ビノグラットの恋人15
その言葉を表すように、彼女の緑の瞳はうっすらと細められていた。
声の主――『ダリア』という女戦士。すらっとした長身を銀の胸甲と、そのショートの髪の色と同じ赤いコートを纏った彼女は、あくまで穏やかに尋ねながらも闇夜に青白く光るその得物を肩に担いだまま下ろそうとしない。
その正体=スーパーレアの片手剣であるレイテルパラッシュの雷派生武器“天馬騎士の騎兵剣”。今の装備で斬りつけられれば十分致命傷になり得る。
言うまでもない事――下ろさせるかどうかは俺の返答次第。
「助かった。……仲間とはぐれてな、合流場所に向かう所だ。今の奴は良く知らない」
礼と共に質問に答える。もう少し敵意のない事をアピールする言い方もあったかもしれないが、なにかいい表現はないかと考えているうちに、ダリアとシャマーは互いをちらりと見やり、それからそれぞれ武器を下ろした。
「そう。ならよかった」
そう言ってダリアは笑みを浮かべる。声の調子からすると、本当にそう思ってくれているようだ。
そしてそんな相方の判断に倣ったのだろう、シャマーもまた俺から目を離して、件の相方の方に目をやる。
「本当に追わなくていいのか?」
「いいわ。あれは目的とは違うし」
恐らくシャマーは先程のサグを追跡するつもりだったのだろう。
だが、同じくサグと敵対しているだろうダリアの方は特に気にしてはいない様だ。
「ところで――」
そのダリアが再度俺に振る。
「あなた、仲間と合流するとか言ったわね。合流の場所はどこ?」
――どういう事だ?
単純な世間話?それならいいだろうが、この状況でそれは考えにくい。
では――?
悲観的仮説:やはりまだ疑われている。
先程サグに襲われたのは事実だが、こいつらが見ていたのは俺とサグが向かい合っていたところだけ。
そして――二人の態度からそれはうかがえないが――彼女らは劣勢に追い込まれている。
人間往々にして、追い詰められている時には疑心暗鬼になりやすい。
もし俺を疑っているとしたら、ここでの回答にも細心の注意を払う必要がある。
一瞬のうちにそれだけの考えが頭を走り回り、そしてそれについての答えはその外側からやってきた――疑惑を起こさせた本人によって。
「大丈夫。あなたを疑っている訳じゃないわ。もし私と方向が同じなら、ちょっと協力してほしいってこと」
「――協力?」
「おいダリア!」
予想外だったのは俺だけではなかったらしい。
俺よりも事情を知っているだろうシャマーは慌てた様子で相方の提案に突っ込んだ。
「本気か?こいつは今知り合ったばっかりで――」
「大丈夫よ。あなただって見たでしょう?連中に襲われていたのは彼よ。なら、少なくとも敵じゃないわ」
しかし――と、まだ言い募るシャマーに、この話はこれで終わりだと言わんばかりにダリアは言い切る。
「それに、今は戦力は一人でも多い方がいい。そうでしょう?」
その意見には同意せざるを得ないのだろうという事は、シャマーが憮然としたまま黙った事で表されていた。
「……それとこれも付け加えるけど、あれをやるのは私の役目よ。もしあなたの言う事が正しくても、その時は私が責任を持って監視する」
「監視?」
漏れてきた単語に思わず口を挟むと、彼女は取り繕うように笑って返す。
「ああ……ごめんなさい。言葉のあやよ。忘れて」
言葉のあや――ね。
まあ、言わんとしている事は分かるし、その考えには賛成だ。出会ったばかりの素性も良く分からない人物を、味方に引き入れるとしてもすぐに全幅の信頼を置くのは人が良すぎるというものだ。
「その辺は気にしないでくれ。それで、戦力……ってのは、何をすればいい?」
何か言いたげだったシャマーを脇目に捉え、何か言いだす前に更に続ける。
もしそれで今後やりやすくなるようなら、内容次第によってはこいつらに協力してもいいかもしれない。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、ダリアは一度だけ誇らしげな微笑みをシャマーに向けると、もう一度俺の方に向き直った。
「ウルカン人民党の連中がこの辺りまで攻め込んでいるのは、もう説明するまでもないわよね」
頷きを返す。
「連中は正面切って突撃する部隊だけでなく、火力支援の体勢をとっているわ」
「あのサラマンダーの事か」
火力支援と聞いて真っ先に思い出した先程の光景。
話が早いわね、と返ってくるダリアの声。
「そのサラマンダー。正確にはあれを操っている召喚士を倒す。それに協力してほしいの」
そう言って彼女は、あのサラマンダーが頑張っているだろう建物の方向を指さした。
「成程ね」
先程の一撃からも分かる通り召喚獣は強力な存在である。だが、それを呼び出す召喚士は厄介な存在ではあるが、強いかと言われれば決してそうではない。というのも、このゲームにおいて召喚士ほど直接戦闘に向いていない職業はないからだ。
召喚には魔石という専用のアイテムが必要になるが、これは武器としての扱いになるため、召喚獣を運用している間は武器を持つことが出来なくなる。その上後衛職故に上がりにくい直接戦闘に関わるステータスやHPなどもあって殴り合いになれば間違いなく真っ先に倒れる。
更に他の後衛職である魔法使いや僧侶と決定的に違う点として、その職業単体では攻撃魔法の類を一切覚えないという致命的な欠点がある。
つまりその名が示す通り呼び出した召喚獣に戦闘を一任し、自らはその指示と援護に回るのが召喚士の立ち回りの定石となるのだが、今、あの屋上にいるだろう召喚士には身を守れる召喚獣はいない。
召喚獣は一度に一体しか呼び出せないという制約があり、その一体がサラマンダーである。
サラマンダーの火炎は強力な武器となるが、トカゲを肥大化させたようなあの巨体は、見た目からくるイメージ通り俊敏な行動は出来ない上に、蛇のように首だけを伸ばして巡らせるような真似も難しい。
その上連中が陣取っているのは特別広い訳ではない建物の屋上だ。
つまり、あの建物に取りつく事が出来れば、旋回が遅く射角の狭いサラマンダーでは無防備な脇腹を晒す事になり主を守ることは出来ない。
――無論、そんな事は彼らも承知だろう。
「戦力ってのは、あんたらの護衛をしろ、という事か」
本体の戦力が大したものでなくても、連中にとって戦略的に重要な存在ならそれを討ち取るのは難しい。召喚獣での自衛が困難ならば、人間の護衛がついていると考えてまず間違いない。
要約を返すと、彼女は隠し立てする様子もなくあっさりとそれを認めた。
「勿論そう取ってもらっても構わないわ。どんなに取り繕ってもそれは事実だしね。でも、二つだけ補足すると――」
そう言って彼女はピンと、左手の厳つい籠手から抜き出た細長い人差し指をピンと立てた。
「あなたが私の護衛をするのもそうだけど、私もあなたを守っていく。次に――」
中指が並んで立つ。
「私達じゃなくて、実際に行くのは私とあなただけよ。彼は別の任務がある」
二つの緑の瞳が隣のシャマーをちらりと見る。
「実は彼の他にも生き残った仲間が合流して連中への反撃にでる作戦があるの。でも、その為には通りを押さえているあのサラマンダーを先に始末しておかなければならない。あいつの能力を考えると、大人数では接近する前に感付かれる可能性がある」
それに露払いに大切な戦力は割けない――心の中で付け加える。
恐らくシャマーは本番の反撃に投入される戦力なのだろう。そしてこれも恐らくだか、先程やられたMyachが本来はその役をやるはずだったのだろう。
で、それがいなくなったから丁度近くにいて、恐らく敵ではない俺を代役に――まあ、こんな所か。
「どうかしら?成功すれば、勿論謝礼は約束するわ」
そこまで説明すると、ちらりとシャマーの方を見る。
「それでいいわよね?」
「……ああ、……そういう事だ」
シャマーの心中=どこの馬の骨か分からない奴にこれからの作戦を明かすなんてどうかしている――表情と声から見る限り大方そんなところだろう。
それは同感だ。俺でも同じことを考える。
「ありがとう」
彼女はそう言ってウィンク一つを送ると、それからもう一度俺の方に向き直る。
その彼女にウィンクの返事が返ってきた。
「どうせ、実行するのはお前なんだ。お前が思うようにやったらいいさ」
「持つべきものはいい友達ね。ありがとう」
それもまた同感だった。実際に彼女が危険を引き受けるのだから、ある程度彼女の裁量に任せざるを得ないし、また任せるべきだということだろう。
――もっとも、もうとやかく言うのを諦めているだけなのかもしれないが。
「どうかしら?」
再度の問いかけ。
さてどうする?頭の中に浮かんだのはこの申し出を受けるべきかどうかではなく、この辺りの地図だった。
合流場所はミレス商会の倉庫前。そこに行くまでに俺とイオ達がそれぞれ通るだろうルート。そしてサラマンダーのいる建物。全ての位置関係を頭に浮かべていく。
サラマンダーの向き、そして微妙だが周囲より低くなっている通りの向こう側=イオ達がいる辺り。
辿り着く答え:あの火炎に晒される危険性があるのはイオ達。
なら俺のとるべき行動は――?
「よし、やろう」
「本当!?ありがとう!よろしくね!」
差し出された手を握り返す。柔らかい掌と――イオのそれに近い――白く細長い指。
一夜限り、この時限りの同盟関係が成立した。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません。
次回は明日1/18(金)~1/19(土)に投稿予定です。




