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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
ビノグラットの恋人
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ビノグラットの恋人9

 それは高校一年の頃だった。

 俺はいつものようにエバークロニクルオンラインの世界で冒険者として活動していた。

 その頃には他の何もが鬱陶しくなっていて、高校生になった以上留年もあり得るという事を考えながらも、ゲームを辞められずにいた。


 中毒とはつまりそういう事なのだろうが、高校留年とゲームを止める事を天秤にかけることが俺には出来なかった。

 勿論冷静に考えれば、いや考えるなどしなくてもまともな判断力があればどちらが大事かなど一目瞭然だ。


 だから、ゲームに逃げていた。


 そんな辛く、鬱陶しく、面倒な道を進まなければならない現実より、簡単に大活躍出来て迷う事もなくするべきことが明確なゲームの方が、遥かに居心地が良かった。


 そんな事を足りない頭のどこかで考えていたある日だった。

 今でも覚えている。発見場所はストーリーモードのラストダンジョンとなる混沌の霊廟。

 ストーリーモードはとっくにクリアしていたが、レアアイテムが手に入る場所なので数日前からそこで粘っていた。

 その混沌の霊廟のセーフエリア。大半が地下であるダンジョン内における、数少ない見晴らしのいい地上でそれを見つけた。


 それは空を見上げていた。

 それはぼうっと突っ立っていた。

 それは動きもなく、表情もなく、一切の反応がなかった。

 前を横切っても、呼びかけても、肩を叩いても何の反応も寄越さなかった。

 ただその場で空を見上げて突っ立って、動かなくなっていた。


 不審に、そして不気味に思いながら彼の様子を見ていた俺に、他の連中も気付いて近寄ってきた。

 「死んでんじゃねえの?」

 誰かが軽口をたたいて、俺達は悪乗りして騒いだ。

 それはきっと冗談だったのだろう。


 冗談=そんな筈はないという前提のもとに話される。

 だが、その前提が崩れていたことを、俺は数日後に知ることになった。

 それからもそれまでと同じことを繰り返していた俺は、再びセーフエリアを訪れた。


 「あっ、よう」

 そこには多分俺と同じような環境なのだろう、混沌の霊廟で粘るようになってからちょくちょく顔を合わせるプレーヤーがいた。

 話してみると歳も近かったため、友人と呼ぶほどではないが時々言葉を交わすぐらいの関係にはなっていた。

 そういえば騒ぎの時にもこいつはいた――俺がそれを思い出すのと同時に彼は言ったのだ。

 「この前のさ、突っ立ってた奴いたじゃん?あれガチで死んでたらしい」

 「……は?」

 死んでいた――それがゲーム内の事ではなく、実際の、現実の肉体についての事であるというのは直感的に分かった。


 だが、その直感以外の全ての部分がその答えを否定しようとしていた。

 信じられなかった。信じたくなかった。

 当時の俺に、人の死が目の前で展開されていたという事実は重すぎた。

 その動かなくなったアバター=本物の死体の前で、それを囃し立てふざけていたという事実は。


 だがその悪ふざけの共犯者が語る話は、その願望を容易く打ち砕く。

 「昨日の夜テレビで見たんだけどさ、あいつ大学留年して引きこもってて、アパートで独り暮らししてたんだと。で、ゲームし続けたまま飲まず食わずでそのまま死んで、異臭がするってんで近所の人が大家に言って発覚したらしい。冷蔵庫には食い物もあって、水道も使えたらしいんだけど、それすら忘れて没頭して……って事らしい」

 「……へぇ」

 あまりにもそっけないと言うか、張り合いの無い答えだったと思う。

 だが、それ以外に何も言えなかった。


 「すげえよな。だって一日や二日で餓死なんてしないぜ?多分ずっと前からそんなので、いつ死んでもおかしくない状態でずっとやってたんだろうな」


 その後どういうリアクションをして、どういう話をしたのかはどうしても思い出せない。

 ただその一件が、俺を現実社会に引き戻す第一歩になったのは間違いないだろう。

 それ以来、ゲームをやっていてもそれに没頭するのが難しくなった。いや、没頭できる時間が短くなっていったという方が正確だろうか。

 実際には集中できるし、何時間でも連続ログイン防止機能が働くまでプレーできるのだが、ふとした瞬間に現実の自分を思い出してしまう。

 どんなにこの世界では大活躍する英雄であっても、現実の俺は高校留年しかけているただの引きこもりだ。そして、その現実の俺がどうにかなれば、この世界での存在すら危ういのだ。


 その事実が、俺を現実に引き戻した。

 そして、それが遂に無視できないようになって、俺はゲームを辞めた。


 あの時の即身仏は今でも時々――流石にかなり頻度は減ったが――夢に見る。

 もしかしたら俺が今回の件を引き受けたのも、井出を心のどこかでその即身仏にダブらせて見ていたからかもしれない。


 「ご飯よー」

 思考打ち切り、今回も現実に引き戻される。

 俺は椅子から立ち上がると、一日ぶりとなる家族でとる夕食に向かった。

 だが食事の間も、頭にあるのは井出の事だった。

 流石に食事の時ぐらい別の事を考えようとするが、どうしても長続きしない。

 まるで即身仏事件の後の俺のように、何をしていてもふとした瞬間にそこに立ちかえってしまう。


 そこ=ファントムの正体を掴む。井出を救出する。


 「あっ、今日リヒト君出るの?」

 BGM代わりになっていたテレビに母が黄色い声を上げる――いつもの光景。

 リヒト君というのは母が――そう言ったら多分怒るだろうが――年甲斐もなく入れ込んでいるアイドルグループのメンバーだ。実の息子と大して歳の変わらない若い男に黄色い声を上げるのはどういう気分なのかは分からない。

 食後、テレビのバラエティー番組で、画面の向こうのエキストラに同期して黄色い声を上げている母と、パソコンで何やら野球関係の動画を見ながらビールを煽っている父を尻目に自室へ戻る。再び机へ。


 再度パソコンを起動し、攻略サイトを開く。

 確認するのはビノグラット。もっと言えばその地図。

 サイトには有志の手による街全体の見取り図が掲載されており、市街の主要なランドマークと、両勢力のどちらに属するのかという情報もその地図の各所からリンクを張るという方式で記載されている。


 別ウィンドウでイコルの情報を開き、彼女に関するイベントを検索。

 そこにあった情報から、弟君と再会した後は彼がいた家=今日俺達が向かい、ギュンターとイオが中に入ったあそこからスタートとなるという事を知った。


 再びビノグラットへ。地図上をマウスカーソルが走る。

 あの家の場所から電器屋聖堂までの道のりをトレースしていく。

 一度南下して市街地を抜け、それから市街の北東部から南東に向かって流れ込み、大きくカーブして南西に抜けている川を越えるのが一番確実だろうという結論に達した。

 到着時にくぐったスキン門を通って川沿いに下るルートもあるが、そちらはウルカン人民党の支配地域。エルフを連れて通り抜けるのにはあまりにも危険だ。

 ゲーブ地区の南、スアック地区はエルフ解放戦線の支配領域であり、ここなら比較的安全に移動できるだろう――前線が破られない限りは。


 その移動ルートを頭に入れ、次は掲示板へ。ファントムの僅かな痕跡でもないかを探す。

 結果:どの話題にも出現せず。

 試しにもう一度、前回のギュンターと同じ方法を試してみる。


 タイトル:ビノグラット電器屋聖堂横の鍛冶屋跡

 本文:ここで武器をばら撒いている奴がいると聞きました。だれか知っていますか?


 何か引っかかればめっけもん。

 その思いでしばらく待ち、ただ待つのに飽きて暇つぶしのネットサーフィン。その間にちょくちょく確認したが、誰からも反応はない。

 結局深夜零時頃まで粘ったものの成果は得られず、そこで電源を落とした。

 もしかしたらあと少ししたら反応があるかも――そうも思ったが、既にそれを何度も裏切られているという事実の方が強い。

 まあいい。明日実際に行ってみれば分かる話だ。

(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

次回は今日~明日頃の投稿予定です。

次回で現実から再びゲーム世界に行く……と思う。

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