そのほんの一瞬の驚きによってスピードを僅かに失っていた。


 その斬撃に合わせるように奴は振り下ろした。

 視覚がそれを捉えるのと同時に手に走った衝撃。そして奴の身体のギリギリ右外に逸れていく斬撃。


 声を上げる暇もなかった。

 肺から送り出された空気がそれになるよりも、展開される現実の方が遥かに速い。

 直前まで奴は大上段に振りかぶっていた。

 俺は斬撃の軌道を逸らされ、奴の目の前で刀身を右斜め前に垂れ下がらせた間抜けな姿勢を、鏡写しのように落ちてくるその前に晒していた。


 スキル“切落し”。

 その正体に気付いた時には振り下ろされた奴の陽炎が、ヒュッと鋭く風を切って俺を通り抜けていった。

(つづく)

投稿遅くなってしまい申し訳ございません。

明日こそ連投したい。


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